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『日本アニメ背景美術史 ~その連続と断絶~』(仮)

こちらは書きかけの記事になります。趣味で行っている研究の途中の中間発表のようなものになりますので、まとまっていない点、不明瞭な記述がある点など、何卒ご容赦ください。あくまでいちアニメ背景美術ファンによる楽しみで書かれたものとしてお読みいただけると幸いです。


架空の前書き

以下はこんな前書きから始る『日本アニメ背景美術史』という歴史研究書がもしあったら読んでみたい、という思いから書いた架空の前書きです。(※架空の前書きですので、本論は存在しておりません、、)

「前書き」
「日本アニメの背景画の表現手法を特徴づけるものとはなんであろうか。それは「時間」であり「速度」である、と言えるのではないだろうか。
日本のアニメ背景美術業界を代表する美術監督の一人である小林七郎氏は、背景美術表現全体に多大な影響を与えたと言われる。

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その小林氏が著書の中で、自身の表現の特徴である「線の持つ効果」について次のように述べていた。(『アニメ美術から学ぶ《絵の心》』小林七郎著より引用)

「軽くてシャープ、そして強さ」

「ペンの線を入れずに存在感を高めようとすると、妙に重苦しい絵になるんですよ。ずしっと重苦しい絵になる。軽くてシャープ、そして強さ。それが私の考える線の持つ力です。私の変わらない意図が伝わるといいのですが。」(同上より引用)

また、小林七郎氏の背景画の特徴について、小林氏のもとで技術を学んだ男鹿和雄氏は次のように述べていた。(『男鹿和雄画集』 ‎ 徳間書店より引用)

「小林さんの描くものには独特の魅力が有るんですよね。シャープで力強い画面や、たしかなデッサン力や、厳しさから生み出される緊張感のある美しさがあって。」(『男鹿和雄画集』 ‎ 徳間書店 より引用)

「『ど根性ガエル』で小林さんが描き始めた薄塗りの画面に色鉛筆の線を加えた描き方は、軽快なタッチのキャラクターにぴったり合って、スピード感のある新しいタイプのアニメになったなあ、と思いました」「(中略)テレビアニメーション全体にも影響を与えることになったと思います」(『小林七郎画集』徳間書店 より引用)

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小林七郎氏の背景美術表現の特徴の一つは重さではなく「軽さ」「スピード」である、と言えるのではないだろうか。

また、小林七郎氏は自身へのインタビューで下記のように述べていた。

「私の資質からしたら、絵の仕事ならアニメーターの方が向いていたかも知れない。でも若い頃は「芸術病」にとりつかれ、加えて自然の美しさにとらわれていた。」(※1)

静止画を描くだけではなく絵を動かす仕事である「アニメーター」のほうが向いていたかもしれないと語る小林七郎氏の絵の特徴には「動き」という重要な要素があると考えられるのではないか。また、小林七郎氏の初期の前衛的な芸術活動に関しては、福住廉氏が記事で紹介されていた。(※2)その記事から小林七郎氏の当時の絵画表現の特徴に関する部分を抜粋引用させていただく。

「色彩をモノクロに限定することで一切の情緒性を取り払う反面、歪曲した形態の運動性を強調している。」「崩れながらも、辛うじて治まる」その危うい瞬間を定着させることが目的だった。後に小林は「絵を描くことは現実をデフォルメすること」であると断言している」(※2)

小林七郎氏の絵画表現の根源には「形態の運動性」「崩れながらも、辛うじて治まる」「「デフォルメ(変形)」といった特徴があり、そこには「動き」「時間による変化」「速度」といった要素があるのと考えられるのではないか。本来静止画であり、止まっている絵であるはずの「背景画」だが、小林七郎氏の表現の根本には「時間」「速度」「動き」といった要素があると言えるのではないだろうか。

※1 小林七郎、背景美術を語る 文:小原篤
http://www.asahi.com/showbiz/column/animagedon/TKY201202120130.html

※2「アニメーションとアヴァンギャルド ——小林七郎が体現する「前衛精神」 福住廉
https://repre.org/repre/vol18/special/note2.php#aster6

・背景画表現と「動き」

アニメーション映像の特徴はまずは「絵が動く」ということであろう。
アニメにおける作画での「動き」の表現についてはこれまでにも多くのことが語られ分析されてきたと思われる。アニメーターの仕事全体への研究や著名なアニメーター個人に関する研究も多い。
それに対し、静止画である背景画の表現の特徴についての分析研究は極めて少ない。
日本アニメの背景画にはある種「独特な省略技法」が見られる。しかしその独自性について分析されることは少ない。それは、初期のディズニーアニメ作品などの背景画にみられる「デザイン的様式的な簡略化表現」とは質的に異なる独自の技法として発展してきたものではないだろうか。
デザイン的に特徴のある外見を生み出すための省力化・簡略化という意味でのものは、ディズニー作品などにも日本のアニメ作品にも共通に見られるものであろう。
一方で、日本のアニメの背景美術にしかかつてはあまり見られなかった「独特な省略技法」があるのではないか。



