2021年のライフログ:僕には耐性がない
1月:助走期間
2021年はハローワーク経由で申し込んだ職業訓練の宅建コースに落選するところから始まった。
募集月は限られていて、定員に対して申込者数がオーバーすれば必然的に落選者が出る。選考基準は開示されていない。
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すぐさま翌月分に申し込みスクールの説明会にも参加した。
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一方で、宅建試験の入り口に過ぎない職業訓練(全額公費で通える)の合否を毎月ハラハラ待ち続けるのも非効率過ぎると感じ、並行して自費で通う資格予備校の選定を始めた。
ハローワークには「職業」訓練とは別に「教育」訓練と呼ばれる制度があり、こちらは一般的な資格スクールが幅広く対象になっている。規定の出席率をクリアして修了テストに合格すれば学費の20%が還元される仕組みだ。
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主要な予備校に資料請求し、サンプル講義をYouTubeで見続けた。「この人に学びたい」と思える講師と出会えるかが最重要だと思った。
2月:誰かと学ぶということ
月初、予想に反して2回目に申し込んだ職業訓練宅建コースの合格通知が来た。
ただ僕はそれを辞退し、平行して調べていた他スクールに教育訓練枠で申し込んだ。
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決め手になったのはそのスクールの体験授業で出会った自分より少し若い男性講師。宅建業界歴も浅く、どちらかというとまだ「生徒」側のオーラが出ているのがとても心地よかった。「この人に学びたい」というより「この人と学びたい」と思えるような人だった。
完全に初学の宅建勉強。10月試験まで8ヶ月。
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昨年から賃貸に出した僕が所有するマンション宛に、大手デベロッパーから近隣建物を巻き込んだ大規模再開発の提案が来たのもこのころだ。
その打ち合わせでは理解できなかった都市計画法や建築基準法が、後の宅建学習で伏線回収されていくことになることを、このときの僕はまだ知らない。
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実家の給湯を担う石油ボイラーが故障し、交換工事を手配した。
そもそもの設置状況に問題があったので4社に断られ、5社目に救われた。
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オーラリーのミリタリーパンツを買った。
3月:共感性羞恥心
映画「花束みたいな恋をした」を鑑賞。
主役のふたりや描かれている物語は素晴らしくて、ヒットの理由が納得できる傑作だった。ちゃんと感情移入して、終盤で心が震えた。
ただ、キャラクター設定の材料として大量に登場する固有名詞群と時代性のギャップがあるような気がしてしまい、シナリオに対するむず痒さを始終感じてしまったのも事実だ。
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この映画では主役の出会いや交流において「2015〜2020年を舞台にサブカル好き20代が聞く音楽、観る映画、読む本」が大きな役割を果たすのだけれど、そのチョイスの一部が僕から見ると「ズレているのでは」と感じてしまったのだ。
とはいえ、作品が若者に受け入れられて大ヒットしている状況を踏まえれば、世代の違う僕が「ズレている」と思う感覚こそズレていて、実際にはこの映画に出てきた固有名詞こそが当事者たちにとってリアルなのだろう。
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この違和感は普段の自分が感じている恐怖心が呼び起こされてしまうことに起因しているのだと思う。
僕は映画鑑賞時点で47歳だったけれど、自分が「時代性」を感じるカルチャーが果たしてどこまでリアルな「今」を捉えているのかわからなくなって久しい。
だから自分で作品を書くとき、主人公が20歳であれば自分が20歳であった1993年を舞台にすることしかできない。僕の才能では「2021年の20歳」を主人公に何かが書けるとは到底思えないからだ。
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とはいえ「クロノスタシス」は完璧なチョイスだと思った。
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僕にとってのライフタイムベスト映画は「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」であることを再確認した。
4月:それでも7.5時間は長い
東京都庭園美術館の年間パスポートを買った。
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2月からスタートした宅建講座は週に1回で13時から19時までだった。4月からそれに週に2回の夜間講座が追加になった。
両方が重なる日は13時から22時まで。休憩を除いた授業時間は7.5時間。内容は楽しいけれど、さすがに長い。
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前職の退職からちょうど1年。
当時、健康保険を国保に切り替えるか任意継続するか価格調査をして、任意継続の方が安価だったので続けていたけれど、遂に逆転するタイミングが来たので国保に加入。
失業保険(10ヶ月の支給権利があったのが、社会情勢的に2ヶ月延長された)も前月で切れたので、4月からきれいさっぱりフリーランスになった。
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YouTuberのにゃんたこさんの動画がきっかけで読んだ「死にたくなったら電話して」に衝撃を受ける。
ここから李龍徳さんの作品をすべて読んだ。どれも素晴らしかった。
5月:「これデートだね」
社会人2年目を迎えたばかりの親戚(僕の従兄弟の娘)から突然連絡があって、食事の約束をした。
近所に住んでいて、お正月に顔をあわせるくらいの交流だったけれど、ふたりきりで会うことは初めて。たぶん仕事の悩みだろうなと予想したけれど、なぜ僕なんだろう?
