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ピアノ曲『祈りの舞踏』や平和について。

深夜2時間DTM」というイベントがある。これはツイッターで定期的に開催されているイベントで、絵で言うところのワンドロ(1時間で絵を描くチャレンジ)であり、当日21時ごろに出されるお題をもとに22時〜24時の間にお題に沿って作曲する、というものだ。

このイベントはDTMの力や仕事していくスキルをあげるのにちょうどいいと思い石川も余裕のある時に積極的に参加している。
最初は真面目にDTM作品をあげていたが、最近は「とてもちいさいちょうちょ」など、自分がもともと勉強していたクラシックの要素を前面に押し出した作品も投稿している。


さて昨日8/15に出されたお題は「平和や幸せをイメージした曲」であった。
終戦記念日ということもあってついたお題なのだろうが、このお題に答えることはある意味、平和とは何かを自分のことばで語ることとなる。

石川はこのお題について別の思念が浮かんだ。
今がまさに「平和」ではない状態なのではないかと。

出来上がった音楽は少しモノトーンなクラシック調の音楽となった。

平和をイメージしたにしては少し暗い音楽となるが、平和というのは幸福のアドレナリンに満たされる状態のことではないと考えている。
僕にとって平和とは多様性を肯定した世界である。考え方が違ってても認め合い、不当な暴力のない世界。
しかし人間は世界をコントロールできるほど賢い生き物ではない。思うに、完璧に幸せで平和な世界を作ることは不可能である、ということを歴史は何度も証明している。
だから、全ての善も悪も肯定できる状態とは何か、と言うことを考えるとそれはユーモラスであることではないかと思ったのだ。
ユーモアだけが、人の善意と悪意を等しく転がすことができる。誤解を美しくまとめることができる。

だからこの曲は平和についてこう語る。全人類はできるだけユーモラスであるべきだ、と。

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