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ディープイン・アビス 3(ナイアル×プリマデウス)

ナイアル×プリマデウス
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■リリゥ・ロロク・ワラニア・ヴェヴェヒ・カマカェハ
アナスンの名状しがたい人魚の話を聞いて、しめやかに眠りに墜ちる。

次に意識する世界は、さぞ正気を揺るがすような悪夢かと思いきや、俺達の目の前に現れたのは、実に奇妙な光景だった。

眼前には、途方もなく天までそそり立つ岩壁。

背後には砂浜と、開けた海、遠くに見える諸島。

そこにはカモメが飛び交い、海風が気持ちい程度に、ほど良く流れてくる。

端的に言うなら、そこは隠れ家のような入り江なのだが、目の前の壁は、まるで墨のように真っ黒で。よおく目を凝らさないと、岩壁と分からないほどで。遠くから見れば黒い… 穴のように見えるかもしれない。

それに対して、空は虹色。いや、極彩色というべきか、玉虫色というべきか、あるいは瑠璃色でも良いのだけれど、オーロラのテクスチャを張りつめたような、実にケバケバしい奇妙な空で、その空の色を映す海が、空とはまた違った深みのある宝石のような色で… なんというか、なんだこりゃ?鏡の迷宮に迷い込んだかのような錯覚さえ覚えさせる。

「目がチカチカするな…。不気味じゃあないが、どうも落ち着かなくてざわざわする。」

周囲の輝きは、自然の産物であろうかのような印象を受けるのだが、それが自然といっても、"超"自然という言葉の方が似つかわしく、人工とはまた違った意味の、強烈な違和感を覚える。自然なのだけれども、自然じゃないといったような…。

「貴方は見慣れないかもしれないけれど、私はこの色彩はそこまで奇妙には感じない。貝殻や巻貝の内側。深海の生物たちの煌めき。普段、人間達が見慣れないだけで、これも自然の一部だと思いますよ。」

「普段 人間達は、貝殻の内側ならまだしも、深海なんか見ねえよ…。俺にとっちゃこいつは… "異次元の色彩"だ。あるいはショゴスか、ヨグ・ソトースすら彷彿とさせる。」

人間界の色じゃない。こいつは、宇宙からの色だ。もしくは、LSDでもきめれば、普段の人間の知覚では捉えることのできない、こんな雰囲気になるのかもしれないが…。

「私には、周囲の色彩よりも、目の前の暗黒の岩壁の方が、よほど恐ろしい印象を受けます。むしろ、あの暗黒があるからこそ、周囲の風景はバランスを取るために、極彩色に輝き、混沌の均衡を保っているようにすら感じる。」

目の前の暗黒も不自然だが、極彩色に比べれば、まだ日常で見れる分、俺には岩壁の方が安心を感じるが…。

「で、どうする?これが悪夢か?ここからグルーンの神殿を探すか?」

探すとすれば、目の前の壁か… あるいは、極彩色の海の中へ飛び込んでみるか。いや、空という可能性もあるか?夢の中で飛べればだが。

「周囲の光景が派手で目が行きがちですが、私はやはり目の前の岩壁に、とても強いクオリアを感じる。貴方はどうですか?」

「そこに異論は無いな。周囲は落ち着かないが、クオリアの密度の高さがどこにあるかといえば、間違いなく岩壁だ。極彩色の世界を唯一消し去ってしまえる、暗黒の消しゴムって感じだ。」

背後にザワザワとした気配を感じつつ、俺とアナスンは、岩壁に近づく。

するとその岩壁に、規則的な亀裂があり、非常に大きな扉であることが理解できた。

「なんだこりゃ?天岩戸か?」

「アマノイワト…。それは?」

「日本神話に出てくる… なんだ、隠れ家みたいなもんだよ。クトゥルフ神話でいうところのアザトースみたいな… 天照大御神っていう神様が引き籠ったのが天岩戸で、岩戸の前で、皆で祭りをやって誘き出して捕まえたとかっていう話。」

「アマテラスは、なぜ引き籠ったのですか?」

「さあ… なんだったかな。多分、鬱になったんじゃないか。忘れた。」

確か女神だったらしいから、生理痛になったのかもしれん。

「とにかくだ。扉があるなら開けてみろ。そういうことじゃないか?」

「もう少し、情報が欲しいですね。現実の世界であれば、大きな機械を使ったり、攻撃を加えたりして、扉を打破できるかもしれませんが、ここではそうはいかない。鍵さえ掴めば、いとも簡単に開くし、そうでなければ、核爆弾を使おうとも開かない。」

「"ひらけゴマ!"が必要というわけか…?」

モゾモゾモゾ…!

