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一年越しの常滑紀行と急須をめぐるあれやこれ

私の実家には南部鉄器の大きな急須があり、母と祖母が数時間おきに煎茶や玄米茶を淹れて飲んでいる。食事の前後はほとんどかならず。外出から帰ったとき、おやつを食べるとき、何もないけどとりあえずお茶というときもある。帰省した折に何気なくそれを見て「いいな」と思い、私も自分が毎日使う急須がほしくなった。

そして昨年の5月、その名も「セラモール」と呼ばれる地域一帯焼き物店が連なるエリアまで親しい人に連れて行ってもらった。この日目当てにしていたのは「急須と器 いそべ」というお店。セラモールを代表するお店らしく、駐車場のすぐ目の前にどんと店を構えていた。モール全体のいなたい雰囲気とはちょっと違う、小洒落たお店のロゴが光る。商品陳列もモダンなセレクトショップのような雰囲気で、財布の紐を緩めさせるのに長けた仕掛けが満載だった。

かくいう私も、この「いそべ」で既に気になる急須をみっつほど見つけていた。ひとつはうぐいすのような緑の釉が塗られた美しい急須で、およそ湯呑み3杯分くらいだろうか、少し大きめのもの。もうひとつはいかにも常滑焼というつるりとした黒泥の急須で、その凛とした佇まいが目を引いた。そして最後は、なんともいえない砂のような黄みを帯びたベージュ色の、ころんとしたフォルムのちいさな急須だ。手触りもさらさらとしており、素人目には釉薬を塗らず焼きっぱなしにしたかようにもみえる。

振り返ればあのとき既にほとんど心は決まっていたのだけれど、いかんせんセラモールには「いそべ」のほかにも17の店舗がある。ひとまず候補の急須は心にしまい、この「いそべ」を後にすることにした。

そうやって他の店舗に出たり入ったりしているとき、ひとつ気になることが起きた。セラモールではあたり一帯に音楽が流れているのだが(植え込みにこっそりスピーカーが設置してある)、聞こえてくる楽曲が、なんというか伝統的な焼き物に似つかわしくない「R&B調の洋楽」ばかりなのである。
最初は偶然かなあと思い、ふざけながら歌う真似などしつつ歩いていたのだけれど、3曲目4曲目と続くうちあまりの裏切りの無さに笑いが止まらなくなってしまった。ずっとグルービーな曲ばかりだし、日本でメガヒットしたとか劇的にバズったとかでもない、言ってしまえばそこそこマニアックにも思えるセレクト。それ自体はまったく問題ないし寧ろ素敵なことなのだけれど、なんと言ってもここはセラモールだ。流石に違和感がある。
(これはもしかしてドープなUSENチャンネル?それともまさかSpotifyのプレイリストをそのまま流していたりしないよね?それにしてもどれも良い曲ばっかりだよね。ねえ待って!次の曲トロイモアじゃん!)

わたしが急須をみたり歌ったり踊ったりしている間、いちいち全曲分Shazamしていた連れが、いつの間にやらApple musicでプレイリストに纏め上げていた。ナイスマージである。よかったら覗いてみてほしい。沢山の焼き物に囲まれながら聴いているところを想像して。

なぜ?

そんな謎の出会いもありつつ、わたしは結局「いそべ」に戻ってひとつ急須を買うことに決めた。砂色の、とびきりちいさくて端正な、丸くてかわいいさらさらの急須だ。

人水(じんすい)という窯のものらしい

ところで。
なぜ1年近く前に買った急須の話を今頃しているのかというと、この「急須と器 いそべ」実は昨年11月に高齢ドライバーの車に突っ込まれるという大事故に見舞われたお店なのだ。不幸中の幸いか軽症者ひとりで済んだとは言うものの、tvのニュースで目にしたその映像はなかなか深刻な被害状況を物語っていた。(店構えと陳列棚ですぐに「いそべ」とわかったので私は心底驚いた)

そんな「急須と器 いそべ」さんが、来たる3/25に営業を再開するのだという!Twitterで着々と再開の準備をしている様子を見ていたらなんだかうれしくなったので、こうして過去の個人的雑記を引っ張り出してブログ用にこさえ直してみることにした。一応書いておくけれど、もちろん回し者ではない。

私の急須は使い込んでちょっと色が濃くなってきている。たたずまいは相変わらず無駄がなくてたいへんにかわいい。せまーい1Rのキッチンに無理やり置いたこれまた大事なエスプレッソマシン、その受け皿部分がなぜかこの急須の定位置になっている。

私が急須をひどく気に入っているのを知ったバンドメンバーが、昨年の誕生日に高級なお茶葉と落雁の吹寄をくれた。気に入りの急須で淹れる高いお茶が美味しかったのは勿論のこと、この吹寄が模しているのは「スイミー」。言わずと知れたレオ・レオニの名作絵本であり、それはわたしたちのバンド名になっている。

uchu wagashiのswimmy吹寄 粋な贈り物

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