その特徴は「非常に短い時間で多数のスタッフ共同で描く必要があり、またわずか数秒しか映ることがない中で、一瞬で空間やシチュエーションを認識させる必要がある」という大きな「時間的制約=リミテッド」から由来していると言えるのではないだろうか。
初の国産本格TVアニメ「鉄腕アトム」以来、日本アニメの作画演出手法は、しばしばディズニーアニメなどの「フルアニメーション」と比較して「リミテッドアニメーション」という独自手法であると語られてきた。

初期のディズニー作品など海外アニメーション作品の背景画では、どのカット(ショット)においても一枚の絵画・イラストのような完成度で描かれ、その背景画の上で「フルアニメーション」のキャラクターが長尺で縦横に動きまわるような映像を堪能することができた。
一方「鉄腕アトム」から始まるとされる日本のTVアニメの特徴をいくつかあげると
「印象的な止め絵の多用」
「細かいカット割り」
「尺に対して、非常に多いカット数」
「非常に短い制作期間」かつ「低予算」

などがあげられるが、そうした「制約=リミテッド」が作画の表現技法に対して与えた影響についてはすでに多く研究がなされてきた。一方、「背景画」に対してそれらの「制約=リミテッド」が与えた影響についての分析はいまだ多くないように思われる。
日本アニメの作画の独自性として語られる「リミテッドアニメーション」の演出方法が背景画に対して課した制約、それには

「止め絵としての鑑賞に耐えうる背景画の高品質化」
「短い尺のなかで一瞬で認識できる視認性の高さ」
「短納期に対応するため、キャリアの異なる多数のスタッフの誰でもが描ける汎用的な表現手法」


が必要とされるといった面があったと言えるのではないだろうか。
こうした要求にすべて答えるという一見実現困難にも思える課題への適応のため、現場の背景マンが工夫を重ね、歴史の中で発展してきたのが日本のアニメ独自の背景画の表現手法ではないか。それは「時間的制約=リミテッド」から由来する、他にあまり類を見ない独自の省略強調技法であった、という仮説を提唱してみたい。

男鹿和雄氏は小林七郎氏の仕事について次のように述べていた。

「小林さんは、それぞれの作品で、新しい様式に挑戦しながらも、限られたスケジュール内で仕事を消化していかなければならないために、常に省略と強調を基本とした背景の描き方に取り組んでいました。また、当時の小林プロの社員は、僕も含めて経験年数の少ない人達ばかりでした。そういった若い連中に、一定のレベルの背景を速く描いてもらうためにも、簡潔で魅力ある美術ボードや、明確な説明による指導法を模索し続けていましたね。」(『小林七郎画集』徳間書店 より引用)

小林七郎氏による作品とその小林氏が設立した背景専門スダジオの小林プロ出身者による背景美術作品に特に顕著にみられる独特な「省略と強調」の技法。それが歴史の中でTVアニメ全体に広まっていき、他の背景美術家の技法と混じりあいながら日本のアニメ背景独自の表現技法として発展・展開していったのではないだろうか。


そのような表現技法の発展の歴史をたどるため、まずは1950~1960年代における背景美術の表現技法の創世期の歴史をみていきたい。アニメ創成期の東映動画による「白蛇伝(1958)」における日本アニメの背景美術表現の誕生から、TVアニメ放送開始以降の変化を「鉄腕アトム(1963)」以降の作品群にみていきたい。

そして、TVアニメの放送開始を契機に変化をとげ、主に1970年代以降に発展していくアニメ背景の独自の技法の誕生の数々をみていきたい。例えば先にあげた小林七郎氏による「ど根性ガエル(1972)」などでの新技法の発明や、中村光毅氏、井岡雅宏氏、椋尾篁氏らの仕事をみていきたい。それら創成期の先人から技法を学んだ若手らによって、80年代以降のジブリ作品などに代表される高品質な作品群において更なる技術発展をとげ、90年代にはより高度化・複雑化・多様化、そして一般化していく流れを追っていきたい。

次に、2000年代以降のアニメ制作の「デジタル化」の広範な影響による背景美術の制作手法や表現も見ていきたい。デジタル化により背景美術の制作現場も大きな変化の波を経験していった。それは80年代から90年代に培われた技術の継承発展と、デジタル化の影響を受けつつの変容の時代であったとも言えるのではないか。

