狩猟ゲーム論

「モンスターハンター」シリーズについて書きます。言わずと知れた、日本の国民的ゲームといっていいブランドです。ただ、不思議なことに日本で爆発的に売れるけれど、海外ではなかなかヒットしないんですよね。これはなぜなんだろう? というのが、今回のテーマです。

もちろん「日本ほどには携帯ゲーム機が普及していない」といった理由もあるのでしょうが、そういったマーケティング的な分析は別の機会に譲って、ここでは文化論的な話をしてみます。あくまでも、わたし個人の分析なので、けして鵜呑みにしないでくださいませ。では、はじめます。


「モンハン」が、海外でなかなかヒットしない理由は、ものすごく簡単なことだと思うんです。「欧米人は農耕民族で、日本人は狩猟民族だから」です。狩猟ゲームであるモンハンは、狩猟民族である日本人にこそ愛されるゲームで、だから日本で国民的ゲームになった、と考えればいい。

あれ? 「欧米人は狩猟民族」じゃないの? と思っている人もいるかもしれませんが、それは昭和の時代のエセ知識人が口にして、広まってしまったデマなので、信じちゃダメです。欧米の文化というのは、農耕の民、畜産の民の文化ですよ。ここを間違えてしまうと、話になりません。

昨今は、日本にも欧米の方々がたくさんいるので、それらの人たちに「あなたたちの文化って、狩猟民族の文化ですよね?」と訊いてみればいい。「はぁ? なに言ってんの?」みたいな返事が返ってくると思います。ぶっちゃけ、そんなこと言ってるの、日本人くらいなんじゃないかなぁ。

狩猟民族を「普段から自然界にあるものを獲り、それを生活の糧にする習慣を持つ民族」と定義するなら、古くから農業と畜産で生活の糧の大半を得ていた欧州人より、周囲を海に囲まれ、古くから漁業が生活に根差している日本人のほうが、はるかに狩猟民族の定義に当てはまります。

そもそも欧米の文化は、キリスト教の価値観をベースにして積み上げられてきた文化。でもって、キリスト教は農耕・畜産によって生きる人たちのための宗教なのだから、そこから発生した文化は、農耕・畜産の民のための文化であるに決まっているのです。


キリスト教だけじゃなく、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の、いわば「アブラハムの宗教」と呼ばれる宗教は、すべて農耕・畜産で生きる人のための宗教です。これらの宗教の基礎となる旧約聖書を読めばわかります。そこには狩猟の民が、ごくごく少数しか登場しないんですよね。

農耕の民なら、たくさん出てくる。そもそもアダムとイブがエデンの園を追放されるとき、神様は「おまえら、ここを出てけ。自力で土地を耕して生きていけ!(意訳です)」と言ってるわけだしね。聖書というのは、人間が「農耕で生きろ」と命じられるところから始まる物語です。

ちゃんと引用しましょう。「そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が創られたその土地を耕させられた」(創世記第3章23節)。こうして人間は農耕によって生きていくことになった……というエピソードから聖書の物語は始まります。これがキリスト教文化の根っこです。

アダムの長男であるカインは「土を耕すもの」、次男のアベルは「羊を飼うもの」と描写されます(創世記第4章2節)。その後も何代にわたり、「狩猟の民」はほとんど出てこない。むしろ聖書には、狩りによって捕った野生動物は穢れているとする記述が、よく出てきます。

この「野生動物は穢れている」という概念が、いちばんよく理解できるのが、聖書内における食に対する禁忌の記述でしょう。ユダヤ教やイスラム教では、いまなお食に関する禁忌が守られていることからもわかるように、聖書には、食におけるさまざまな禁止事項が書かれています。


食べられないものを列挙してみます。水の中にいるもので「ひれとうろこがないもの」。いなごを除く昆虫、肉球のある動物、爬虫類などの「地を這うもの」、「蹄の分かれた獣で、その切れ目の切れていないもの」「反芻しないもの」が穢れているとされます(レビ記第11章)。

他にも「らくだ」「岩たぬき」「野うさぎ」「かもめ」「からす」などが、具体的に食べてはならないと定められていますが、すべて書くと大変なので省略します。また、牛や羊、山羊などは食べてもいいけど、それを殺すときの手順は厳しく規定されています。(レビ記第11章)。

ここまでギチギチに規定されたら、食べていい肉は「牛」「羊」「山羊」「魚」くらいに限定されちゃうわけで、そりゃもう、これが狩りで獲物を捕り、それを食べて生きている民族のための宗教じゃないことは、誰が見たって一目瞭然なのですよ。

