十月は夜の中野の道を歩く
太陽が少しずつどこかに隠れていく様子を中央線から眺めていた。
普段とは反対の方向に動いていく。
太陽が完全に隠れた頃、君は現れた。
時間通りに。
君は私をどこかに連れて行ってくれる。
何も言わずに。
騒がしい夜の街が遠のいていく。
暗闇の中、ほんのわずかな人しか知らないような
バーにたどり着く。
「ここ?」
「うん。写真撮らないと。」
すぐにスマートフォンを取り出し、
目に見える全てのものを撮りだめていく。
「撮ってあげようか?」
「いいの?ありがとう。かっこよく頼むよ。」
「D」と書かれたドアの前で仁王立ちする君の姿を撮影する。
「おーけい、かっこいい」
「せんきゅ~れっつご~」
未知の世界に入る。
ドアを開けても、店内は真っ暗だった。
「いらっしゃいませ」
ぼんやりと人影が見える。
「2人で・・・」
「こちらにどうぞ、メニューはこちらです」
カウンター席に座る。
私たちの周りには2人組がもう1組いるだけだ。
暗くてもわかる。
君の瞳は輝いている。
ずっと見たかったものを見たときのようだ。
「あれ見て」
「これもあるよ!すごい!」
「これにはこんな思い出があるんだ」
「あのね、」
君の話は止まらない。
お酒を飲んで、食べたいものを食べて、
満足げな君は、何を見ていたのだろう。
私が見ていたのは、
飲みものでも、食べ物でも、
他の客でも、店内の装飾でもなく、
君の瞳だったと思う。
「今日は払うよ」
「いいよ、全然」
「お会計をお願いできますか」
伝票を受け取った君は驚いた目をする。
予想以上に食べてしまったようだ。
ふと笑ってしまう。
「大丈夫、2人で払おう?」
「ありがとう、ごめん」
怒られた後の子供のような顔をする君。
愛おしいと思った。
帰り道、あの店の暗さが嘘のように、
明るい光が近づいてくる。
お別れだ。
駅に着く直前に雨が降り始めた。
私は急いで傘を差す。
君が雨に濡れないように、腕を伸ばす。
「ありがとう。持つよ。」
駅に着いたとき、いつもしているようにハグをした。
傘が顔を隠してくれる。
君の顔が私の肩に乗る。
その温かさを、息遣いを、心臓の音を、
必死に受け止める。
この瞬間が色褪せないように。
傘の端から雨粒が肌に落ちる。
涙が混ざる。
お別れだ。
連れて行ってくれて、ありがとう。
忘れられない夜になったよ。
わたしは、ここに残った。
君はずっと向こうに往った。
この街で今でも君を待っている。
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