見出し画像

むじゅんのてぶくろ

12月某日、
僕は珍しくInstagramの「+」ボタンを押した。

夜、大きな観覧車の前で抱き合う僕と彼女の写真が
正方形に切り取られ、彩度も影も色も加工されていく。

"夜、大きな観覧車の前で抱き合う僕と彼女"

この文字列を見たら、
きっと僕と彼女が若い男性と女性で
12月のクリスマスシーズンに遊園地にデートをして
一日の終わりにお互いが好意を持っていると伝えて
抱きしめあった瞬間だと皆思う。

それを助長するように、
文面を書く欄に、赤いハートマークを3つ並べた。

これを見た「あのこ」はどう思うだろうか。



9月某日、交流会で僕の目は「あのこ」を捉えた。

少し恥ずかしそうで、でも秘めた情熱を持った茶色の目。

一瞬で、君に恋をしてしまうだろうと悟った。

1年間しかいられないこの異国で。

きっとその後には会えることもない君に。

結末がわかる恋はしたくなかった。

だから僕は話しかけないように必死に我慢したんだ。

君の瞳に僕が入らないように目をそらし続けて。

でも君は僕を見つけ、僕に近づき
「デュラララわたしも好き!紀田正臣推しなの!」
とその純粋すぎる瞳を輝かせた。

僕は、流されるままLINEとInstagramを交換してしまった。



いつでも、どこでも、君は変わらず君で、
真面目で明るく、夢に向かって毎日を楽しんでいた。

僕はどんどん君に沼っていく。

理性が自分から遠ざかっていく。

「いいじゃん、彼女を期間限定で自分の色に染め上げ、
来年の8月に『僕の色は間違ってた』と染み抜きしてあげれば」と。

結局、僕は僕を甘やかした。

「僕の通訳になってほしいんだ」

会いたいときのいつもの口実。

金曜の夜のバー。

毎週木曜日の学食。

この時間がどうか止まってくれ。

それができないのならば、
どうかもっとゆっくり進んでくれ。



僕の願いは叶わなかった。

当たり前のことなんだけど。


君と恋人になりたい。

君と恋人になれない。

君と恋人にならない。

デーティングの期間もそろそろおしまい。

どうしようか。


「怒ることは基本ないかな。
だって怒るって極論相手に間違ってますよって言うことじゃん?
でも相手が間違ってるってどうしてわかるの?
自分の主観が正しいって誰が保証するの?
わたしは自分の考えが基本正しいと思ってないから怒らない、よ。
でも、嘘をつく人には唯一怒る気がする。
間違いだと思ってることを正しいことだと信じて演じてるから。
そんなの自分に優しくないじゃん、全然。
まぁ自分もよく嘘ついちゃうけど。」

君はいつも笑ってるよねと聞いたとき、
君がふと目の輝きを消して呟いた言葉。

強くて優しい君が唯一嫌う人間。

僕が君から離れられる唯一の方法。

僕は自分に罪を与えた。



はじまりは11月の雨の日。

僕は1つの「矛盾」という名の手袋をはめた。

その手袋をはめれば、
僕の手は全てが嘘の行動になる。

例えば、同じ寮の友人からの普通のメッセージに
ハートマークを並べて返信したり。

いつもなら君の傘を持つはずの手を
自分の傘を持つ手にしたり。

君を抱きしめたい気持ちをこの手で失くすんだ。


そして今日、僕はまた「矛盾」の手袋をはめる。

Instagramの投稿ボタンを押す。

僕の指はスラスラと嘘の感情を文字にしていく。

君に出会う前の僕のように。

君とさよならした後の僕のように。

出来た。



今度君に会うのは、年が明けてからだ。

君を苦しませるのはわかっている。

でも、今しかなかったんだ。


白い息を吐く。

もう一度、考える。

この投稿を見た君はどう思うだろうか。


僕を嫌いになってくれ。


今度こそ、僕の願いが現実になりますように。


サンタクロースに縋るような目で
空を見た。


どこかにいる、別れを決めた男のはなし。

きっとこの決断さえ、懐かしいと思う日が来る。

懐かしむこともせず、忘れる日が来る。

その忘却は、僕にとって、
救いになるだろうか、悲しみになるだろうか。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?