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「仕事が楽しいと思えない」
「大企業だから安定しているけれど、この生活を一生続けていく想像ができない」
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そうだよね。
似たようなことを思って僕も何度も会社を辞めたから。
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白金台でランチをして、恵比寿まで歩いて公園でフルーツサンドを食べて、マルジェラで服を試着しまくらせて、パシフィックファーニチャーサービスで家具を見倒して帰った。
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「新しく彼氏ができたばっかりなんだ。男性とふたりで会うととややこしいけど、親戚なら問題ないってひらめいたから連絡した」
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宅建の学習で映画館に行く気持ちの余裕がなくなったのでNetflixに加入した。
「ストレンジャー・シングス」「梨泰院クラス」「クイーンズ・ギャンビット」「The End of the F *** ing World」を一気に観た。
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僕は48歳になった。
6月:教科書に出てきたやつだ
実家が計画道路に伴う用地収容(都道府県が新しく道路をつくるので敷地内の土地を買い取ること)の対象地区に入っているため、前年から東京都による境界確認が始まっていて、6月には物件調査があった。
それがそのまま宅建の教科書に出てくる「用地収容」の実地学習になった。
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母が祖父母から相続で引き継いだ古い戸建て住宅が神奈川県にあって、長らく賃貸に出している。
僕もその家に3歳まで住んでいたけれど記憶はほとんどなくて、たまに両親から「なかなか借り手が決まらない」とか「家賃をかなり値下げした」といった愚痴のようなものを聞く程度の知識しかなかった。
ある日、父から「神奈川の家の庭に埋設された排水管に木の根が入り込んで詰まり、トイレが逆流するトラブルが起きている。現地でメンテナンスを任せている工務店に頼んで根を取らせたけれど、何度も再発するのでどうしたものか」と相談を受けた。
昨年から実家に移り住んだ僕が住宅設備トラブルが起こる度にネットで業者を探して片っ端から解決しているのを見て期待したようだ。
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宅建学習は過去問の周回を始めた。
同じ講師が講座を担当している「賃貸不動産経営管理士」という資格があるのを知った。宅建と試験範囲が重複しているので同じ年に受けると合格しやすいそうだ。
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東京都庭園美術館のルネ・ラリック展が素晴らしくて、年パスで何度も通った。
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オーラリーのセットアップを買った。
セールで70%オフになっていたニードルズのオープンカラーシャツを買った。
7月:できるうちにしておけ
神奈川の物件調査を続けた結果、任せていた地元の工務店が良心的とは言えず、排水管に限らず入居者の不満が溜まりまくった状態が長年放置されていたことがわかった。
僕はネットでセレクトした現地の工務店を3社現地調査に呼んで立ち会い、相見積をとり、入居者の不満を聞き取り、何度も通ってひとつずつ問題を解決し、今後トラブルが起きても継続的にサポートできる体制を整えた。
これが世間で言う「親孝行はできるうちにしておけ」ってやつか。
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このときの排水管更新工事は、僕が後に賃貸不動産経営管理士の学習を始めたとき、参考書にそのまま書かれているような内容だった。
ということが秋になって判明することを僕はまだ知らない。
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Netflixでは「ダーク」と「ホームランド」が甲乙つけがたく良かった。
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宅建の受験申し込みをした。
