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カタリー哀願ー

   いつまでそこにおられるのですか?…そうですか、ご友人をお待ちなんですね。この店は初めてですか?こちらの席はいかがですか?お友達を待つ間、ここのおすすめでもお教えいたしましょう…

 いやあ、やっぱり安くて美味いものをいただこうと思えばこういう地元の店に限りますね!最近の繁華街はやれイノベーションだインバウンドだと、カタカナを羅列するのはいいのですが、結局何処の街だか分からないものを作り上げてしまうだけでございまして…おや、つまらない話でしたでしょうか?ところであなたは学生さんですか?…そんなもの…そうですか、…大学名などお尋ねするのも野暮でしょうね。月並みですが趣味などはおありですか?へぇ、小説を書いておられる。…いつも何か探していると。それで私の席に座る気になった。…なるほど。しかし見込み違いでございましたね、私は病院で薬屋をやっているもので…薬剤師?ああ、そうとも言うんですが、その名は年寄りには受けが悪いものでして、薬屋で通しております。話ですか…長年この仕事をやっているともう薬の事しか話が出来ないもので、果たして面白いものになりますかどうか。私の名前ですか?そうですな、カタリとでもお呼び下さい。いや、騙そうという訳ではありませんが、これでも一応立場というものがございましてね。本当の事?さあ、そういうことになるのかもしれませんな。

 その女性はお祖母さんから虐待されて育ったようでして…。いえ、具体的な事は知りません。カルテに一行、書いてあるだけでしたから。母親にはたまに会っていたようです。どうにか成人したものの、やはり足りないものがあったのでしょう、薬物にはまってしまった。ほら、あの危険ドラッグとかいうやつですよ。昔は脱法ハーブとも言っていたようですが…ちなみにこれはハーブの団体さんから抗議があったという話がありましたが…。その通り、ハーブなんてもんじゃない、何しろ危険だ。聞いた話では全く新しい化合物の場合もあれば、すでにある薬の化学構造式の骨格や側鎖を少し変えただけのものもあるという事でしたが…。ネットで検索すればそういった文献も出てくる時代です。作る方もしっかり勉強してきておられるようですから。しかし薬というものは何度も試験をして、有効性を確認してからヒトに使うものでございまして、私等から見たらあんな得体のしれないものを使う人間の気がしれません。そういった薬物依存治療を専門にしている医師が「覚醒剤にしといてくれ」と嘆くのを聞いた事もあります。そうですね、初めて使ってみたら、何故か空を飛べるような気がして転落死…という事例もあった様です。そして依存性も強い。少し前に危険ドラッグを使って車で暴走した、という事件があったでしょう?…薬を買って、家に帰るまで、待てないんですよ。薬なんてものじゃない、あれは毒だ。…とにかく運良く世話してくれる人や機関に引っ掛かり、薬物依存症、という事でうちの病院に入院し、そして一通りプログラムを受けて退院なされました。薬の治療?え?いや、そもそも薬物依存症に効く薬なぞはありませんし、身体的には問題ないとあれば必要な薬はございませんし、薬が必要ないとくれば私どもは顔を見る機会もございません。そのまま忘れておりました。

 ある日、部屋で死んでいるのが発見されたそうです。周りにはその危険ドラッグやアルコールが散乱していたそうです。依存症なんて確かにそれ程簡単に回復するものではないんですが…退院する時はそんな素振りは見せていなかったそうですよ。早く危険ドラッグを使いたかったのか、あるいはいい子にみせようと思ったのか。ええ、事故か自殺、ということになったそうです。自殺ではないでしょう。新しい危険ドラッグを使ってみたのか、アルコールとの併用が悪かったのか…結構、良くある話でございましてね…。

 治ってないなら治ってないと、このヤブめと言ってくれれば、そうすれば他の手を考えることも出来た…そうです…少なくとも入院し、専門治療とカウンセリングを受け、また似た境遇の人々と出会えたことは良かったことかもしれません。ただ、私はこう考えているんですよ。薬という漢字はご存知、「楽になる草」と書く。どんなドラッグだったかは分かりません。しかし仮にも薬の名を語るならば、楽しい気分にさせて、楽に死なせてくれと。嘔吐や発疹、発熱を起こすことなく、幸福に包まれ、死んでいってくれていてくれ。…そう願わずにはいられないんですよ。

                 作 上海リーズ

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