日替わりランチ、チキンカツ、630円_231206

職場の同僚が「ランチいきましょ!」と誘ってくれた。
わたしは休みだったけど、彼女は昼休みに1時間の時間給をくっつけて時間を作ってくれた。

いま働いているチームは9人。会社勤め、といって想像されるような職場・仕事内容とはかけ離れた少し特殊な環境で、全員複数のプロジェクトを掛け持ちしていた。有り難いことにいいメンバーが揃っていて仲もいいのだが、デイリーで顔を合わせるわけではないので一緒に外食は少し珍しく、このランチのお誘いをもらった時はホクホクした。

約束のアジアンに向かうと定休日だった。

こういうところ、彼女もわたしも微妙にツメが甘い。
仕事の会食とか目上の人との食事だったら、多分、休みかどうか自然に確認するんだけど、ことプライベートの気の張らなくていい約束になるとすっぽ抜ける。しかし、サバサバっと気持ちのいい彼女は
「あっちゃー。ところでここ行ったことあります?」
とすぐに次なる店を決めてくれた。

産直コーナーの品揃えのいいよく使うスーパーの隣に長屋があって、それを構成する一角に食事処であることを示す看板がかかっているのは気付いていたけど、初訪問だった。
慣れた駐車場に車を停めて、スーパーとは反対側のその店に入る。
三角巾を被ったやさしそうな、おばあちゃんと呼ぶほど弱ってはないけどおばちゃんと呼ぶほど若くもないお母さん(迷った末の着地)が「いらっしゃいませ」と声を掛けてくれる。彼女の背後にはやたら視認性のいい厨房が(文字通り)広がっていて、これまた静かそうなお父さんがキャベツを刻んでいた。
すっかりアジアンを迎え入れる口だったが、和定食への方向修正がだいぶ整ってきたところでメニューを開く。

「当店だけの味をご賞味ください 餃子トンカツ定食」

なんかもう、いろいろずるい。
なお「当店だけの味をご賞味ください」の部分だけ、ご丁寧に赤字で印字されている。ずるい。
そんなこと言われたら、「あまり見かけないもの」に心惹かれる性分でそもそも餃子なる食べ物を心底愛しているわたしはそんなこと言われたら、気になって仕方ないに決まっているじゃないか。
しかし目線を隣へとずらしていくと「サーモンのチーズ焼き定食」「白身魚の揚げ出し定食」と、どんどん候補が増えていく。(それにしても、あのお父さんお母さんがこんなメニューを考えているのだろうか)こういう時は、同伴者は何を食すのか確認するに限る。

「私ですか?もう決まってますよ」
あっけらかんと返ってきたその回答に驚く。こんなん迷うじゃん!
「あれですあれ、日替わり」
指さされた先には、使い古されたホワイトボード(目を凝らせば前日の日替わりが何だったかわかりそうだ)に「日替わりランチ チキンカツ630円」の文字。

「はい、お待たせしました〜。日替わりのごはん少なめですね」
眼前に置かれる、長方形のお盆。その上にはチキンカツ、ごはん(小盛)、おみそ汁、小鉢がふたつ。
こういう定食屋さんの日替わりってのは、通常メニューに抜きん出てコスパがいいと決まっている。このご時世、630円でこんな昼食を頂けるでしょうか。背に腹は代えられない。

何よりも嬉しいのは、小鉢二つである。
このご時世(どんだけご時世語るの)、かのやよい軒だって小鉢はひとつ、冷奴だ。それがこんな個人のお店で、仕込む品数をひとつ増やすのも大変だろうに有り難いことこの上ない。ちょっと味が濃いのもまた良い。
「へへ、この小鉢が嬉しいよね〜」
とすぐに食べきってしまわないように小さく一口分を取って味わったところで、声を掛けてみる。
「いやほんとに!こういうのも、あんまりないですもんねぇ」
彼女はチキンカツにかぶり付いている。

チキンカツに添えられていたキャベツの千切りは、なかなかに大胆だった。厨房に目を向けると、先程と変わらない様子でお父さんはキャベツを刻んでいる。あの感じだったらもっと「千」切りなのかと思いきや、人は見た目によらぬものである。(チキンカツの衣も大ぶりで「ガリッ」と音を立てて頂いた)

職場ではなかなかできない話にも花が咲き、きづけば後10分で彼女の時間給終了タイムだった。いそいそとお会計を済ませて店を出る時に「こちらは夜もやってるんですか?」と訊ねると
「あ、ええ、やってますよ。でも、火曜日と水曜日と木曜日の夜は貸し切りなのでそれ以外だったら…」
と申し訳無さそうに、お母さんは教えてくれた。

これは何度か通って解明しなければいけないことがいくつかありそうである。サーモンチーズ焼き定食にありつけるのは何回目のことになるだろうか。


この度は読んでくださって、ありがとうございます。 わたしの言葉がどこかにいるあなたへと届いていること、嬉しく思います。