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コンドーム夜話

 コンドームの話は出てきますがセックスの話は出てきませんので安心してお読みください。あと記事タイトルの「コンドーム夜話」は敬愛する原田宗典先生のエッセイ集『十七歳だった!』に収録されている「コンドーム秘話」のパロディです。
 以下本文


 ふと、人生で初めてコンドームを買った時のことを思い出した。十代の頃、夜中に人目を忍んで、わざわざ隣町のコンドーム自販機まで買いに行った。
 今ではすっかり数が少なくなってしまったが、当時はコンドームの自販機が町中にそこそこあった。

 コンドームの自販機は我が町にもあったが、万一近隣住民や知り合いに見られて「あ、ナ月少年が夜中に自販機でコンドームを買っているぞ」と思われたら思春期ナ月のハートは粉微塵になってしまうので、わざわざ隣町を選んだのだったと思う。
 今でこそ、コンドームなんかブラックサンダーでも買うのと同じくらいの気持ちで普通にコンビニやドラッグストアで購入することができる。しかし思春期の俺の自意識では深夜の自販機が限界だった。

 コンドームは性行為の際にチンコに装着して、望まぬ妊娠や性感染症を防ぐためのものだということは皆さんご存知だと思う。
 そこでエッチなお前は「ナ月少年は性行為をするために夜中に隣町までコンドームを買いに行ったのですか!?」と考えたことだろう。ハズレだ。
 思春期の少年がコンドームを買う理由は性行為以外にもう一つある。性への好奇心だ。

 コンドームはセックスの前にチンコにつける道具。つまりコンドームをチンコにつけるということはセックスの手前まで経験するも同じである。そりゃセックスを経験はしたいが、とりあえず一旦は手前まででも良いので経験してみたい。
 なんかそういう感じの好奇心で買いに行ったのだった。

 つけた感想としては「なるほど」だったと記憶している。残りのコンドームは箱に入れて、来たる日のために机の引き出しにしまっておいた。


 そんな思い出を振り返っているうちに「あの時の自販機ってまだあるのかな」と気になって仕方がなくなった。土曜の夜風を浴びながら思春期性欲ノスタルジーに浸るのも悪くない。
 俺はうろ覚えの記憶を頼りに、当時の自販機を探しに出かけた。

 最初は「なんかこっちの方角だった気がする」程度だった記憶が「あの店の近くだった気がする」「この踏切は渡った気がする」「あの角にあった気がする」と、目的地に近づくにつれてどんどん鮮明になって行った。

 ずらりと何台も連なった自販機の明かりが夜道を照らしている。ここだ、見つけた。この自販機コーナーの一角に、俺が人生で初めてコンドームを購入した自販機があったはずだ。
 俺はそこそこ興奮しながら思い出の自販機を探した。しかし、自販機コーナーを隅々まで眺めつつ往復したが、コンドームの自販機は見つからなかった。
 念の為もう一往復したが、やはりなかった。

 なんてことはない、役目を終えたから撤去されたまでだ。
 現代にも「お店で店員からコンドームを買うのはちょっと恥ずかしい」と思っているシャイたちは無数にいることだろうが「通販で買ったものを中身がわからないようにコンビニで受け取る」なんて今時中学生でも簡単にできる。もしかしたら「コンドームを買うことは恥ずかしいことじゃないよ」という性教育の賜物かもしれない。そんな教育がされているのかは知らないが。

 時代から必要とされなくなったものが消えただけだ。しかしコンドームがない自販機コーナーの明かりに照らされていると、なんとも言えないノスタルジックな切なさが込み上げてきた。俺は浸りながら、とりあえずなんか見たことないジュースを買った。

 このジュースはモヒートみたいで美味しかった。モヒートみたいで思い出したけど「三ツ矢クラフトミントライム」めちゃめちゃ美味しくないですか。世界一美味い飲み物だと思う。


 夜風に吹かれながら見たことないジュースを飲んでいると、もう一つのコンドームの自販機の存在を思い出した。

 性への好奇心に狂っていた十代の頃。性的なものセンサーの感度が尋常ではなかったあの頃。街を歩く時に「あそこにコンドームの自販機があるな」と気がついたら脳内に強烈にマッピングされていた。ここにあったはずの自販機もその一つだった。
 そんな当時のコンドーム自販機マップが脳内に突如復元された。
 たしか初めてコンドームを買おうとした時の、もう一つの候補地だったところが近くにある。薬局の外に設置されていた自販機だったはずだ。そちらはそこそこ車通りがある道に面していたので、なんか恥ずかしくてこちらのひっそりした自販機コーナーを選んだのだった気がする。

 初めてコンドームを買った自販機は無くなってしまったが、思い出までは無くなっていない。
 このままでは帰れない。記憶を頼りに薬局があったはずの場所へと向かってみた。

 記憶の場所にはすぐに到着したが、薬局があったはずのところにはコンビニが建っていた。当然コンドームの自販機なんかない。記憶違いの可能性もあったので、地図アプリで近くに薬局がないか調べてみたところ、近くに薬局なんて存在しないことがわかった。やはりここがその薬局だったに違いない。

 時代が流れ、不要になったものがなくなっただけ。たった数分前に自販機の明かりに照らされながら思ったことを繰り返しながら、コンビニへ入った。

 入ってすぐ、栄養ドリンクの棚の隣。日用品の棚。その下の方にそれはあった。

「これじゃん」

 俺はそのカラフルなパッケージを引っ掴んでレジへ持っていった。550円支払いながら、レジのおじいさん店員に質問した。

「変なことお尋ねしますが、ここって昔は薬局ではありませんでしたっけ」
 おじいさん店員は答えた。
「そうですよ、〇〇って薬局でした。あっちのモールに移転されたんですよ」

 あの薬局は無くなったのではなかった。モールということは自販機は無くなってしまっているだろうが、それでもあの時の薬局が生き残っていることが嬉しかった。


 そのコンビニで見つけて「これじゃん」となって買ったのが、これだ。
 オカモトのベネトン。この箱のサイズ、シンプルでカラフルなパッケージ。間違いなくこれだ。俺が人生で初めて買ったコンドームだ。パッケージのデザインは当時から変わっている気がするが、これだ。当時は自販機で500円で買った気がする。
 当時これを選んだ理由は、自販機で売っていた中で一番安かったからだ。あとパッケージがシンプルであんまり恥ずかしくないし。

 中身。あーーーーーーーーーーこれだ。箱を開けてこの連なったコンドームを見た時、少年の頃に埋めたタイムカプセルを開けた時のような、気恥ずかしくも暖かい気持ちになった。
 当時あれ程ビビりながら購入したはずのコンドーム。今では当たり前のように買うどころか、食レポしたことすらある。

 初めてのコンドームと再開した今、もう一度あの頃の気持ちを思い出しながらこれをチンコにかぶせて「なるほど」と思ってみたい。あの頃のように俺のチンコを優しく包んでくれ、ベネトン。



 なお、俺は二十代の頃にこのコンドームを製造しているオカモト株式会社の入社面接を受けて落ちたことがある。


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