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新書の棚に来てほしいー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』刊行によせて

「新書大賞を獲りたい」と私が言っていると、昔からの知人友人から「かほちゃんの発言で、初めて新書大賞ってものがあることを知ったよ!」とか「新書って、ジャンルなの? 文庫は新書?」とか、しばしば言われるようになった。もしかしたら『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』ではじめて書店の新書の棚に行く人もいるのかもしれない、と最近ちょっと思うようになった。

たしかに私も新書を初めて手に取ったのは、大学に入ってからだった。

昔から本は好きだったが、10代の私にとっての本とはすなわち小説のことであり、書店に行っても単行本と文庫本と漫画のコーナーだけが私の立ち寄り先だった。

なぜ新書というジャンルを知ったんだっけ? と思うと、いつも大学の時の、サークルの新歓の光景を思い出す。

私が入ったのは、先輩2人が創刊したばかりの、フリーペーパーサークルだった。たしか第一号の特集は「Twitter」。2012年当時、Twitterは大学生がフリーペーパーの特集にするくらい新しくて面白い場だった。そして新歓でごはんを奢ってくれるというので、大学の食堂に向かった。その時なにかの拍子に、先輩たちが「東浩紀のどうぽすが」と言っていた。

どうぽす?

私は内心首を傾げつつその会話を聞き流しており、その後やがて「どうぽす」とは東浩紀さんの新書『動物化するポストモダン』の略であることを知った。そして大学の図書館でその本を借りた。桜が散りかけて、日中はコートがいらなくなって、少し汗が滲んでくるくらいの気温の、春のことだった。

先輩たちはいわゆるゼロ年代批評のファンであり、そこから私は東浩紀さんを読み宇野常寛さんを読み、やがて大塚英志さんの新書を読み石原千秋さんの新書を読み斎藤美奈子さんの新書を読み、果ては江藤淳さんや蓮實重彦さんを読むようになり、文学研究の大学院に進むことになるのだが、それはまた別の話である。

つまり新書とは私にとって、批評の入り口だったし、人文学の入り口だった。

だから私にとっての新書はいつまでも、桜が散る時期に、若い世代が読む、あたらしくあざやかなイメージが残っている。



書評家として活動を始めた時、ぼんやり「こういう仕事をできるようになったらいいな」と思っていたことのひとつが、文庫解説を書くこと、文庫になる本を書くこと、そしてもうひとつが、新書を書くことだった。

はじめて編集者の方に新書の依頼をもらった時、嬉しくて企画案をあれこれ話していた。すると、編集者の方からこんなことを言われた。

「新書って、基本的に40〜50代の男性が読むものなんですよ。だから三宅さんらしさを残しつつ、できるだけその層にも読まれるような企画にしたいです」

ーーーーそうなんだ!? 私は新鮮に驚いた。補足すると、決してその編集者の方が的外れなことを言っているわけではない。ジャンルにはジャンルの読者が存在している。そして新書の場合は、基本的にこれまでの私の読者とは異なる。だからこれまでとは違うアプローチが必要である。それは本当にその通りだし、大切な指摘だ。教えてくれたことに感謝している。

が、それはそれとして新書が若い世代向けではないことを知って、私はシンプルに驚いたのだった。そうだったのか、むしろ自分が大学生の時に読んでいた星海社新書や若い世代向け大学生向けの新書の方がイレギュラーだったのか。なるほどと思って、そのときは企画案を練り直した。そして今もその常識は決して変わってない。それが悪いことだとも思わない。

でも、と思う。

私にとっては新書とはいつだって新しいジャンルの入り口になる存在だった。読者としてさまざまなジャンルを拡張していくことも、新書のおかげで可能になることが多かった。そういうジャンルの入り口になるような本はやっぱり新書棚にあってほしいと思っている。そしてそういう入門書ともいえる新書が、読者の属性や年齢を限定するとは、あまり思わない。

つまるところ私は自分の同世代にも、下の世代にも、新書を読んでほしいのだ。

新書棚に、来てほしいなあ、と思う。

面白い本がいっぱいあるし、いろんなジャンルの入り口になるような本が、たくさんそこにあるから。


『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』がたくさんの人に読まれるといいな、と思う。もちろん普段新書を読んでいる人にも読まれてほしいし、普段新書を読まない人にも読まれてほしい。強欲だ。でも本音だ。

本書は、様々な社会学の本を参考文献に挙げながら執筆した。社会学を始めとする人文書の入門書になるといいな、とも思っている。

桜が散る季節になったあの日、私がはじめて新書を読み始めたのと同じように、この本が、新書の入り口になれたら、こんなに嬉しいことはない。不遜な願いかもしれないけど、それでも、そう思っているのだ。



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