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「ゲームが趣味」の人におすすめ! 傑作小説『アリアドネの声』


 2023年発売の小説の中で、ゲームが好きな方が読むべき一冊といえば『アリアドネの声』(井上真偽・著)で決まりです。異論は認めません(笑)。

 この本、とにかく面白いのですよ。

 とある女性を、ダンジョンから脱出させるお話です。往年の名作『ICO』みたいな設定だ、と説明するとイメージしやすいかもしれません。ゲームに親しんでいる人ならば、めっちゃ楽しめるんじゃないかと思います。

 いろいろなランキングで年間ベスト10の上位に選ばれていますから、小説に親しんでいる人にとっては、すでに有名な作品でもあります。総ページ数が300ページくらいと、長編としてはあまり長くないのも素晴らしいところです。




 あらすじを説明しましょう。

 舞台は現代の日本。大地震に見舞われ、ひとりの女性が地下街の奥深くに取り残されます。崩落と火災によってレスキュー隊が向かうことは不可能。そして地下水が流入してきているため、その地下街は6時間後には水で満たされてしまいます。

 さあ。制限時間内に、この女性を無事に救出できるのか? タイムリミット付きの救出劇がはじまります。

 しかし、そこには、とんでもなく大きな問題が立ちはだかります。

 取り残された女性は、三重障害者なのです。目が見えず、耳が聞こえず、話すこともできません。

 その女性にとって、地震で壊滅寸前の地下街は、いわば「何も見えず、何も聞こえない、究極のダンジョン」みたいなもの。この絶体絶命の環境下から、どうやって女性を救出するのか? それを描いたのが『アリアドネの声』という小説です。

 いかがでしょう。めっちゃ魅力的でしょ? マジで面白いですよ。



 そこで活躍するのが、ドローンです。

 小説の主人公は、小型の災害用ドローンを操縦するパイロット。女性のところにドローンを飛ばし、彼女を安全な場所まで誘導する。それが主人公に与えられるミッションです。

 主人公はずっと地上にいる。そしてコントローラーを手にドローンを操作して、地下深くに取り残された女性を、数百メートル離れた場所にあるシェルターまで誘導するのです。彼女の命は、ドローンを操作する主人公の指先ひとつにかかってくる――という物語が展開するのですね。

 このあたり、すごくゲームっぽいんですよね。ゲームが好きな人なら絶対に読んでほしい! とわたしが願っている理由でもあります。

 「か弱いキャラクターを、いかにゴールまで誘導するか」というのは、テレビゲームではよくある設定です。古くは『レミングス』あたりから存在する、いわば古典的なゲームシステムです。

 でも小説では、これ、かなり珍しい設定です。主人公が安全なところでコントローラーを操作するだけになってしまうので、魅力的なドラマが作りにくいからかもしれません。

 『アリアドネの声』は、そんな珍しいジャンルの小説でありながら、めちゃくちゃ面白い物語に仕上がっています。ほんと、ゲームに親しんでいる人は、ぜひ読んでほしいなぁ。




 やはり、要救助者が三重障害者である、という設定が素晴らしいんですよね。

 目が見えず、音も聞こえないですから、誘導することは不可能に近いんです。ドローンを飛ばして安全なルートに誘導しようとしても、そのドローンを目で追ってもらうことすらできないんですから。

 というか、そもそも「ドローンで救出に来た」ことを伝える方法すらないのです。女性にはドローンが見えないし、ドローンのスピーカーから発する声も聞こえないですからね。

 このようにして、健常者であるならば、なんの問題にもならないことが、ひとつひとつ、とてつもなく高いハードルになっていく。ただ地下街を歩いてもらうだけのことが、凶悪なダンジョンを攻略するかのような、めっちゃ高難易度なゲームになっていくのです。

 ぜひ読んでいただき、ラストに待つ鮮やかなクライマックスを体験してみてください。ほんと面白いです。




 この本を機に井上真偽さんに興味を持たれた方は、ぜひ他の作品も手に取ってみてください。

 どれも面白いんだけど、個人的には『聖女の毒杯』がオススメかな。これは『逆転裁判』が好きな人に、ぜひ読んでほしい一冊ですね。

 現在の法律では、「疑わしきは罰せず」が大原則。どれほど容疑が濃くとも、1%でも無実の可能性があるなら有罪にはできません。それが法治国家としてのルールです。

 でも『聖女の毒杯』では、これが逆転します。

 とある殺人事件が起きます。

 その後、その場にいた全員が、世界規模の闇組織のボスに監禁されちゃいます。殺されたのは、このボスの大事な人だったのです。そしてボスは、この中に犯人がいることは確実なのだから、拷問にかけて自白させてしまおう、と考えるのです。

 そんな設定の中、探偵の活躍が始まります。すべての容疑者を救うため、怒涛の推理を展開させていくことになるのです。




 拷問から逃れるにはどうすればいいか?

 無実を証明するしかありません。

 しかし、わたしには完璧なアリバイがあります! ――くらいの証明では許されません。遠隔操作の機械で殺したかもしれないからです。その可能性はゼロではないからです。そんな、いいがかりレベルの指摘であっても、それを実行できた可能性がゼロではない以上、お前は犯人候補だ! と言われてしまうのです。説得すべき相手は闇組織の大ボスですからね。「1ミリでも疑わしければ犯人候補と見做され、拷問される」というルール設定なのですよ。

 さあ。探偵は「ここにいる全員が無実であること」を証明できるのか? こうして、ふつうのミステリ(推理小説)とは真逆のストーリーが展開することになるのです。

 通常の小説ならば、真犯人を指摘すれば容疑者の無実は証明できます。『逆転裁判』も同様ですね。他に犯人がいることを証明できれば、容疑者の無実は証明できるのですから。

 でも『聖女の毒杯』は違う。探偵が挑むのは「容疑者全員の無実の証明」です。でなければ全員を拷問から救えないのです。つまり、無実の人間のみならず、(容疑者の中にいるはずの)真犯人ですら、絶対に犯行が実行できなかったことを、完璧に証明しなければならないのです。

 そんなの、絶対に不可能に決まってますよね。事件があった以上、必ず犯人はいるんですから。

 でも、探偵は、この不可能に挑みます。

 さあ、この超絶的設定の物語は、どんな結末を迎えるのでしょう? それは、自身で読んで確認してみてください。

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