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読書感想 渡辺淳一「遠き落日」

弱視の友人が最近本を読むようになったと言っていた。Kindleで文字を拡大して読む
とストレスなく本が読めるので読書を始めたそうだ
それまでは紙の本は字が小さくて読みづらいのであまり読書はしてこなかったらしい


そんな彼女に最近のお勧め本を聞いてみたところ、渡辺淳一の「遠き落日」が面白か
ったとの事。
野口英世の伝記だけれど、どうやら彼は偉人にありがちな実はとんでもなくヤバい人
だったらしい。


私は渡辺淳一の本は未読。
何十年か前、「失楽園」という小説が話題になったので読んでみようかと思ったけれ
ど、男性の友人があまりにもアナクロすぎて上巻で挫折したと言っていたのを聞いて
読むのをやめた。それ以来読まず嫌いになっていたようなところがあるけれど、今回
は友人の推薦もあったし、いい機会なので読んでみることにした。。


私の野口英世知識は黄熱病を研究していて本人もアフリカで同じ病気で亡くなったと
いう事。後は小学校の何年生だかの雑誌で読んだ、貧しい農家に生まれ、子供の頃手
に障害を負ってしまったにも関わらず偉業を成し遂げたという話くらい。

しかし謎だったのは、明治時代、奨学金制度もないのに東北の貧農の息子がなぜ医者
になれたのか?英世ってどう考えても昔の農民の名前じゃないだろう。

本作品を読んでこれらの事はすっぱり解決した。
当時医者になるには医大を出るか視覚試験に受かるかの2つの選択肢があった。
資格試験はめちゃめちゃ難しく、合格するまでにはかなりの年数がかかるのが普通。
そこを英世は壱発で合格した。だから彼は20歳くらいでもう医師免許を持っていたの
である。
ここら辺からもう常人離れしている。

名前の謎は、もともと清作という名前だったが坪内逍遥の小説にほぼ同じ名前のだめ
医大生が出てきて、それが嫌だったので解明したとのこと。


そして英世は生活破綻者でもあった。
今ならナントカ症候群とか名前を付けられ発達障害認定されていたに違いない。
並外れた集中力と天才性もそうだけれど、実生活では絶対近くにいてほしくないタイ
プだ。

芸能人でも急に売れて、お金持ちになったはいいが、周りの人におごりまくって結局
一文無しになってしまったなんていう嘘かほんとかわからないような話を聞くが、英
世も同じような感じだったようだ。

実家は貧しすぎて金融リテラシーもへったくれもなかっただろうが、あれほどの天才
が月々の支出を計算できないなんてあるのだろうか。しかしどうやらそれとこれとは
話が違うらしい。
お金が無くなるとあちこちでせびりまくり、「男芸者」なんて呼ばれたりもしていた
そうだ。


今でこそ世界の偉人として小学生向けの伝記にもなっているけれど、左手には障害が
あり見た目はちんちくりん、大学を出ていないから研究所に入っても東大閥に軽く見
られる。コンプレックスをバネに頑張るという話はよくあるけれど、努力の仕方がも
う普通の人のレベルではない。
おまけに語学の才能まであり、当時欧米から輸入された専門書も原語でバンバン読み
こなしていた。
最初に渡米したのも通訳としてかかわったアメリカの学者のあるかどうかもわからな
いようなつてを頼ってである。

後にヨーロッパや南米、アフリカにも行くことになるが現地の人とのコミュニケーシ
ョンで困る事はなかったようだ。


研究が認められ、お金をたくさんもらうようになっても豪遊して一瞬で使い果たし、
借金を踏み倒しまくりの生活破綻者だった英世だが、それを知ってもなお応援してく
れる人がいつも近くにいた。

そして東洋人は下に見られていた白人社会にあっても、試験管洗いから何から何まで
自分でやる彼の研究姿勢に最終的には誰もが敬意を払うことになった。


私は野口英世は黄熱病のワクチンを作った人だと思っていたが、黄熱病はウィルス。
当時ウィルスはまだ発見されておらず、英世は志半ばで病床に倒れた。


ところで小学生の雑誌の中では秀代は母との2人暮らしみたいな書き方をされていた
が、父親や兄弟もちゃんといた。
農家の後を継いだのは姉夫婦。父親は飲んだくれのクズだった。
お母さんは伝記にある通り働き者で優秀な人だったが、英世に障害を負わせてしまっ
た負い目から、英世には農作業をさせずやりくりをして上の学校に進級させた。
当時はいくら成績が良くても農家の長男は農家を継ぐもの。事故がなければもしかし
たら野口英世という世界の偉人は生まれなかったかもしれない。
そう考えると巡り合わせの妙を感じずにはいられない。

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