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私が本を好きになったのは

今朝、いつものように河原を散歩していたら、ふだん誰もいない向こう岸に大勢の人がいる。近くを通ったら警備のような人が「ドラマの撮影をしているので、撮らないでください」と言ってきた。私がたまたま「朝日の中できらめく水辺の写真」を撮ろうかな、とカメラを片手にぶらさげていたからだ。私はすぐにカメラをしまってそこを離れた。

エキストラのような人々は、着物を着てラジオ体操のようなことを、脚立の上の人の指示でしていた。そばには日の丸が置かれていた。

さて、それから散歩をしながら、いつから本を読むようになったかなあ、とぼんやり考えた。私の父は戦争ですべてを失って、4人の子どもを育てながらだから、今思うと、食べさせていくのもやっとだったはずなのに、子どもに本を買ってくれるような人だった。

毎月「世界文学全集」という紫色の箱に入った本が一冊ずつ家に届いた。姉と私は先を争うようにして、それを読んだ。私はまだ学校で習っていない字の読み方を、そうやって本で学んだ。それは漢字にルビが振ってあったからだ。

今でも覚えているのは、「用いる」という漢字が突然出てきた時のことだ。初めだけはルビがひらがなで「もち」と打ってあるけれど、二回目からは無いので、覚えないと読めない。それで「めんどくさいなあ、なんだっけ」と思いながら前のページを繰って、ああ、「もち」だ、と覚えていった。意味はまだわからなかった。わからないものはそのままにして、わかるところだけをつまんでいくことが、私の読書体験になっていった。

小学校の図書館の伝記の本は、「ベーブ・ルース」を除いて、全部読んだ。野球に興味が持てなかったからだ。たぶん、あのユニフォームが嫌いだったからだと思う。読んだといっても、似たような境遇の作曲家とか科学者は、まぜこぜになって、今でもきちんと覚えていない。

中学校になって図書委員になった。私が熱中したのは、コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」のシリーズとモーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパン」だった。図書館にはあんまり本がなかった。高校ではヘルマン・ヘッセの「青春は麗し」を読んだ。あとは文学史に出てくる本を読んだけれど、楽しいとは思わなかった。

私はそれまで長いものを読んだことがなかった。短編はすぐ終わるので、はじめは芥川龍之介や志賀直哉を読んだ。次第に長いものも読んでみたくてロマン・ロランの「ジャン・クリストフ」を少しずつ読んだ。長い物語には、とても深い感動があることを知った。スタンダールの「赤と黒」、ヴィクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」を読んだ。

サン・テグジュペリの「星の王子さま」を内藤濯の訳で読んだ。何か大切なことが書かれているように思った。内藤濯のほかの本で解説しているのも読んだけれど、私にはいまひとつしっくり来なかった。サン・テグジュペリの「人間の土地」は何度も読んだ。なんだか心にしみた。「夜間飛行」「戦う操縦士」も読んだ。このころから、一人の気になる作家を集中して読むことが多くなった。

家には父がとっていた「文藝春秋」と井上靖の本があった。それで時々「蒼き狼」などを勝手に読んだ。井上靖は中国と国交がない時に、想像だけで書いたそうで、あとで行けるようになって実際に行ってみて、小説が遜色のない出来だったと聞いた。私はその小説の中のスケールの大きな時間や空間に、圧倒された。

最近、本には自分との相性があるように感じている。とても高い評価を受けている作家の本でも、その文体や書き方についていけない時があるし、反対にするすると難しいことをやさしく教えてくれる作家もいる。私にとって先日惜しくも亡くなった橋本治は、本当にいい先生だった。こんなに残念でならない、と思ったことは今までになかった。特に「小林秀雄の恵み」は噛みしめるように読んだ。

同じように難しいことをわかりやすく教えてくれた人は安冨歩だった。「誰が星の王子様を殺したのか」という本で、長年抱いていた「星の王子様」の謎をきれいに解読してくれた。誰もがスルーしてきたサン・テグジュペリの本当に言いたかったことを、教えてくれて謎がとけたように思った。

自分が精神的に落ち込んでいるときには、ずいぶん本に助けられた。仏教、哲学、精神分析の本などの中で、自分が理解できるやさしい書き方のものを読んで、少しずつ自分を理解していった。自分が頑なな考えに縛られている時、希望が見えなくて自暴自棄になってしまいそうな時に、いつも本は傍にあって、私の心を支えてくれた。

今、カズオ・イシグロの「クララとお日さま」を読んでいる。164ページになっても、まだどういう話かよくわからない。彼の本は今までもそうだったから、黙ってついていく。そうしたら今まで見たことのない景色を、きっと見せてくれると思っている。











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