礼文島 バイバイおばさんの話



私は昨年の夏の3ヶ月半ほど、礼文島という島で漁師の手伝いのバイトをしていた。島民や漁師さんの家族は本当に優しく、アットホームで、すぐに仲良くなった。すぐにでも帰りたいくらい、本当に良い思い出となっている。

そんな礼文島に初上陸した翌日、その日は仕事もなく自由に過ごせたため、私は自転車を借りて島を縦断してみることにした。島で1番栄えている街を抜けてしばらくした時、私はすぐに異変を感じた。遠くで誰かがこちらに向かって手を振っているのだ。近づくと顔を真っ赤にしたおばさんが、無表情でまるで天皇の様な手の振り方をしてこちらを見つめていた。私は挨拶しないと怒られる、追いかけられるんじゃないかと即座に判断し、「こんにちは〜」と呟いて通り過ぎた。しばらくして後ろを振り返ると、まだ手を振りながらこちらを見つめていた。私は幽霊を見てしまったのだと思った。焦る気持ちでその場を早く離れ、なるべく思い出さないようにしてサイクリングを楽しんだ。

翌日、仕事が始まった。休憩中に、島民の方達に昨日のおばさんのことを恐る恐る話してみた。すると、「あぁ、〇〇さんだねぇ」とみんなが口を揃えて言った。どうやらそのおばさんは、道行く車や自転車、ランニングをしている人全てに手を振っているらしい。私たちが学校に通ったり、労働を行うように、彼女にとっては手を振ることが日常で、当たり前のことだったのである。その後、仕事などで車で通るたびに、やはりそのおばさんは手を振っていた。しかし、島民はもう慣れてしまっているため、誰も手を振り返すことはしない。
彼女が手を振る理由はわからないが、悪い事をしているわけではないし、私はおばさんに手を振り返してあげるべきだと思った。

そしてある日、私は車の助席に乗っていると、やはりいつも通りバイバイおばさんは手を振っていた。今だ!と思い窓を開け、「おばさん、振り返してもらう気持ちはどうだい?いつもごめんね。いつも手を振ってくれてありがとう」そんなことを思いながら笑顔Max全力で手を振り返した。すると、バイバイおばさんは、「は?」と言わんばかりの不機嫌そうな顔をして手を振るのをやめた。どうやら手を振り返すのは間違っていたらしい。
私は自分の考えや生き方を否定されたような、恥ずかしいような気持ちになり、ふわふわ浮いた私の「優しさ」は宙を漂い大気圏を突き抜け、今や宇宙ゴミとなっているだろう。星を見るたびに、バイバイおばさんの顔が浮かぶ。彼女の顔が赤いのは、日焼けが原因だ。彼女を赤い星・ペテルギウスと名付けるか、元阪神のレッドスター赤星憲広と名付けるか迷ったが、そんなことはもうどうだっていいんだ。ウニが食べたい。そんな今日です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?