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起きがけのスピリチュアル


先週、雨がざっと降り、止むや否やぐっと冷え込んだ。雨が幕間の代わりになって、明けるとシーンが変わるように空気が入れ替わった。
しかしこれは秋だろうか。秋雨前線が来たら、それはきっと秋だし、セミが鳴かなくなったら、それもきっと秋だろうが、結局いつからなのかがわからない。
気になって季節の定義を調べる。気象庁は9月から11月を秋としている。季節を変えるのは雨でもセミでもなかった。


今朝は採用面接だった。
集合は9時。病院までは1時間半かかるので、いつもよりずいぶんと早起きをした。このところ一日のはじまりはすっかり昼時だったので、早起きはより難しいものになった。
昨晩、アラームをいくつもかけた。今朝はアラームを消すたびに、次の音で起きることを決心し、またすぐにまどろみに入る、を何度も繰り返した。消すたびに少し自分が嫌いになるが、お構いなしに眠気に飲まれる。
飲まれて何度目かのとき、タッパーが落ちる大きな音で目が覚めた。思わず飛び起きて地震を疑ったが、他には何も落ちていない。タッパーは昨晩洗って、吊ったラックに引っ掛けたものだった。家の中は風が吹くはずもなく、タッパーが落ちたことも、この時間に落ちたことも説明がつかなかった。訳がわからない事象に一瞬パニックになる。しかし、祖父の仕業だと合点がいき、途端に落ち着きを取り戻すことができた。

それもこれも僕が最近「スピっている」からだった。

僕がスピリ始めたのは、この冬のこと。ある日、鼻歌まじりでシャワーを浴びていると風呂場の電球が急に薄暗くなった。怖くなって静かにしていると電球はまた元通りに光った。ここに人為的なものを感じて、祖父と繋げてしまったのだった。
祖父は1年ほど前に、いわゆる半身麻痺になり、それに加えて喋ることもままならなくなった。それから家に戻ることはなく、家とはまた別の場所で過ごしている。以後、祖父には数回会いに行ったが、複雑な会話をするのは難しかった。勝手なことに「もっと祖父と話したい」と思うが、それは叶わなかった。
電球が暗くなったのは、その祖父が元気がなくなったことを知らせてくれたんだ、と理解したのだった。認知が歪んでいることを自覚しつつも、祖父からの知らせだと思うと、話している気がして嬉しくなった。簡単には会いに行けない中で、唯一電球を通して祖父と会話をすることができた。だから僕は「スピっている」必要があった。

タッパーを落としたのも祖父だと理解して、落ち着くことができたのだった。
とはいえ起きたのはギリギリの時間だった。物思いに耽る暇もなくスーツを着る。
「もう少し早く起こしてくれてもよかったのに」と思いつつ、鏡を覗き込んでネクタイを締める。不意に鏡の中に映る部屋をくまなく見てみるが、あいにく僕にそういう力はなかった。

家を出て早足で駅へ向かう。途中、汗をかかないか心配になったが、恥をかくよりはマシだと思って、そのまま歩いた。外は涼しかったので、気にかけるまでもなく汗はかかなかった。
前に面接に行くときは日傘をさしていた。だいたい2週間前だっただろうか。
「あっという間に季節は変わるんだ」と思った。

充電の足りないiPhoneの画面には
「昨晩衣替えをした」に続けて「でもまた暑くなるみたい」とメッセージが入っている。
「暑くなるのが嫌なら夏に言っておく」と返した。

本当のところ、気温は僕にはどうしようもないが、夏に伝えるだけなら問題なかった。

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