8月:伏線回収が過ぎる
無料公開されていた「ルックバック」が素晴らしかったので、藤本タツキさんの「チェンソーマン」と「ファイアパンチ」を全巻買って一気読みした。
特に「ファイアパンチ」を読みながらずっと沙村広明さんの作品を連想した。検索したらちゃんと対談があった。
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5月に相談を受けた親戚の親(つまり僕の従兄弟本人)から、突然連絡があって話をした。
彼女はシングルマザーで近年ずっと派遣で事務の仕事をしていたけれど、昨年からの不景気で派遣切りにあい、1年近く失業していた。娘が就職したので母子家庭向けの手当もなくなり不安になっていたところ、知り合いの会社から「業務委託で働かないか」とのオファーがあったそうだ。
知り合いの中で業務委託の経験ありそうなのが僕だけだったとのことで相談を受けた。
実際、僕は新卒で入った会社を2年半で辞めてから、何度も業務委託で仕事をした経験があった。
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僕なりにできる経験談はあったけれど、僕はあくまで「クリエイター」として係る仕事しかしてこなかった。
彼女のような「事務職」を業務委託で受けるということの想像がつかなかった。
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しかしこれはそのまま、翌週に宅建スクールの「委任」の授業で学ぶ内容だった。
教科書を踏まえて、契約書のチェックポイントなどを整理して彼女に伝えることができた。
結果として、その案件が「正規雇用を回避するための偽装請負」の可能性が高いことがわかり、彼女は辞退し、直後に新しい派遣の仕事が決まった。
伏線回収が過ぎる。
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賃貸不動産経営管理士試験に申し込み、宅建試験後にスタートする講座にもエントリーした。
9月:確実なものとするために
10月の宅建試験が迫ってきてNetflixを観る余裕もなくなり、休会した。
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両親が10年近く毎年応募していた都立霊園の区画に当選した。
事情があって血縁者の居ない地方に建ててある母方の祖父母の墓を移設し、将来的には両親も入る墓とする目的だ。
都立霊園は毎年定員を遥かに上回る応募があり、当選者の名義貸しや転売などの対象になるので書類審査が厳格だ。
実際に、当選しても書類選考で落ちる人が多く、補欠枠のリストが当選者と同じくらいある。10年待ったのだ。それだけは避けたい。
僕は宅建学習の一方で、縁もゆかりもない地方の寺院や霊園管理会社と交渉し、必要な書類を集めた。「前例がないのでできない」と渋る相手を説得し、必要性を証明し、費用を払った。
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毎週のように宅建の模試を受け、平均で40点くらい取れるようになっていた。
宅建試験は50点満点で合格点は31〜38の間で年によって変動する。ほとんどの人が仕事をしながら学習している中で、宅建試験だけに時間を100%使える僕が有利なのは当然のことだ。
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実家の屋上から漏水が発生し、防水工事を手配した。
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佐藤究さんの「テスカトリポカ」を夢中になって一気に読んだ。
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試験前の気分転換に久しぶりに映画館に行った。「ドライブ・マイ・カー」が素晴らしかった。
10月:本番
10月17日。宅建試験当日。東京は雨が降っていた。
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今年の問題は前半に「過去問が通用しない」設問が多かった。
これにまんまとやられ、僕は試験中パニックになった。
あれほど周回してきた過去問や教科書の知識が通用しないのだ。
それでもなんとか解答用紙を埋めて、最後の数分で全体を見直していたとき、一箇所だけマークが空欄になっているのに気づいた。
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それはもう、大パニックだ。
もしかしてマークが全部ズレている?