他にも「自然に死んだ獣の脂肪および裂き殺された獣の脂肪は、さまざまなものに使ってもよい。しかし、それは決して食べてはならない」(レビ記第7章24節)みたいな記述もあります。ほんと、育てた家畜を正しい手順で殺したときのみ、肉を食べていい。ってのが基本線なのですね。


そんな宗教を母体とした価値観を、数千年以上にわたって積み重ねた先に、いまの欧米の文化は成立しています。だから、そもそも「狩猟」と「欧米文化」との親和性ってのは、ものすごーく低いんです。だから狩りを題材にしたゲームは、もともと欧米では受け入れられにくいのです。

海外にも「狩り」のゲームはあるけど、獲物を食べるというシーンは、あまり出てこないでしょ? 狩りというのは「ハンティングというスポーツ」あるいは「害あるものを撃退するもの」といった扱い。欧米では「狩りをすること」と「獲物を食べること」は切り離して考えます。

釣りが趣味の人は理解しやすいかも。日本の釣り人は、ごく自然に「釣った魚は、美味しく食べるのがマナー」みたいに考えるけど、欧米の釣り人は、釣った魚を、ごく自然に「キャッチ&リリース」するでしょ? こんな事例からも、その感覚の違いが透けて見えるかと思います。

そんなわけで、狩りをするゲームは海外では受け入れられにくく、さらには肉を食べるシーンがあった時点で、海外への進出は一気に難しくなるんです。狩猟ゲームというのは、アブラハム宗教の習慣、そしてそれらの宗教を土台にして培われてきた文化と、じつは激突するんですよ。

とくに、ユダヤ教やイスラム教では、野生の動物の肉(ジビエ)は食べませんしね。野生動物を傷つけることや、その血に触れることも避けます。まあ、こういった「血と肉と命」に関する話は、もうちょっと深く説明しないといけない話なので、あらためて別の機会に書きましょう。

ただまあ、モンスターと接近戦を挑む「狩りのゲーム」で、なおかつ肉を焼いて食べるシーンがあるゲームは、とくに全世界にいる15億人のイスラム教徒にとって、親和性が低いゲームです。ここまで膨大な人数との親和性が低いと、海外に普及させるのは難しいよなぁ、ってことです。


だから「モンハン」が、さほど欧米でヒットしないからといって、気にする必要はないとも言えます。これは日本文化にドンピシャなゲームであり、だからこそ日本でヒットした。そういったゲームの中には、海外の文化になじまないものもあるのは当然だよね、というだけの話です。

「日本でヒットしているゲームが欧米で話題にならない」ことを理由に、日本のゲームは遅れているとか、そういった言説を口にする人もいるけど、そんなことはありません。そこに優劣があるわけじゃないんですよ。そこに文化差があるだけのことだ、と、わたしは思います。

だって、この逆もあるでしょ? 欧米ではとてつもなく大ヒットしているのに、日本ではほとんど話題にならないソフト、みたいなものも多い。これもキリスト教文化にはドンピシャだけど、日本文化にはなじまない、いうものであることが多いからなんですよね。

まあ、このあたりの「宗教を巡る話」は、さらに詳しく説明しないと舌足らずになるので、別の機会に書くことにします。というわけで、「モンハン」の普及差に見る、日本と欧米の文化差についてのお話でした。


余談です。同じ旧約聖書をもとにした宗教なのに、ユダヤ教やイスラム教とは違い、キリスト教で食の禁忌がない(少ない)のは、キリストが「汚いものを食べても、いずれ体を出ていくのだから、人そのものは汚れない」という、一休さんの頓智的な言葉を残しているからです。

ちゃんと引用しましょう。「『それは人の心の中に入るのではなく、腹の中に入り、そして、外に出ていくだけである』。イエスは、このように、どんな食物でもきよいものとされた」(マルコによる福音書第7章19節)。

この考えが基本となり、キリスト教では、「汚れているとされる生き物を食べちゃ駄目」というルールが、「どんなものを食べても人は汚れないから、なにを食べてもいいよん」というルールへと上書きされたのね。これが、キリスト教徒が、あらゆる肉を食べられるようになった理由です。

ねんのために書いておきますと、こういった「さまざまな禁忌に関する歴史」は、ここではシンプルに記述していますが、本当はもっといろいろとあります。宗派(学派)によって、そして地域によっても違います。わたしの文章を鵜呑みにせず、各自で調べてくださいませ。


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