見出し画像

漫才が始まる

何をどう上手く書いたら良いのかわからないまま
今文字を打っているが、
自分用の記録としてこれは残しておきたい…!と強く思ったから
体裁とか何も気にせず
私は私のために記録するからいいのだよ
という散文100%の気持ち




熱心視聴者となったドラマの最終回の
とあるシーンを記録した台詞メモが出てきた


『コントが始まる』
脚本:金子茂樹氏

2021年4-6月期放送の日テレ土曜22時枠ドラマ

コント師トリオ「マクベス」がネタ合わせで使うファミレス
で働いているマクベス大ファンの里穂子(有村架純)

大雑把にいうと
マクベスは解散するのか?将来はどうなるのか?っていう話

マクベスを心の支えに生きている里穂子は
いちファンだから解散を止められるわけでもないが
それでも味方でいる、応援し続ける
これが自分に唯一できることだなっていう



自分の状況と重なって


元々ドラマ大好きっ子ではあるけど
なぜそんなにも熱心に追いかけて
台詞メモに記録として残していたのかと言うと、
(メモの存在すっかり忘れていたけど)

私が大好きだったアイドルグループの解散とちょうど重なり
その当時、同じようなタイミングで同じような境遇に直面し

これまで応援してきた身として、最後までしっかり見届けたい。
ずっと味方でいたい。
これまでの時間や応援してきた気持ちは嘘じゃなかった
と、心に刻んで解散を迎えたい。
って強く思っていたと思う(2年前の記憶あいまい)

生活の一部として支えてもらっていた拠り所がなくなる
っていうのは
私の中でそれだけ大きい覚悟や誓いみたいなんが必要だったと思う。

解散することをひたすら残念に思う気持ちは
もちろんあったけど
マクベスと里穂子の関係をドラマで見て
解散する現実から目を背けず、応援し続ける姿勢を学び
ロールモデル的心の支えになっていたと思う


マクベス解散後の里穂子(有村架純)と春斗(菅田将暉)が公園で話すシーンの台詞メモ



里穂子「マクベスに出会えて本当に良かったと思ってます。
私はマクベスが解散しても、ファンじゃなくなることはありません。
これからもずっとファンで居続けることをここにお約束します。」

春斗「ありがたいんですけど、他にも面白い芸人さんはたくさんいらっしゃいますので…」

里穂子「今後、、どんなに面白い方達が現れても、
私にとってマクベスのお三方だけは、特別なんです。
頑張ってる姿も、悩んでる姿も、もがいてる姿も、見てしまっていますし、私個人的には一番苦しい時を支えてもらいましたので。
マクベスが解散してもあなた方が精魂込めて作り上げたコントは
この世から消えることはありません。
動画としてもしっかり残り続けるでしょうし、
なにより、ファンの記憶の中にしっかりと残り続けていきます。
私はこれからもあなたが書いたコントに、あなた方が作り上げたコントに
何度も助けてもらうことになるでしょう。
もしかしたら、笑って見る機会よりも、
泣いて見てしまうことの方が多いのかもしれません。
それでも、お約束いたします。これからもファンで居続けることを。
マクベスに出会えて本当に良かったです。
どうしてもこの思いをお伝えしたいなと思いまして。」

春斗「解散前にあなたのようなファンの方に出会えたことが1番の幸運だったのかもしれません。」

春斗「昔は満員の客席の前でライブしたいなと思ってましたけど、
それだけじゃないなと気付かせてくれたのは里穂子先輩です
まあそりゃあ、100人の人に見てもらえたらそりゃ嬉しいですけど、
1人の人が100回見てくれることも同じくらい嬉しいことで。
もしかしたら、それ以上に有難いことで。
1人の人がちゃんと見てくれてるとわかっただけで、
俺たちみたいな人間は頑張れるんですよ。
やってきた努力が無駄じゃなかったなって思えるんですよ。
だから感謝してます。
マクベスに気づいてくれてありがとうございます。
こんな俺たちに付き合って頂きまして、本当にありがとうございました。」



まさか再び同じ境遇になるとは
しかも、今度は、芸人を応援する里穂子と全く同じ状況で


コマンダンテの解散

突然の解散報告を受けてから、1ヶ月ちょっとが経った今、
このメモを発見し
これは何の記録だったけな…?と読んでいくうちに
気づいたら、コマンダンテ解散のことで初めて涙が出ていた。


5/2大宮行きの電車内で解散報告ツイートを目にした時も
トットダンテが今後見れなくなったと気付いた時も
がむしゃららFINALを配信で見た時も
大宮セブンライブ最後の出演で解散報告と
ロープ引っ張り合いを配信で見た時も
石井くんのnoteを読まさしてもらった時も
安田くんの「空白1ヶ月」オフライントークライブに行った時も

心に大きい穴が空いてボーーっとしてしまう感覚
ファンの無力さからおきる虚無感
一旦、待ってほしい、と時間を止めたい気持ち
とにかく残念でやるせなさはあったけど
涙は出なかった


感情を上手な言葉で言語化するのがあまり得意ではないので
(土エレメントの特徴すぎる)

金子茂樹氏脚本の台詞を改めて読んだとき
自分の気持ちが里穂子の台詞として紡がれていたんだ…と再確認して
はじめて涙が出た

誰も悪くないことから解散という結果になったから
より一層里穂子先輩の台詞に救われる感ある


この1ヶ月ちょっとの間
生活の中でふと思い返しては、
「あーーーーコマンダンテの漫才好きやったなぁ…」
と恋しくなっちゃう瞬間や

「もうあのネタたち見れないんや…」
と残念なお知らせを再確認するときが何度もある

そんな再確認しなきゃいいのに、、とわかってはいるけど

当分はこの感情を抱えて、
あの高い位置にあった38マイクや
たまにルミネに行くと3ピース正装衣装スーツが見れたことの
残像をどこかに追いながらやっていくしかないんだ
って思い始めている
(苦行?)


と、同時に
劇場で見て、帰りの電車でも追い漫才として動画であんなに見ていた
コマンダンテの大好きな漫才が今の私にとって
切なさがぶり返してくるような気がして、まだ見れていない

去年のM1予選一位通過した時のこととか
大宮でボケとツッコミの役割が反対になってる実験的なネタ見た時の驚きや喜びとか
大宮の地域イベントの営業で感じた劇場で見るのはまた違った楽しさとか
書き出したらキリがないけど、恋しくなって当然


大宮で一座ライブを見てて
「あーーーここに石井くんもいたら…」

有楽町で一座ライブを見てて
「あーーーここに安田くんもいたら…」
と思ってしまうときある。

がむしゃららFINALのうるブギ八木さん風に言うと
“ シュズシュズ ”してしまう瞬間って私はまだ全然ある

でも、そう思ってしまう気持ちは全部正直な感情だから
悪いことじゃないって自分を受け入れるようにしてる

(思い出が大宮と有楽町に詰まり過ぎている)
(そらそう)


出囃子を聴くたびに
コマンダンテの漫才が始まるワクワクしたあの気持ち
ぜったいに忘れたくないし
これからもたいせつでとくべつな思い出にしたいから
私も口笛吹いて歩こう


解散の経緯をオフライントークで聞けてから
また出囃子を聴いたり、また漫才を見返したり、
またトークダンテを見てにこやかな気持ちになれるかもしれない
と気持ち的に少し前進したような気もする



誰も悪くはないさ
きっとそういうもんさ
口笛吹いて歩こう
空には星が綺麗〜


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?