最後に、2020年代現在においても変化のただなかにある背景美術業界の現状にも触れてみたい。創成期から発展してきたアニメ背景美術の技術がどのように継承され、また継承されなかったのか。その「連続と断絶」を検討してみたい。
すでに海外作品においても、多くのアニメ・ゲーム・イラスト作品にその影響が見られるほど一般化したようにも見える日本のアニメ背景美術表現。その独自の表現手法の発展の歴史を紐解いていきたい。」

妄想ですがこんな感じの前書きで始まるアニメ背景美術研究書があったら読みたい、、という思いで書いてみたものです。上記の前書きは架空のものなので、本論はいまだ存在しておりません。どなたか詳しい方が背景美術の歴史について調べて執筆してくれないかなあ、、と願いつつもまだ現状そのようなまとまった研究がないようでしたので、個人的にアニメ背景美術の歴史について調べたことなどをTwitterでつぶやいて楽しんでおります。
以下はそのつぶやきのまとめです。

アニメ背景美術史研究試論 系譜編その1とその2

日本のアニメーションの背景美術の歴史について、個人的趣味で調べてつぶやいたことをtwittterのモーメントという機能でまとめてみました。

 日本のアニメの背景美術は、背景画のみを描く専門の背景スタッフによって長く描かれ続けてきました。
 背景スタッフの多くは専門の背景会社や制作会社の美術部門に所属しており、そこから独立してフリーランスになったスタッフと合わさった専門家集団によって長く制作技術が受け継がれてきました。
 しかし、今日までの日本のアニメの歴史研究においては、アニメーターや演出家、声優などの仕事や作品論には関心が集まる一方、背景美術の歴史についてまとまって論じられているのはあまりみかけられませんでした。
 そこで個人的な楽しみとして、主に現存する書籍やネット上の情報をもとにアニメの背景美術史を研究し、その試論のようなものを形作ろうと考えました。
 研究範囲としては、1960年代の東映動画から始めることにし、今現在までつながる背景会社や背景スタッフの系譜をたどりつつ、背景美術の表現上の技術のルーツや変化・発展も調べていきたいと考えています。
 私見ですが日本のアニメの背景美術の「革命期・黄金時代」は1980年代前後にあると考えました。そこで、歴史に埋もれつつあるように感じる70~90年代の情報を主に掘り起こしつつ、2000年代以降から現在までのアニメの背景美術につながる歴史を研究していきたいと考えています。

主にアニメ背景の歴史や系譜についてTwitterでつぶやいたものををモーメントの機能でまとめました。
「系譜編その1」とつづきの「系譜編その2」です。
※モーメント機能廃止のため、下記のリンク現在は機能していません

アニメ背景美術史研究序論 系譜編その1

アニメ背景美術史研究序論 系譜編その2

アニメ背景美術史研究序論 表現技法編

 「アニメ背景美術史研究序論 系譜編」につづいて、アニメの背景美術の表現技術の歴史に注目してまとめた「表現技法編」です。
 アニメの背景美術の全貌はとても分析しつくせませんが、自分なりの大まかな時代認識は以下のようなものです。

70年代はまだ表現の「型」も何もなく、独自の色々な流派の道場が乱立しはじめた時代

80年代は色々な流派の道場主の元で修業した方が新たな表現の型を生み出していった革命の時代

90年代はさらに80年代に生まれた表現が混じりあいつつ高度化し、アニメ背景美術の表現上の一つの完成に至った時代

そして00年代以降はデジタル化がすすみ、アニメ業界以外の外からの影響が増大していった「ポストペーパー世代」の時代

80年代前後のアニメ背景美術の「革命期・黄金時代」とその後の「ポストペーパー世代」の時代の、丁度転換点にあたるのが90年代であると考えます。その90年代を代表する「美峰スタイルの誕生」という出来事が、それ以前とそれ以後のアニメ背景美術史を考える上で重要なポイントなのではないかと興味を持ち、調べていきました。

その他「アニメ背景の空や木はなぜ青いのか?」「アニメ背景の幸せな色とは?」「美術監督(や背景スタジオ)によって様々に異なる表現スタイル」「吉田博・川瀬巴水・リーニュクレール=クリアラインスタイルの影響」などといったテーマについてとりとめもなく考察したものをまとめました。

主にアニメ背景の技術の歴史についての考察をTwitterでつぶやいたものをまとめたモーメントです。
※モーメント機能廃止のため、下記のリンク現在は機能していません

アニメ背景美術史研究序論 表現技法編

とりあえず現状の研究はここまでになります。
調べていてそれまで知らなかった歴史や作品の美術を知る事ができ、とても興味深く楽しかったです。関係者の方にコメントや貴重なご情報をいただけたことも大変うれしかったです。
まだまだ知らないことが多いので、すこしずつ研究をつづけていけたらと考えています。

中途半端なもので恐縮ですが、お読みいただきありがとうございました。

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