見出し画像

将棋棋士が「信長の野望」を全力プレイした話

2018年10月13日、大阪城を望むホテルにて。
福崎文吾九段と糸谷哲郎八段を迎え、11時間を超える熱戦が生中継されました。
タイトルがかかった対局、ではありません。

ニコニコ生放送による、ゲーム「信長の野望」の実況中継です。

記憶に残る放送であったにもかかわらず、あまり記録が見当たらないので、書き留めておくこととしました。



福崎九段と糸谷八段とは、30歳近い年齢差。さほど親交はないらしく、一緒にお茶を飲んだこともないそうです。
本人たちも不安を抱えながらのスタートでしたが、懐かしいテーマ音楽に、早くも福崎九段は興奮の色を隠せません。


信長の野望全国版(福崎九段)

まずは、福崎九段が、往年の名作「信長の野望全国版」に挑戦します。

福崎九段といえば、絶妙のトークで客席を沸かせる、関西の将棋イベントでは不可欠の存在ですが、ただ面白いだけではありません。
不意を打つ手で対戦相手を幻惑する指し回しから「妖刀」の異名を持つ、タイトル2期の実績を誇る一流棋士です。

そんな福崎九段と「信長の野望」。
一見意外な取り合わせですが、かつてはこれを徹夜で遊び、磁気テープが擦り切れるほどだったといいます。
「全国版」は、現在に続くシリーズの礎となった作品で、1986年に発売されました。糸谷八段はまだ生まれてもいません。

ゲームは福崎九段が指示し、糸谷八段が操作して進みます。
久々のプレイに勝手がつかめないのか、内政を手掛けるも早々に資金難に陥る福崎九段。ここで、なんと年貢の率を100%に上げよと命じました。
驚愕する糸谷八段。
暴落する民忠誠度。

それでも結局立て直しに至らず、早々に投了となってしまいました。
改めてやり直すも、隣国に全力で攻め入り、あっさり本国を落とされる。残した守備兵は1。乾坤一擲、ある意味実に潔いプレイでした。


信長の野望・創造戦国立志伝(糸谷八段)

続いては、糸谷八段による「信長の野望・創造戦国立志伝」。こちらは近年発売された作品です。

糸谷八段は、プロ入り後に大学に入り、哲学を専攻。大学院在籍中には、竜王のタイトルを獲得した異色の経歴の持ち主。
スイーツ好きでも知られ、タイトル戦の中継ブログには、差し入れのお菓子を持って検討室を訪れる糸谷八段が度々登場します。

そんな糸谷八段が今回目指すのは、大坂の陣での勝利。豊臣方で。

さすがに無理じゃないか。
そんな視聴者の不安をよそに、糸谷八段はどの武将でプレイするかを選んでいきます。
たくさんの候補の中から、糸谷八段がおすすめするのは、木村重成。

誰それ、なんてコメントは意に介しません。

ゲームでは、おおむね史実に沿ってイベントが発生し、戦闘が重ねられていきます。しかしながら、史実の流れに沿うだけでは、当然、戦局は好転しません。
節目節目の戦闘で死んでいく武将たち。
彼らをどうにかして生き残らせなければ、勝ちはありません。

ここで、我々は二人の武将の名を記憶することとなります。

薄田兼相(すすきだかねすけ)、そして塙団右衛門(ばんだんえもん)。

薄田は、もとは高名な武芸者でした。大坂冬の陣では砦の守備を任されていたものの、遊郭に通っている最中に砦を落とされるという失態を演じ、「橙武者」と嘲笑されてしまいます。橙は見かけは良いが、酸味が強く正月の飾りにしか使えないから、だといいます。
塙は、主をつぎつぎに変えた挙句、褒賞を目当てに豊臣方で参戦。夏の陣では、一番槍を狙って突出し、本隊の援護が得られないまま討死しました。仲の悪い同僚と功名を争った末の暴発でした。

これらは、いずれも糸谷八段による解説です。
緊迫した局面のなか、流れるように語る様子は、対局の解説時と変わりありません。

ゲームの中の大坂は、目を覆いたくなる劣勢です。
にも関わらず、あっさり砦を失う薄田兼相。ひたすら突き進む塙団右衛門。将棋でいうと棒銀でしょうか。単にタダで取られるだけなのですが。

そう考えると、私たちは、盤上で二人と同じことをしているのかもしれません。相手の駒の効きを見逃すなんてよくあること。後世に不名誉を残した彼らですが、私たちも同じように駒を死なせているのです。笑うことなんてできません。

糸谷八段は、ゲームのポイントを熟知しています。
両軍の配置、進行ルート。攻撃、撤退のタイミング。棒銀の塙団右衛門だって、何とか助けなければなりません。

ぎりぎりで攻略する手段を知り尽くす糸谷八段に、コンピュータの徳川方は容赦なく襲い掛かり、撃破します。ついにはロードを余儀なくされました。
それでも、一度や二度の挫折で諦める糸谷八段ではありません。すぐさま失敗の原因を分析し、修正します。

その姿は、まさに棋士。

紙一重の攻防の末、史実で散っていった武将たちを救い続け、とうとう大詰めに至ります。
勝利条件は、徳川本陣に斬り込み、家康を討ち取ること。

彼我の戦力差はおよそ3倍。絶望的ですが、糸谷八段なら何とかしてくれる。
視聴者の期待を背に、対局さながらの早見え早指しで縦横無尽にマウスを動かしていきます。

薄田や塙も活躍する。詰み筋を読み切ると、激戦に終止符を打つのは木村重成。
ついに栄誉をつかみ取りました。

喜びを分かち合う福崎九段と糸谷八段。そして快挙に沸き立つ視聴者たち。棋戦中継もかくや、というほどの一体感。
18時から始まった放送も、気付けばとうに日が変わっています。

二人は再び全国版に取り掛かり、明け方5時過ぎまで生配信を続けると、視聴者アンケートで98.1%の満足度を得て、終了しました。


結びにかえて

棋士は超越した頭脳を持ちます。
対局を見れば、十分な体力が必要なことも伝わります。
しかし、観戦する人たちのなかで、10時間を超える将棋を指したことがある人などそうはいません。私たちが「棋士は凄い」と言うのは、その多くは想像の世界のものでしかないのです。

その点、ゲームなら、いわば同じ土俵で体感することができます。卓抜した見識のもと逆境を撥ね退ける糸谷八段、そして共に楽しみ、意表を突くプレイを見せる福崎九段。その姿に、「棋士の凄さ」を感じた人は多いでしょう。

「盤外企画」として行われたこの「信長の野望」実況中継。
将棋ファンのみならず、将棋を知らない人たちにも、棋士の魅力を存分に伝えることができたはずです。

放送後、とあるイベントで福崎九段をお見かけし、「またこういう企画をお願いします」と伝えたところ、「いやぁ、あれは変わった番組だったねぇ」と返してくださいました。
放送中と同じ、明るい笑顔で。

福崎九段と糸谷八段、そして「信長の野望」。
一見ミスマッチに見えるこの組み合わせは、魅力あふれる棋士の素顔を引き出す、絶妙の好手でした。

この放送から早くも5年が経ちますが、今後もこうした企画が放送されることを、願ってやみません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?