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渋谷の路上で会った留学生と韓国旅行に行った話③

■そして僕は、素晴らしい違いをたくさんみつけた

彼らが通う東京芸大の学祭のときに、研究室を見せてもらった。

研究室というより、共用アトリエのような感じ。大きめの教室に規則正しくはないが丁寧に机が並べられている。何人かは工具を手に机に向き合って黙々と何かを作っていた。学祭の夜だというのに。

部屋の中央にある大きなテーブルには、ガラス細工やイラストなど、さまざまな芸術作品が並べられていた。部屋のはしっこには木材やペンキなど材料が積み上げられている。

教室の外の広場では、留学生たちが集まって焚き火を囲んでいた。火で温めたお酒を、手作りの竹製のコップですくって飲む。ドイツの伝統的なお酒らしい。シナモンのような味がした。

鍋かけも、お酒をすくうオタマのようなものも全て竹製。芸大生の手作りだ。広場の奥にはDJブースが置かれており、イケてるお兄さんがイケてる曲をかけていた。

何もかもがオシャレだ。これが芸大か。

僕が通っていた理学部の研究棟は、薄暗くて薬品臭くて、やつれた顔をしてボロい服を着たオジサンがたくさんいる。数式と重厚感のある無骨な機械に囲まれた、オシャレさとは無縁の世界。

大学によって、こんなに雰囲気が違うのか。どんよりした空気をまとった僕の研究室もそれはそれで味があって好きだったけど、芸術家が集まる明るいキャンパスもステキだ。

留学生と話していて、国ごとに異なる文化の違いについてもたくさん知った。

なかでも印象に残っているのは「日本人にはハグの文化がない。寂しくないの?」とドイツ人に聞かれたこと。欧州では会ったときと別れるときにハグをするのが普通で、「人とのつながりを実感できる」とドイツ人は話していた。

たしかになぁ。ハグっていいよなぁ。習慣ってのは不思議だ。僕は外国人の友達とはあいさつのときにハグをするが、日本人どうしではやっぱり気恥ずかしさのようなものがある。

そんな違いも見つけながら、夜がふけてすっかり真っ暗になるまでみんなで話してその晩はジョンの家に泊めてもらった。

川沿いの静かな住宅地にあるちょっと古いアパートには、ジョンの他にドイツ人でジョンの友人のヨニ、ドイツ育ちの韓国人のユリも住んでいる。

ジョンの部屋は、4人で寝ても十分すぎるくらい広かった。この広さで僕んちの半分以下の家賃なんて、、、。その日はジョン、ヘジョンのほか韓国人の男性、ナムくんも一緒に泊まった。

木造の和室で、建付けの悪い引き戸からは冷たいすきま風が吹いてきたけど。それにしても安すぎる。高い家賃を払ってウサギ小屋みたいな部屋に住んでいる僕は、なんか悔しくなった。

■ストレートにほめられるのって、嬉しいよね

12月8日、僕は自分の誕生日にわざわざ取手に遊びに行った。というかまあ、祝ってもらいに行った。

彼らの大学で待ち合わせて、広場で待っていると遠くから「ハッピーバースデー!トオル!」という声が。ジョンとヘジョンがかけ寄ってきた。

バス停に向かって歩いていると、背後から突然ガバッと帽子を被らされた。振り返るとヘジョンがニコニコしてこっちを見ている。その帽子は彼らからのプレゼント。めっちゃ派手でかわいいモコモコのハットだった。

プレゼントまで用意してくれてたなんて!そこまでしてくれるとは思ってなかったので本当に驚いた。「トオルに似合うと思って」とヘジョンが笑う。

手紙も用意してくれていたが、なくしてしまったらしい。「何を書いたか覚えてるから、しゃべって伝えるね」と。駅前の居酒屋に向かうバスで、ヘジョンの頭の中にある手紙を聞かせてくれた。

「トオルとこんなに仲良くなれるとは思わなかったし、(渋谷の路上で会ってから)また会えるとも思わなかった。友達になれて本当に嬉しい」。

もちろん僕も友達になれて嬉しい。そしてそれはヘジョンたちが僕に歩み寄ってくれ、彼らのコミュニティにも温かく迎え入れてくれたおかげだ。

その晩、他の芸大生たちも集まってみんなで居酒屋でお祝いをしながらお酒を飲んだ。びっくりすることに、サプライズケーキまで用意してくれて。盛大に祝ってもらえるのも新鮮で嬉しかったしめっちゃ照れた。

居酒屋を出て、彼らお気に入りのバッティングセンターで遊んだあと、みんなでジョンの家で倒れるように眠りについた頃。ジョンがむくりと起き上がって静かに話し始めた。

「トオルと友達になれたことは本当に嬉しいし、僕がフランスに帰ってからもずっと友達でいたい。なぜならトオルは人間として本当に美しいから」。

なんてストレートにほめるんだ。美しい人間だなんて初めて言われた。なんか、全てが肯定されたような、大げさじゃなく「生きててよかった」と思えた。

■頑張れメッシ!とは叫べない

2022年のワールドカップ決勝。フランス対アルゼンチンの試合は、史上最高のワールドカップ決勝戦と言われるほど盛り上がった。フランスがアルゼンチンに追いついて、延長線にもつれ込むも決着がつかず。PK戦をアルゼンチンが制して優勝した。

この試合を僕は、ジョンとヘジョン、ナムくんたちと一緒にフランス人が集まるバーで観戦した。もちろん店内はフランスの声援一色。フランスが得点するとみんな大喜びで抱きしめ合い、アルゼンチンが得点すると絶望感がただよう。試合中に感極まって泣いている人もいた。

僕は内心、メッシを擁するアルゼンチンを応援していたが、声に出せるワケがない。アルゼンチンが得点すると心のなかで静かにガッツポーズして、フランスが得点すると喜んでいるように見せかけて少しガッカリしていた。

アルゼンチンの優勝が決まったあと、バーはどんより。みんなショボンとしながら帰ってった。僕はその後おいしくお酒を飲んだとさ。彼らにはナイショだが。

その少し前から、ヘジョンに「年末年始に韓国に一緒に行こう」と誘われていた。行くかどうか決めかねていたが、ワールドカップ決勝のその日に行くことに決めた。それを伝えると彼らはすごく喜んでくれた。



次は「初めてづくしの韓国旅行」から!

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