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安倍総理を追悼する⑩元号「令和」をめぐる東アジアの風景

「令和」の御世。安倍総理の功績の一つが、元号を漢籍からではなく、史上初めて国書に典拠を求めたことです。日本史に残る事績として長く記憶されるでしょう。

私は元号の選定(勘文)は大阪大名誉教授加地伸行先生ではないかと(勝手に)推測していましたが、残念ながらそうではありませんでした。

また私自身の(勝手な)勘文も大はずれでガックリしましたが、国書からの選定は予想もしませんでした。なお拙案は「開協」で典拠は書経でした。

なお、国書からの選定については、選定後の全閣僚会議で河野太郎外相(当時)が真っ先に挙手し「国書から取るのが正しい」と発言したと産経新聞は報じています。私は漢籍に由来する「硬さ」を伝統として当然視して好んできただけに正直、脱力気味です。

元号「令和」は『万葉集』に収録されている大伴旅人による「梅花の歌の部」の序文が典拠です。安倍総理自身も投稿しています。

令和
安倍総理のツイッター

一方で、大伴旅人は張衡 (78年~139年)の『帰田賦』に触発されて書いたとの指摘もあります。中には「コピペ」とまでの指摘まで。確かに直接の「パクリ」とまでは言いませんが、強く影響を受けていることは確かです。古代の日本古典が大きく中国古典の影響を受けた中のひとつであることは間違いありません

しかし、考えてみると、奈良時代の日本は、言葉はあったが文字を持っていませんでした。中国古典に触発され、漢字を学んで、表現したかった動機があります。ここが非常に重要だと思います。

『万葉集』のできた7~8世紀の日本は、それまで無かった大きな対外接触に遭遇しました。唐の興隆から新羅百済の動乱、日本で言う「白村江(はくすきのえ)の戦い」がそれです。白村江の戦いは、唐・新羅の連合軍と百済・日本連合軍の戦いで、これに日本は大敗北しました。現代風に言えば「安全保障の危機」そのものです。

これを契機に朝鮮半島から渡来人が多くやってきました。滋賀県に「百済寺」があったりもするが、その一端でしょう。唐に対しても自国を説明する必要も出てきます。唐を手本に律令(法制度)や服装をまねしたり。それこそ「元号」も、独自のものだが唐を模倣して始めました。

そのなかで「自分」を表現する必要性に迫られたと思います。今で言うIdentityの危機に瀕しました

具体的な風景は何でしょう。唐(中国)や百済(朝鮮半島)出身者から、漢字を教わり、それで表現しました。それも今とは異なり、ひらがなカタカナも無い中で中国古典を参照したり。参照するだけでも途方もない労力です。

今で言うと「中国・韓国語しか話さない人から漢字や文章を教わった」のっです。教わった音声から「音読み」、教わった意味から「訓読」が生まれた。まさに語学の苦闘そのものです。

は自身に中国語、韓国語を教えてくれた方々を思い出し、そう想像します。『万葉集』に結実した「志」には、筆者に到底他人事とは思えない身近な1300年前の風景があります、そしてその価値が新元号「令和」に込められた意味に思えます。

さて、『万葉集』の序文への中国古典『文選』から影響を受けている点に再度もどりましょう。

万葉集「初春令月、氣淑風和」
帰田賦「於是仲春令月,時和氣清」

帰田賦

「帰田賦」の張衡(78年~139年)は後漢代の政治家だったが、天文・数学・地理・発明にマルチな才能を発揮してもいました。

ただ天才肌にありがちな剛直な性格で、ヘンクツな感じの人だったようです。まもなく周囲と衝突したり、「政治が腐敗している」とか言って(中国が腐敗していない時代があるのかよってツッコミたいが)、退職届叩きつけ、田舎の河南省南陽市に引きこもり。「こんなのやってられっかよ」と言った感じですが、春の気候がいいので酒飲んで漢詩作ったのが「帰田賦」。

一方、万葉集のほうも、大伴旅人という政治家が、福岡の太宰府で作った序文。これは、そもそも日本古代史のお決まりの「藤原氏の陰謀」で、大伴旅人が九州に飛ばされたからです。

現代で言うと大企業や中央省庁での社内の出世争いに敗れて、福岡支店長に飛ばされた感覚でしょう。平安時代の菅原道真(「天神」)も同じです。「学問の神様」は役所の人事争いでの敗者でもありますが。それはさておき。

春の季節がいいし、梅の花を見て酒でも呑もう、ということですが、そういう形で、酒が登場することに、実に千年を超えた共感があります。
「あのフジワラのバカが」とか愚痴りながら呑んでたのは間違いない(と思う)。

ところで今上陛下が酒を好まれている(らしい)じゃないか等のツッコミは自粛しておきましょう。

それを中国古典の影響をもって、コピペだのパクリだの評論があっても、そんなことは価値を摩耗しません。それより、その心境や境遇も現代に通じる似たようなところを見出すことが私には大切なことに思えます。

お酒で思い出したが、国葬の「お斎」というか「直会」にあって、酒も欠かせない。国葬に参列される海外の賓客に何のお酒を振舞うのでしょう。地元山口県の酒造組合のページをリンクして、亡き安倍総理に供え冥福を祈りたいと思います。



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