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「ちょうどよい」喫茶店

喫茶店のドアを開けると、「この間、来てくれたね」とママさんが出迎えてくれる。バイト先から北東の方向に歩いて約5分。家と家の間にひっそりと佇む“喫茶 杉”が見えてくる。装いは煉瓦造り、お店の前には植物たち。赤と白の、いかにも喫茶店然とした看板がなければ、 “喫茶 杉”を見つけるのは容易ではない。“喫茶 杉”はそれほどに、西陣の町に溶け込んでいる町の「ちょうどよい」喫茶店だ。特に行列ができるような「流行りの人気店」というわけでもないが、町で暮らしている生活者たちが羽を休めたくなるような、ちょっとした空腹を満たしたいときに戸を開けたくなるような、新聞を片手にコーヒーを飲みに行くような、そんな「ちょうどよい」喫茶店だ。


「この間」というのは、2023年1月某日のこと。雨が降って地面が濡れている日のお昼、僕は“喫茶 杉”の扉を開けた。僕がこのお店をどのように見つけたのかは覚えていないけれど、おそらく、西陣を練り歩いている途中で看板を目にしたのだろう。それからずっと気になっていた“喫茶 杉”に入り、僕はオムライスを注文した。野菜が切られる際に包丁とまな板がぶつかる時の音や、フライパンの上でそれらが炒められる時の心地の良い音を聴き、あるいはそこから発されるほんのりと焦げる野菜や米たちの香りを嗅ぎ、今から出てくるであろうオムライスに、僕の心も焦がしたわけである。


そうして出てきたオムライスは、薄めの卵にくるまれ、赤いケチャップがのせられた喫茶店的なオムライス。ふわふわでトロトロな卵を割ることで卵が覆いかぶさるタイプのオムライスもよいけれど、大きな口を開けてガツガツ、モリモリと食べる喫茶店的なオムライスもたまらない。とりわけ、この“喫茶 杉”の場合、山盛りの千切りキャベツの上にトマトがふんだんに乗せられたサラダと、コーンポタージュまでついてくるという贅沢っぷりなのだ。そして僕は、店内にかかっていた音楽のことをママさんに質問し、それから昔の西陣の話を聞き、ここ数年でポツポツとでき始めているお店のことを話し、運営に携わっている西陣のローカルメディア・osanoteの連載「おいしい西陣」で“喫茶 杉”のことを書くと決めて店を出た。


それから1ヶ月が経つにはあと数日足りぬほどの日数が経った2月某日、僕は“喫茶 杉”を再訪した。前回と同じ席に座り、前回とは違うメニュー、その名もピラフを注文する。そして、野菜が切られる際に包丁とまな板がぶつかる時の音や、フライパンの上でそれらが炒められる時の心地の良い音を聴き、あるいはそこから発されるほんのりと焦げる野菜や米たちの香りを嗅ぎ、今から出てくるであろうピラフに、僕の心も焦がすわけである。


満を辞して登場したピラフを食べながら、ママさんと言葉を交わす。ママさんの話によると、“喫茶 杉は”ママさんが28歳の頃に始めた喫茶店であり、今年でなんと46周年を迎えるという。ちなみに、僕は今年で23歳になろうとしているから、実に僕の人生2つ分というわけだ。1人の人間が2回も成人式をできるよりも長い年月、ずっとこの場所に“喫茶 杉”はある。「店を始めた頃は、目の前でもガッチャンガッチャン織物の音がしたんやけどねぇ」と語るママさん。西陣織の産業が衰退し、移りゆく西陣の町を横目に見ながらも、“喫茶 杉”は西陣にあり続け、数えきれぬほどのお客が出入りし、数えきれぬほどのコーヒーが淹れられ、数えきれぬほどのオムライスやピラフが作られてきたのだろう。



ひょんなきっかけで始めた喫茶店が46年も続くとは、きっと28歳の頃のママさんも想像していなかったのではないだろうか。“喫茶 杉”にまつわる壮大な話を聞きながら、まだ“喫茶 杉”の半分ほどしか生きていない僕は、「人生はなにが起こるかわからないですねぇ」だなんて、どこかから借りてきたようなことを言うのみであった。そして、ピラフといつの間にか頼んでいたホットコーヒーの勘定を支払い、また来ることをママさんと約束し、僕は“喫茶 杉”の数えきれぬほどのお客のうちの1人として店の外へ出た。

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