万谷 晴(Yorozuya Haru)

ライブ、フェスが好き。野球も好き。 人と関わるお仕事をしている。 好きで溢れる日々にし…

万谷 晴(Yorozuya Haru)

ライブ、フェスが好き。野球も好き。 人と関わるお仕事をしている。 好きで溢れる日々にしたい。

最近の記事

人生には、トッピングを。

「オリンピックが中止になりました。」 TOKYO2020と掲げられ、歓喜の渦をみていたあの頃の我々に伝えても、誰も信じないだろう。 世界で起きている感染症の拡大は発症から1年が過ぎても勢いが止まることはない。 世界が、日常が、一変した一年だった。 在宅勤務やリモートが始まった。 ライブやイベントが軒並み中止になった。 飲食店や観光業者の多くが閉業に追い込まれた。 地元に帰省ができなくなった。 歓送迎会、忘年会が中止になった。 外出時はマスク着用が必須になり、

    • 不要不急が、僕には必要だ。

      「あなたに看護師は向いていないのかもしれないね。」 もう何度目かになる、上司との面談でそう言われた。 希望していた大学にも、国家試験にも、ストレートで合格し、就職先も1か所だけの試験で通った。それなりに、選択通り進めていた僕にとって初めてとも言える挫折だった。 初めての社会人生活は、今までとは全く道のりだった。お金は貰えるようになるが、責任が伴うようになった。 医療従事者に勤めるとあって、命に関わる仕事であるため、その責任はより大きいものだった。小さなミスが命取りにな

      • どうか、嘘つきを許してほしい。

        「白髭のおじいさんだと思ったかい?」 今年こそは、と意気込んでいたのに気が付いたら夢の中にいた僕には、興奮のためか普段では目が覚めない時間だった。 そこに映った景色は、想像したものとは異なっていた。 真っ赤な服に、白くてながーい髭を蓄えたおじいさん。 トナカイで空を飛んで、煙突からやってくる。 家に煙突なんてないからどうするのかを考えて、今日だけはとこっそり家のドアの鍵を開けておいた。 しかし、目の前にいるのは若くて黒髪の髭もない男の人だった。 かろうじて、赤い服

        • 黄色と赤が目立つやつ。

          「CDが売れる時代は終わった。」 誰かが言った言葉は、ミリオンセラーが上位に犇めくのが当たり前だった時代を過ごしてきた僕には、信じたくない言葉だった。しかし、その言葉は正しくその通りで、初動の売り上げは2桁も少なくなっている。 オリコンチャートを見るのが好きだった。テレビで、今日は○○年〇月の週間チャートと過去を振り返るコーナーが好きだった。ほとんど耳にしていた曲ばかりだし、なんなら口ずさむこともできるような曲ばかりだった。 「昔は良かった。」だなんて言葉は、自分が年を

        人生には、トッピングを。

          帰り道に、コンビニがあると嬉しい。

          「お疲れさまでした。」 終電が終わりを迎えようとした、日付も変わるころに交わした言葉は何に向けての言葉かは定かではないが、今日は忘年会だったので日頃の疲れに対してだと思うことにした。 忘年会とは良い言い訳で、1年を労うと理由をつけて普段は必要以上な会話はしないような仲間と飲む機会を作った。 私の職場は、所謂ブラック企業というわけでもなかったが、特別ホワイトでも社内の仲が良いというわけでもなかった。同期と愚痴を肴に、酒を飲むことはあったが、職場全体やその他と飲むなんて自ら

          帰り道に、コンビニがあると嬉しい。

          次世代チャットモンチーと出会った。

          いつもの日課となっているSNSをだらだらと眺めていると、一つのニュースが流れた。 「人気バンドのボーカルが脱退。解散の危機。」 バンドの重大ニュースは、良くない話題のほうが取り上げられることが多く、その度に「知らない。」と他人が呟いている。 今回のバンドは、五十音で最初の方に登場するせいか、バンド名はよく目にしていた。ただ、何となく聞く気にはなれず曲はほとんど知らないままだった。 高校の軽音楽部でバンドを組み、そのままのメンバー4人で活動しているガールズバンドだった。

          次世代チャットモンチーと出会った。

          当たり前なんかじゃないよ。

          春は苦手だった。 新入学に、新学期。新生活に、新社会人。 季節の変わり目は、1年の始まりでもあって今までの生活とは違う変化が訪れる。 友達100人できるかなって期待していた小学校時代は、余計なことは何にも考えなくて良くて楽しかった。 中学校、高校、大学と進むに連れて色んなことが気になるようになって、新しいことが楽しいよりも不安が勝るようになった。それでも過ごしてしまえば思い出に変わり、なんだかんだ良かったなと思っている。 しかし、社会人になってからは思い出でさえも嫌なことば

          当たり前なんかじゃないよ。

          いち髪。

          「オバケみたいでしょ。」 私の目の前にいる決して若いとは言い難い、歳を重ねた女性がこう呟いた。 「そ、そんなことないですよ。」 と素っ気ない詰まらない返事をしてしまう自分の語彙力に辟易してしまう。  女性は、半年にも及ぶ抗がん剤治療の影響で長く美しかった髪はすっかり抜け落ちてしまい、僅かに残った長い髪がだらしなく伸びており正しくオバケのような容姿に見えた。また髪が抜けただけでなく、吐気を強く催し食事が取れなくなってしまった影響ですっかり痩せこけてしまったことや、肌が荒れてし

          僕の中での夢の国。

          夢の国といえば、ディズニーランドと答える人が多いだろう。 しかし、私の場合は違う。 私の中で、夢の国は国営ひたち海浜公園だ。 国営ひたち海浜公園とは、茨城県ひたちなか市にある国営の公園で年間来園数は200万を超え、350haもの広さを誇る。これは東京ドームの約74倍、ディズニーランドの7倍にもなる。 この来場数は、春のネモフィラ、秋のコキアといった観光名所があるのはもちろんだが、夏にはフェスが開催されるからだ。 この開催されているフェスが、私がこの場所を夢の国と謳う要因で

          僕の中での夢の国。