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ポッシブル・ジャーマニ/第二部 追憶

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記事一覧

ユートピアからの手記 1/3

 深い森には一本の細い川が流れている。そこに沿って、ごつごつした大きな岩が何百と散らかっ…

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ユートピアからの手記 2/3

 差し伸ばした右手が向けられているのは低い天井、こぶしは空を切り、僕は腕をすぼめる。もう…

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ユートピアからの手記 3/3

 ほんの二十三時間も前のこと、夕暮れが万物を美しい赤で染める中、僕はマキのキッチンでギタ…

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一枚の古地図、山師の入来 1/4

「メリークリスマス」と電話が切れる、懐かしい声に限りなくよく似た、単なる複製に過ぎない音…

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一枚の古地図、山師の入来 2/4

 十二月二十五日、夜の拡散が終わる日。あらゆる曇りを払うかのよう、朝日は目一杯差し込む、…

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一枚の古地図、山師の入来 3/4

 昨日、Nは昼過ぎに起きた。そして昼食を求めてアウクスブルクの街に出るものの、(後になっ…

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一枚の古地図、山師の入来 4/4

「要領を得ている、ひどくわかりやすい。どんなに学習しない人間でも理解せざるをえない」  説明を終えると、返ってくるのは、仰々しく卑屈な物言い。 「問題があったら、メールして。スマートフォン、持ってるんだっけ?」 「ノン」とNは憮然とした顔を向けてくる。 「パソコンを一台置いていく。何かあったらこのアドレスに」と印刷しておいた用紙を差し出す。その時、意図なくもNの手に触れる。顔を上げると、深い憤りの込もった眼差しで見つめてくる男、ぞっとするほどに渇き切った無表情だ。

一昨日と明後日の間で 1/5

 南向きの窓に広がる景色はとても綺麗。澄んだ広い空には真綿の塊のように分厚い雲が浮かび、…

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一昨日と明後日の間で 2/5

「Nはなにしてるの?」  そう、何気なく聞いてしまえばいいのに、後ろめたさが喉元で押し止…

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一昨日と明後日の間で 3/5

 周囲に上手く馴染めないのが、日本にいたときのNのアイデンティティだった。大学ではいつも…

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一昨日と明後日の間で 4/5

 カチリ、とNが煙草に火を点す。そして、蛇口から水をひねり出しては、コーヒーを淹れ出す。…

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一昨日と明後日の間で 5/5

 メインディッシュの盛り付けを残して、食事の用意がすべて終わる頃、「いやっ」と、Nはやっ…

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やがて至る地点を手放すために 1/10

 時計のベルが鳴っている。分厚い布団の外には夜の冷たさがたむろっている。暗闇には四角いシ…

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やがて至る地点を手放すために 2/10

 六時十二分。  マリエン広場の靴屋で買ったニューバランスを履き、きつく紐を結ぶ。部屋を出る。廊下を、階段を、アスファルトを、一歩ずつ、しっかりと弾く。脚を回転させるように、踏み込みと浮遊と着地を繰り返し、前へ前へと進んでゆく。呼吸のリズムを意識する。風景には目を留めない。日付が変わろうと、気圧が変ろうと、読む文章が異なろうと、肉体はつねに正常であり続けなくてはならない。適切な拍を刻み続けなくてはならない。四拍子、BPMは一二〇ほど。呼吸を落ち着けると、僕は周回軌道に入るこ