ポン!

ポン!

ポン!ポン!ポン!

「わっ!」
「なんだぁ!?」

二人で岩壁の前で考えあぐねいていると、足元の砂浜から、ポンポコ、ポンポコ、ボコボコボコボコ、極彩色のつぼみが飛び出し、それら大小のつぼみが、ポンポン花開いて、周囲の砂浜はあっという間に、極彩色の花畑となってしまう。

ゾゾゾゾゾ・・・。

そして花畑の中央に、ひときわ大きくて、ラフレシアだか、ウツボだか、マンドラゴラだかの不気味さを彷彿とさせる、巨大なつぼみが。

ボゥンっ!!!!!

開いた。

「アローハ~♪」

「ァ…。」

「アローハ?」

そして、中からふくよかな子が、陽気な挨拶。

「おニイさん達、だれ?こんなトコでなにしてる?」

ポン!と子気味の良い音を立て、花の中から出てくる。花に負けず劣らずカラフルな子で、瞬時にこの世界の極彩色が、この子の強力な世界感覚(クオリア)であることが理解できた。

「アタシは、リリゥ!おニイさん達、だれ… あー!やっぱり怒ってる!」

「あ、お、え?」

アロハオエではない。

名乗ろうとした矢先、彼女が俺達の傍の岩壁に駆け寄った。

「おニイさん達、ナニかしたー?」

悪気はないのだろうが、俺達はまだ目覚めたばかりだ。アナスンと二人で、お互いを見つめ、それから二人して周囲を見回すジェスチャーをし、そして改めて、あらかじめ示し合わせていたかのように、彼女… リリゥに向かって、二人揃って首を横に振って見せた。

「私はアナスン。彼はシャラク。私達は、まだこの世界に来たばかりだ。」

「怒ってる…てことは何かい?やっぱり、この中には神様でもいるのかい?」

「カミサマ?」

リリゥが、目をぱちくりとさせる。

「カミサマじゃなくて、どっちかといえばアクマサマ。」

「アクマサマ?」

今度は、俺とアナスンが、目をぱちくりとさせる。

「でも、神様と呼ぶか、悪魔と呼ぶかは、人シダイ。…それより!ココは男の人は入っちゃダメなんだよ!」

「なんでだ?」

「ここは神様が守護する場所で、悪魔を閉じ込めておく場所なの。神様に仕えるのは、女のコだけだから、男の人は入っちゃダメなの!」

「ふーん?天岩戸… というよりかは、御嶽(ウタキ)だな。となると、この岩扉は、殺生石… 要石みたいなもんか?」

「それも日本神話なのですか?」

「いや、琉球と中国だな…。で、リリゥちゃん、実は俺達も男だけど神様に仕える身なんだ。それで… えーと、神に仕える者として、この扉?の中に居る悪魔について知りたいんだけど教えてくれないか。異常が起こってるなら、解決したい。」

神と言っても、俺達が仕える神は、混沌の神だが。

「そうなんだ!じゃあおニイさん達、ここに居てもダイジョウブだね!」

素直な子で良かった。

「…それで、ここにはどのような悪魔が居るのですか?レヴィアタン?」

「ここには、カナロアに封じ込められた、ロゴ・トゥム・ヘレがいるの!」

「ろご、とぅむ、へれ。」

その言葉を繰り返す。何語だ?