結論としては、単純に問題をひとつ見落としていただけだった。
終了まで1分を切っていたので、4択のうち2つまで絞ったところで「えいや」で答えを決め、怖くなってそれを消して、もうひとつの方に変えたところで試験終了が告げられた。
もちろん、最初にマークしたほうが正解だった。
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帰宅後、両親に「こんな理不尽な試験、今年落ちたら、もう来年は受けない」と愚痴ってしまった。
自己採点の結果は37点。
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宅建試験が終わると、すぐに賃貸不動産経営管理士の講義がスタートした。
前述した通り、神奈川の排水管更新工事をしたときの内容や用語がそのまま教科書に出ていた。
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マーサ・ウェルズの「マーダーボット・ダイアリー」は試験のことをを忘れるくらい夢中にさせてくれた。
yeuleの「Don't Be So Hard On Your Own Beauty」が心に刺さりすぎて、家ではMVをループし、外出中もずっと聞き続けていた。
11月:僕には耐性がない
11月21日。賃貸不動産経営管理士の試験本番。
宅建試験との重複範囲が大きかったおかげで拍子抜けするくらい解きやすく、自己採点で50点中47点。
マークミスをしていなければ合格しているだろう。
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映画「エターナルズ」は個人的にMCUで最も好きな作品になった。
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実家のシャワーが故障してお湯が出なくなったので交換業者の手配。
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前職の同僚たち(今は全員退職済み)に誘われて、約2年ぶりに親族以外と外食。
誘われてうれしかったので幹事さんに「僕に全員分支払わせてください」と提案した。「ありがたいですけれど、今回は公平にさせてください。それより、ご自身で別に忘年会を企画してださったらみんな喜びますよ」と言われて素直に従うことにした。
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東京都現代美術館のユージーン・スタジオ「新しい海」展で体験した「想像」に圧倒された。
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月末、宅建試験の結果発表の数日前に胃痙攣を起こして動けなくなり、救急搬送された。合否が心配過ぎたのだ。
ちょうど6年前に婚活で異性に立て続けに会って胃痙攣を起こしたとき以来、人生2回目。
とことん僕は「他人から評価されるのをただ待つ」ということに耐性がない。
12月:偶然と想像
12月1日、宅建の合格発表日。結果は合格。
今年の合格基準点は34点。
僕が困惑した問題は、他の受験生にとっても困惑する内容だったということだ。
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久しぶりのライブ。STUDIO COASTの君島大空さん。
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オーラリーのセットアップを買った(今年2回目)。
自分への宅建合格祝いと昨年夏に17キロマイナスで目標達成した体重を今も維持できているご褒美を兼ねて。
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映画「偶然と想像」はオールタイム・ベスト3に入るレベルで良かった。始終、映画の魔法をかけられ続けているような時間だった。
アマプラで「寝ても覚めても」を続けてみた。これも良かった。
他には劇場で「ラストナイト・イン・ソーホー」と「マトリックス・レザレクションズ」「ただ悪より救いたまえ」を観た。
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前月の流れを受けて「セルフ宅建合格祝いで費用出します!」と忘年会を企画。結果、参加者ゼロで不成立。
たぶん、こういうところが重たいんだろう。
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年明けは宅建の登録実務講習(不動産会社での実務経験のない宅建合格者が受けなければならない法定講習)から始まる。
退職金も失業保険も完全になくなって、家賃収入だけから社会保険料を満額払う初めての年になる。
今年は自分で計画的に「宅建の年」にした。
どのみち就職のために資格を取った訳ではなかったけれど、生活しているだけで資格知識が役立つ場面が次々に訪れる一年間だった。
来年は何の計画もない。「僕にとっての新しい日常」が再び始まるのだ。
誰の評価も待たなくていい。
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昨年に引き続き、1年分のライフログを大晦日にまとめた。そして昨年と同じことを改めて思う。
こうして1年分を一気に振り返ることで、自分でも気づくことがなかった文脈を読み取ることができた。もしくは与えることができた。
2021年のライフログとして。大晦日の夜に。
読んでもらえただけで幸せです。スキかフォローかシェアがいちばんうれしいです。