見出し画像

琉球フェスティバル2022

ようこそのお運びで厚く御礼申し上げます。

先日公開いたしました初note。拙い文章ながら多くの方にご覧いただけ、スキやフォローもいただきありがたい限りです。

何分まだnote界のしきたり等に詳しくなく、また、皆様の人生のお役に立てるような内容にはなっていないと思いますが、今後ともよろしくお願い申し上げます。

さて、先日8月28日 日曜日。
東京千代田区は日比谷野外音楽堂で行われた、琉球・沖縄音楽の祭典、「琉球フェスティバル2022」に行ってまいりました。

古くは1974年に故竹中労氏の呼びかけにより同会場で行われた同名のイベントが源流となる同フェスティバル。1996年に再開されてからは一昨年2020年を除き毎年行われ、今年で26回目を数えるとのこと。

私も、昨年までの25回のうち20回以上の公演には足を運んでおり、晩夏から中秋の屋外の気持ちの良い会場で、ビールや泡盛を片手に、若手から大御所までが居並ぶ琉球・沖縄音楽のステージを鑑賞するのが年中行事のひとつとなっていました。

昨年、2021年は開催を優先するため「場内での飲酒」がご法度であり、今一つ盛り上がりに欠ける面があったのは否めなかったのですが、今年は制限つきながら飲酒解禁となり、例年に近い形でたっぷり楽しめました。

幕開けの東京沖縄県人会によるエイサーにはじまり、本編のトップバッターに選ばれた、将来が嘱望される若手民謡歌手3人によるユニット・琉球オールスターズが会場の雰囲気を東京から沖縄に徐々に変えてゆきました。

2番手は石垣島出身の兄弟&従兄弟トリオ、きいやま商店。琉球フェスティバルへの出演は久々でしたが、「僕らの島」「ドゥマンギテ」「シュラヨイ」から「沖縄ロックンロール」など盛り上げ曲の数々。さらにトークやコントもまじえ、観衆を熱狂に引きずり込むパワーは流石のライブ巧者でありました。

続いては初登場、やはり石垣島出身のアーティスト成底ゆう子。代表曲で、高校野球のブラスバンド応援で全国的に有名になった「ダイナミック琉球」の伸びやかかで澄んだ歌声は、沖縄の夏の海と空を思わせるには十分過ぎました。

まだまだ終わりません。冒頭出演の琉球オールスターズのプロデュースやラジオ出演、お笑いなど他のエンタメ業界などのコラボなど、いまや沖縄民謡界の中堅にして要石となった、よなは徹。今回はバンド形式での出演でした。他の演者に負けじと、踊れる系の曲をバシバシ入れてきて会場はさらに盛り上がりました。

さらに登場!今回の一番大御所で、現在放映中の朝ドラ「ちむどんどん」にも出演した石垣島出身の大工哲弘、その妻 大工苗子によるステージ。年季の入った演奏と歌声による八重山民謡、そして記憶では四半世紀ぶりとなる、復帰前の沖縄返還運動のプロテストソング「沖縄を返せ」大工哲弘バージョンの披露に私は正直、大興奮でした。

沖縄を返せ、沖縄へ返せ。

この歌詞に含まれたメッセージの意味を私たちは自分ごとと捉えるべきと改めて感じました。

これだけでももうお腹いっぱいなのに、トリが残っています。そうです。やはり石垣島出身の最早ベテラン、新良幸人率いる島唄ロックバンド・パーシャクラブ。「海の彼方」「五穀豊穣」「東バンタ」という大定番の盛り上げナンバーの連発に、会場は、そして私は爆音に身を委ね、ただただ体を揺らすばかりでありました。

幸人!やっぱりあんたは最高の唄者、そしてロッカーだよ!

ひとしきり楽しんだ時間もこれで終わり、と思いきや、最後の最後のお楽しみはまだ残っていました。

沖縄の宴のお開きに欠かせないカチャーシー(地域によって呼称や様式は異なる。)がないと琉球フェスティバルは終われないのです。

この日出演した演者、司会のガレッジセールとテレビ朝日矢島裕子アナ、さらに観客が渾然一体となったカチャーシー大会。広い意味での「琉球」全てに目配りをするように、奄美、宮古、八重山、沖縄本島の舞踊向け曲が次々と繰り出され、大ラスの「唐船どーい」が流れる頃には私はもうカチャーシーのトリコでした。

いやー、最高。毎年最高と言ってる気はしますが、その中でも記録更新と言っていいほどの最高さ。ちっぽけな人間のちっぽけな悩みなどどこかに飛んでいってしまうような素晴らしい夏の終わりの3時間でした。

今回も開催に向けてご尽力された、プロモーターのM&Iカンパニーさんはじめ、出演・スタッフ・観客のすべての皆さんにお礼をせねばなりますまい。

そして来年、2023年にはさらに完全な形での公演開催が実現できますように。

かなり長くなりましたが、思いの丈を文章にぶつけてみました。読んでくださった皆様にも感謝いたします。

またお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?