「えぇっと… それは、どんな悪魔なんだ?」

「とっても暴れん坊な、巨大なタコ!悪魔と恐れられてるの!」

「巨大なタコ。」

「うん!」

「悪魔みたいな。」

「うん!」

うんうんと頷くリリゥを横目に、俺とアナスンは互いに見つめ。

何がとも言わず、アナスンは神妙に息を吸い込み。

俺は溜息をついた。

「…これ。やっぱり開けないとダメなのか?」

俺はクイと、親指で岩扉を指す。

「これが虎穴であるならば、でしょうが。非ユークリッド幾何学でないだけ、まだ望みはあるのではないですか?」

アナスンが、苦虫を噛みつぶしたような顔で答える。

「リリゥちゃん、それじゃあカナロアってのは、良い神様?イルカに乗って、ヒゲを生やして、三又の槍を持ったような。」

「んーん。カナロアもタコだよ。イカの時もあるかな?」

「シャラクさん、どうやらこの子の神話の神は、ポセイドンやネプチューン、ノーデンスのようではないようですね。」

「怪獣大戦争かよ…。」

そういう神話もあるのか?まあいい。

「なるほど…。それで、その… さっきの"怒ってる"てのは、ロゴ・トゥム・ヘレが怒ってるってことかい?」

「そうなの。ロゴ・トゥム・ヘレは、普段は眠ってるんだけど、力のある人、男の人が近づいてくると怒っちゃうの。」

「男性の方が、女性よりも攻撃性を持っているから、危険と判断されるわけですか?」

「女のコでも怒る時はあるし、男の人でも眠ったままの時もあるの。」

「可能性… いや、蓋然性の問題か?」

「ガイゼンセイ?力のある人は、力を使おうとするから、流れに逆らうことになっちゃう。だから、ロゴ・トゥム・ヘレは怒る。けど、女のコは仲良くする方法を知ってるし、怒っちゃってるのを、なだめてあげることができるの。」

「ははあ… なんとなく話が読めてきたぞ。」

「どういうことです?」

「つまりだ。リリゥちゃんは女のコだから、悪魔はまあ怒らない。で、流れであるアナスンも、柳である俺も、どちらも混沌側の人間だ。これに悪魔が怒るとも考えられない。」

「つまり、私達以外に、力を行使する誰かが…?」

「いや、この悪魔が反応するとなると、既にこの世界を十分に覆っているクオリアを持つリリゥちゃんよりも、強いクオリアを持っているだろう。その存在に、俺達が気づけないというのも有り得ない話だ。」

つまり。

「こいつさ。」

俺は懐に手を入れ、そしてヒムラーから受け取った、グルーンの像を取り出す。

「カナロア!おニイさん達もカナロアに仕えてたんだね!リリゥもだよ!」

それを見て、リリゥちゃんがはしゃぐ。

「え!?」

そして、俺とアナスンが驚くのは当然だった。

「どうしたの?」

「いや…。」

この流れから、てっきりグルーンの像が、リリゥちゃんの世界では、ロゴ・トゥム・ヘレと同一視されるものかと思っていたが… あるいは、そうでなくてもクトゥルフに近い何かである可能性はある気がしたが…。

「アナスン。」

まさか、"逆"なのか?

「先ほど、ポセイドンやネプチューンを否定したばかりでしたので、私も意外でしたが…。しかし、ヒムラーはこれを美しいアーリア人と見ていました。」

「それが?」

「アーリア人は、海底に沈んだアトランティスの末裔だと。」

「まさか。誰がそんな。」

「神秘思想家のブラヴァツキー女史です。ヒムラーは少なからず、その影響を受け、悪魔のグルーンを美しいアーリア人と見た。ともすれば、グルーンが手段として、美しい仮の姿を持つというだけでなく、その神性を神と呼ぶか、悪魔を呼ぶかは、やはり…。」

個々人が持つ世界を見るレンズ、世界感覚(クオリア)に拠るということか。いや、それよりも…。

(ロゴ・トゥム・ヘレを悪魔として捉えるのは、ちょっと待った方が良いな。リリゥの神話でタナロア… つまりグルーンが善性として捉える側面があるということは、ロゴ・トゥム・ヘレは悪魔ではなく、善なる神という見方も出来るということだ。)

