ババアよ、ベースを返せ。

ベースが好きだ。ベースギターの話だ。エレキベースだ。

学生の頃はバンドでベースをやっていたし、今でもバンドこそやっていないものの時々手慰みのように演奏する程度には好きだ。

何と言っても弦が四本しかないのがいい。時々五本以上弦があるベースも見かけるけど俺は四本のやつが好きだ。


俺はベースをババアに取られたことがある。


学生時代、バンドをやっていた頃に入り浸っていた楽器屋がある。

ババアが経営している町の小さな楽器屋で、バンド練習スタジオも兼ねていた。

ババアの口癖は「あたしゃ楽器のことは何もわからん」だった。客に質問された時のテンプレ回答だ。そしてマジで何もわかってなかった。

客にギブソンのリッケンバッカーを勧めているところを見たことがある。楽器について詳しくない人のために車で例えるとホンダのスズキを勧めているという感じだ。客は苦笑いをしていた。

なぜそんなババアが楽器屋を経営していたのかは別の機会に語ろう。

当時の俺は楽器屋って何もわからなくても経営できるんだ、チョロ〜と思っていた。


練習スタジオの常連だった俺はこのババアにとても気に入られていたし、俺も楽器を始めた頃から世話になっているこの店とババアには恩義を感じていたので店を手伝うことが時々あった。

初心者の客が「ギターの弦を交換してくれ」と店に持ってきたら何もわからないババアに代わって俺が交換したりしていた。今考えたらメチャクチャだ。


ある日店に行くと、ババアがボッロボロクソボロボロに朽ちかけている年代物のベースを持っていた。見たことがないデザインのベースだった。倉庫を整理していたら出てきたらしい。

見せてもらうとネックは反り放題に反っており、電気系統は錆びて全く使い物にならない。恐ろしく杜撰な状況で保管されていたに違いない。とても楽器屋の売り物だとは思えない。

だが俺はそのベースを一目でとても気に入ってしまった。

ババアに値段を聞くも「わからん」と言う。客が値段聞いてるのに「わからん」じゃねえだろ。

それでも欲しかった俺はババアに「これは俺が買うから修理させてくれ」と頼んだ。ババアは承諾してくれ、店の工具を貸してくれた。

俺は数時間かけてそのベースをなんとか演奏できる状態まで修理した。

それを見てババアは言った。

「それはやるよ」

ババアが天使に見えた。否、このババアはババアに見える天使だったのだ。そう思った。

俺は大喜びでそのベースを持って帰った。嬉しすぎて名前までつけた。


後日、ネットでそのベースの正体を調べると、新品であれば約20万円もするものだと判明した。

なんでそんなものが店頭に置かれずに倉庫でボッロボロクソボロボロに朽ちかけていたのかわからないが、俺は改めてババアに感謝した。「さすがに悪いな」なんて微塵も思わなかった。

だって、復活させたの俺だし。買うって言ったけどくれるって言ったの、ババアだし。


後のある日、スタジオでの練習の帰りだったと思う。ババアは言った。

「あのベース、今度ちょっと持ってきてくれんね」

理由はわからなかったが何も考えていなかった俺は快く承諾し、後日あのベースを持ってババアの楽器屋に行った。

ここまではまだ俺はババアとの信頼関係を信じていた。


ババアに持ってきたことを告げると、ババアは黙って俺のベースを持って店の奥に引っ込んだ。そして何も持たずに戻ってきた。

そして俺が何も言わないうちに

「あれは貸してたけどうちのだから、店に置くから」

と言ってのけた。


ちょっとわかんねえぞ。

わかんねえことが起こったぞ。

そう思った。


「いや、くれるって言いましたよね」

「言ってない」

「言いましたよね」

「言ったけどあれ調べたら20万もするし」

「でもくれるって言ったじゃないすか」

「アンタ他の店で高いベース買いやがって!!!」


ギックーーーーーー!!!!

確かに買った、他の店で高いベース買った。確かにそれはババアへの恩義に反することかもしれない。

でも、でも待って言い訳させてくれ。

俺がババアの店で買わなかったのは理由があるんだ。

俺が他の店で買ったベースはもう製造されておらず、現物がある店でしか買えないのだ。ババアの店では買いようがなかったのだ。そしてどうしても欲しかったんだよ。

というわけで言い返した。


「だってあれもう製造されてなくて! 置いてある店でしか買えないんだよ!! あんた楽器屋ならわかるだろ!!!」

「楽器のことはわからん!! あれが欲しけりゃ20万で買え!!」

「キィーーーーーーーッッ!!!!」


実際には「キィーーーーーーーッッ!!!!」とは言ってなかったと思うが俺は心の中で「キィーーーーーーーッッ!!!!」っと叫びながら店を飛び出した。

もう言い合いをしてもどうにもならないと思ったのだ。

こんなクソ店二度と利用しないぞババア。

そう思ったが近隣にはそこしか安い練習スタジオがなく、その後も渋々そこに通っていた。

その後も何度か返せと言い合いをしたが返してもらえることはなく、だんだん諦めがついてきた。

いつの間にか俺は普通の客程度の距離感に戻り、ババアにそのベースの話もしなくなった。


ちなみに店の奥に持って行かれたそのベースはその後一度も店頭にディスプレイされることはなかった。

せめて置けよ!!! 売ろうとしろよ!!!!

またボッロボロクソボロボロになるぞ!!!!

ババアーーーー!!!!!


今でも年に一度くらいババアの様子を見にあの楽器屋に行くが、ババアはボケ始めておりもう俺のことをほとんど覚えていなかった。そしてこれは勘だが俺のベースは多分まだあの楽器屋の奥に眠っている。多分ババアはベースの存在自体忘れている。もう取り返そうなんてつもりはないけど、未だにあれは俺のだと思っている。


あと一方的にババアからこの話を聞かされて俺が悪者だと思っている当時の人間、これが真相だぞ。

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