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ハウゼン博士とメアリー


「愛していたんだ、誰よりも」

メアリーと私が出逢ったのは第一次大戦が始まろうと世間が騒がしくなってきた頃だった。

初めて出逢ったときのメアリーは、病院のベッドでブロンドの髪を結ったおさげ髪を揺らしながら儚げな様子をみせていた。

たまたま叔父のお見舞いに病院を訪れたわたしは、病室でメアリーに出逢ったのだった。
肺の病に侵されていたメアリーは、その病弱で儚げな様子とは裏腹に、生きたいという願いを強く持っていた。

彼女はよく窓の外を見ながら流れゆく季節の変化を尋ねた。

わたしは彼女の生命力に惚れ込んでいた。
肺の病に侵されながらも「生きたい」と願う彼女の傍にいて、その願いを叶えてあげたかった。

彼女のためなら、なんでもしたいと思った。
少しでも効く薬があると聞けば遠方まで馬車を走らせて取りに行ったし、体によく効くという食べものがあると聞けばどんな大金を積んでも取り寄せていた。

しかし、わたしの願いも虚しく見る見るうちにメアリーは痩せ細っていった。

メアリーは苦しそうに咳き込みながら、
その細くなった手でわたしの手を握りしめながら

「どうかお願い、わたしを1人にしないで…」と涙目で呟いた。

それから暫く経ってからのことだ。
この家の空気がズンと重くなったのは…

1日がまるで何時間にも感じられるようになり、わたしはものを食べられなくなってしまった。メアリーの傍によれば、すぐに疲れてしまい動けなくなってしまう。
遂に私は外へも出られないほど衰弱してしまった。

メアリーがこの世にしがみつく為には、生きた人の生気が必要なのだと知ったのはその少し後のことだった。

泥のような重たい身体を引きずりながら、重い瞼を閉じこれでようやくメアリーの傍にいられると思った。

そして月日は流れた。

わたしがこの世のものではないと分かったのは、この神戸の街の景色が驚くほど移り変わってゆくのに、私たちの身体はいつまでもそのままだったことに気付いてからだ。

その頃には生きたいと願い続けていたメアリーの時間軸はなくなり、ただこの世にしがみ付くために新しい生気が必要となっていた。

この世とあの世を結ぶようなそんな霊感体質な人たちをこの館に誘い入れ、何人もの人たちの生気をメアリーに捧げた。

その人たちの記憶は皆のあたまから消えていった。

メアリーのためなら、なんでも出来ると思った。例えたとえ、その先の魂を悪魔に売ったとしてもメアリーが望むのならそれで…

「愛していたんだ、誰よりも…」

時空に飛ばされ戻ってきたこの世界の
メアリーの棺の前でわたしは泣いた。

「メアリー夢を叶えられなくてごめんね…」

藍美の生気をいただこうとした瞬間、何者かの強い波動で違う時空に飛ばされてしまったようだった。

もうあの世界線には戻れない。
この世にしがみつくことは、難しいみたいだ。

わたしはメアリーの棺を背に、今の時代を歩き始めた。

丘のうえの洋館には、鳥が羽ばたいたのか声が聞こえた。

紅く染まった空がどこまでも、わたしをあざ笑うかのように追いかけてきていた。



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