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No.31 制作逸話インタビュー『都市防災ハンドブック』〜日本を憂う心の集大成〜

中里邦子企画担当、久武経夫編集委員

 1970年代、134名の有志の拠出で創設された新橋の異業種交流会「サロン集(しゅう)」には様々な人種が集まっていたそうです。サラリーマンだけでなく国の行政官や政治家など、多士済済はいつしか日本を憂うことになり、「これからの日本には防災知識の集積が必要だ」と問題提起されたのが元国土交通省事務次官の青山俊樹さんだ。本書は編集委員5名、著者68名、760ページにわたる超大作です。
 今回は編集委員のお一人である久武経夫氏、NTS企画担当の中里邦子氏にその逸話をインタビューしました。

――書籍にまとめ上げようとした経緯を教えて下さい

<久武>「サロン集」にはすでに各方面の論客やメディアで記事を発表している人々がいました。自分たちが創った自由な空間では、会社の愚痴だけでなく未来の日本はどうあるべきか、など建設的な意見も出るものです。全国の酒蔵を応援しようとする「幻の日本酒を呑む会」では、地方の銘酒を取り寄せては郷土愛を語る時間が増えてきました。そして2011年の東日本大震災が起き、福島の酒蔵を心配しながら「被災地の酒を呑む会」、災害対応の在り方を議論する「これからの日本を考える会」が誕生しました。
そんな中で青山さんの発案から、2012年〜2019年に36回行われた後者の成果を基に、防災に関する知識や技術の体系をまとめたいという声が高まり、NTS中里さんに参画いただくことになったのです。

<中里>出版企画書を作るにあたり、本当にたくさんの方々と出会い、語り合い、お持ちの情報を整理し始めましたが、およそ300名の防災の専門家や機関とコンタクトを取りながらまとめるには、あまりに膨大な知識をどうやって体系化するかに悩んだものです。企画の発足から編集開始まで、およそ2年も掛かりました。その間、監修の青山様をはじめとし、編集委員の先生方には多くの尽力を頂き、日本の未来に対する真摯な思いが感じられました。


発案者青山さんの記事と企画にあたって面談した名刺は300枚を越えた

――多くの専門家をまとめるとは、絞り込むことですね。どんなご苦労があったのでしょう

<久武>執筆にあたっては理論家より実務家を優先しました。1995年阪神淡路大地震や2011年東日本大震災を体験された方に焦点をあてました。実証論だけではなく実務者に向けた実体験の記録としたかったのです。神戸の『人と防災未来センター館長にもお願いし、行政関係では内閣府・国土交通省・環境省・厚生労働省、自治体の他、防災科学技術研究所等が全面的に協力してくださいました。およそ現在の日本の防災に関する全領域(建築、道路港湾河川行政、救命医療、消防警察、都市復興などまで)をカバーできたと思います。

<中里>残っている名刺はご面談いただけた方々の記録ですが、遠隔地の専門家にも電話やメールで打診を繰り返しましたから、本当に何人の方々にこの書籍企画を考えていただけたのかは、多すぎで分からないのが実感です。
  私は災害対応ロボットの分野で声掛けをいただき、編集に携わることになりましたが、情報や知識、人脈や専門家の方々が多すぎて夢に出るほどでした。

――大変なご苦労の末に、関東大震災100周年には間に合えた完成ですね。

建築通信新聞主宰の座談会記事

<久武>社会的にも防災意識の高まりを感じていましたから、類書や競合出版社との完成競争になるんだという危機感もある中での編集作業でした。
 いざ出来上がってみると他社はどこも手掛けておらず、唯一の総合ハンドブックに仕上がったという自負があります。ただテーマがハンドブックとはいえ、上位の概論や技術論から手掛けているので、次は企業や自治体、消防などの現場実務者向けの、もっと具体的な減災や防災対策、避難所運営や救援活動の実態に沿うような、第2版、補填となる資料集を作りたいですね。
 今年のお正月に発生した能登半島震災では、いまだに避難所開設や被災者の救済が追いついていません。もっとスピーディーな災害対応が求められているので、そのための実地マニュアルやガイドブックが求められていると感じているのです。

<中里>これだけの情報や知識、技術をまとめ上げることができた実感は十分にあります。発刊を記念して建設通信新聞社では座談会を企画してくださいました。その他、8つの雑誌等でもご紹介頂きました。
 次はもっと別の視点や政策、法令に詳しい編集者のバックアップが欲しいです。今日、どこかで必ず起きる災害に備えるには、発災が起きても慌てない心と道具の準備が欠かせず、書籍版「人と防災未来センター」のようなものを完成させたいです。

 サラリーマン異業種交流会のブームはすでに終わりましたが、高度経済成長を支えてきたシニアが未来の私たちにしっかりと何かを遺そうと思われていることに感銘を受けました。何事も忘れやすい私たちに、きっちりと楔を打ち込んで、「天災は忘れた頃にやってくる」時、支えになる書籍なのだと広く紹介したいと思えるインタビューでした。

<取材:2024/02/16ブックカフェ二十世紀にて>

インタビューを終えて:久武氏は日本に1200箇所もある『道の駅』の立ち上げにも携わっています。防災拠点としても見直され、地方創生や地域産業の起爆剤としても期待される『道の駅』誕生秘話は、3月9日土曜日、22年続く<第262回物流塾>で講演されます。

書籍は、都市防災ハンドブック特設サイトからお申し込みできます。