「んーーーーーーーーーーーー… どう… すっかなぁ…。」

思わず唸ってしまう。

ロゴ・トゥム・ヘレが、グルーンの化身、ないし同一存在であるならば、ロゴ・トゥム・ヘレと対峙し、何かしらの方法で解決することで、神殿の位置を掴む悪夢に触れられたかもしれない。

しかし、そうではなくグルーンを悪という見方からするならば、対峙するロゴ・トゥム・ヘレは善であり、それと対峙することは、そもそも悪夢になり得るのか?善夢とでもいうのだろうか。それに、善なる神かもしれない存在と対峙し、"対処"してしまっていいものだろうか?

「リリゥさん、怒っているロゴ・トゥム・ヘレには、どう対処すればよろしいのですか?」

「ええとね。歌を歌ったり、踊りを踊ったりするの。そうすると、ロゴ・トゥム・ヘレは機嫌を直してくれて、楽しんだら寝ちゃうの。」

「ん!?封じ込めたり、抑え込んだりしなくていいのか?」

唸り悩んでいた俺の傍らで、アナスンとリリゥが話を進め、倒すべきか倒さざるべきかで思い込んでいた俺の頭に冷や水をかけてくれる。

「それができるのは、タナロアだけ!私達はタナロアみたいに力があるわけじゃないから、力を使っちゃダメなの!タナロアから教えてもらわなかった?」

「良かったですね、どうやら天岩戸作戦で行けるようですよ。アマテラスの場合と目的はちょっと違うようですが。」

「そうか…、それは何よりだがアナスン。しかし、ロゴ・トゥム・ヘレを鎮めることで、グルーンの悪夢に触れて、神殿の位置を得ることは出来るもんなのか?」

「さあ。」

「さあ!?」

「二柱の神が居て、どちらを神と呼び、どちらを悪魔と呼ぶか、どちらを善とし、どちらを悪魔とするかは、見方の違いでしかありません。しかし、この世界に来た時に感じたように、リリゥさんの極彩色のクオリア以上に、この暗黒の岩壁に強いもの、恐ろしい印象を受けたのは確かです。であれば、この岩壁の向こうに居る存在がグルーンではないでしょうが、私達にとって悪夢を与えうる存在であることは確かです。」

「そういうもんかねえ。」

「私達が思考する以上に、感覚はもっとシンプルに答えに辿り着いてるようです。それに…。」

アナスンが、先ほどの俺の真似をして、親指を岩壁に向ける。

「虎穴は、ここにしかないようですから。」

「そりゃ違いない。」

そこで俺は、一旦こんがらがった思考の糸を投げ捨て、改めて岩壁に向き直る。

「二人とも、準備は良い?」

「ええ、お待たせしました。」

「で、どうする?早速、一曲歌うか?それとも踊るか?」

「歌でも踊りでも演奏でも、何でもいいの。自分がイメージしやすいもの、得意なものを創造して。けど、それはあくまで手段にしか過ぎないの。大事なのは自然の息吹、宇宙のリズム。そこに同調していくこと。優しい音楽とか激しい音楽とか関係無い。スピードもテンポも関係無い。奏でる音楽が自然のリズムに乗った時、メロディーが世界に融けて、神様とハーモニーで通じる。そうすれば、ロゴ・トゥム・ヘレをなだめてあげることができる。」

「どうやって同調する?」

「波紋を感じるの。はじめは全然同調できないから、奏でた音が、ロゴ・トゥム・ヘレから反射して、イルカやコウモリのテレパシーみたいに返ってくる。その反応を頼りに、少しずつ音を変えていって、反射がなるべく少ないところへ、少ないところへ、調整してあげるの。それを繰り返していけば大丈夫。」

「…もし、調和が上手くいかない方向へ行ってしまったら…?」

「昔、音痴な人が居て… その人は失敗しちゃって、何か月もウンウンうなされてたかな…。」

「そりゃあ、まさしく悪夢だな。」

「失敗しなければいいことです。」

「さあ!はじめるよ!」

楽しい創作、豊かな想像力を広げられる記事が書けるよう頑張ります!