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愛しき「不可解」に酔いしれる―花譜 1st ONE-MAN LIVE「不可解」―

 このライブについて書く事は『絶対に語彙力喪失するくらい「なにかを変える」ライブにしたい。』と願った彼女への裏切りだろうか?

 2018年10月の登場以来、圧倒的な歌唱力を持つ次世代の歌姫として注目を集めてきた15歳のバーチャルシンガー、花譜による待望のファーストワンマンライブ「不可解」。

 開催にあたって行われたクラウドファンディングでは、目標額を大きく上回る4,000万円以上の支援を集めるなど、事前から大きな話題を呼んできたイベントは、満員の恵比寿LIQUID ROOMと、全国のライブビューイングでファンが見守る中で、静かに幕を上げた。

みんなが好きなあの曲たちを

 ステージの上には、彼女のシンボルカラーのひとつである淡いピンクのライトが一つだけ灯っていたが、ふっと火が落ちると背景には日輪を月が覆い隠したような映像が浮かび上がる。やがてそれはひとつの天体から銀河系を模したスケールまで広がり、共鳴するサウンドと共に彼女の登場を待つ会場のボルテージを上げていく。

 限界まで高まりきった緊張と期待の中、花譜ちゃんがバンドメンバーと共にオンステージ。待ちに待った瞬間の到来を爆発的熱狂で迎えるオーディエンスに、両手を広げて応えると、『不可解』とタイトルをコールして本編がスタート。

 幕開けを飾ったのは自身の初のオリジナルソング「糸」。イントロから歓喜の渦となったフロアに、『盛り上がっていきましょう』と声をかける様子は、初ワンマンの気負いを微塵も感じさせない。

 ステージ上にはおそらく多層のスクリーンが設置され、曲に合わせて目まぐるしく変化する映像と、歌詞が縦横無尽に乱れ飛んでおり、背景映像と呼ぶのが正しいとは思えない立体的な演出が繰り広げられる。神秘的な歌声と重なって成立する革新的なライブ体験は、1曲目から私たちを未知の感動へと突き落とす。

 『今日をずっと待っていた』と念願のライブへの思いを口にすると、感慨深くさせる間も与えずに『みんなが好きなあの曲たちを』と次の曲へ繋ぐ。

 背景が夕暮れへと変わり、今年1月の活動休止時に発表された「忘れてしまえ」が響きはじめる。街を漂う旋律のように、優しい歌声がフロアに染み渡ると、先程までの熱狂も忘れて一転聞き入るモードへ誘われる。

 となれば次の曲は決まっているようなもので、活動再開をセンセーショナルに告げた「雛鳥」へと続く。

 "わたしのほんとうの始まりの歌"として発表されたこの曲は、休止の間彼女が体験したであろう卒業による出会いと別れに対する等身大の叫びのようでもあり、もっと本質的な喪失を歌っているようにも聞こえ、目に映るのは学校をバックに歌う少女であるのに、それ以上の壮大な世界の広がりを感じさせられた。

 アウトロで響く秒針の音につつかれながら、余韻を噛み締めているところに繰り出されたのは「心臓と絡操」。テンポの上では緩やかな上昇だが、それ以上に鋭角に切り込まれた感覚で、ミドルなリズムに反して、鼓動がスピードをあげていく。
 
 消え入りそうな歌声で奏でられる彼女の音楽は、一度聞いただけではその衝撃にうちひしがれてしまうばかりで、全容を理解するのは難しいほどに複雑だ。しかし、秘められた思いは純粋で、読み解くほどに彼女の歌はストレートな思いの発露のようにも聞こえてくる。開演前に流れていたバーチャルYouTuberからのメッセージで、彼女に対して素直な賛辞や好意を伝えていた人が多かったのは、普段彼女の歌から真っ直ぐな思いを受け取っているからなのかもしれない。

 『この曲ができて嬉しかった』と新たな曲との出会いを喜ぶと、彼女の物語の新たな一篇「エリカ」へ。淡い恋心を綴った手紙のような歌に合わせて、ステージ上の空間にも手書きの文字が並んでいく。
 
 つづいても未発表の新曲「未確認少女進行形」。まだ前半だというのに新曲のラッシュという大盤振る舞いに楽しくなっているのは我々だけではないようで、花譜ちゃんも珍しく振り付けらしい振り付けで可憐に舞い踊っていた。サビでも大きく手を振って、オーディエンスと動きを合わせると、華やかに広がる祝祭感が会場を満たしていく。

 先程とはうってかわって、夜の街に変貌したステージ上には、ネオンのようにまばゆく歌詞が浮かび上がっていた。VRライブに負けじと、目まぐるしく変わる空間演出は、我々の好奇心に休む暇を与えない。

すきなうたをうたうよ

 『わたしのすきなうたをうたうよ』と宣言すると、ここからはカバーソングを展開。リーガルリリーの「うつくしいひと」では、軽妙な言葉遊びの中にも、凄惨な背景を匂わせる歌詞を美しく奏でる。リーガルリリーについては、はじめて聞いた時から『沼にハマった』と語っており、好きなものについて自分の言葉で伝えようとする様子は、Twitterで見るいつもの彼女だ。

 次に、動画も公開されている崎山蒼志さんの「五月雨」へ。崎山蒼志さんがこの曲のスマッシュヒットで世にその名を知らしめたのが15歳の時、しかもこの曲を作ったのは13歳の時と知り、あまりの才能に『人生何周目なんだろう?』と思ったそうだが、それを15歳の歌姫が言うのかとツッコまざるをえない。

 曲の中で紡がれる世界にも似た空気を感じさせるアーリージーニアス同士の共鳴を待ち望んでいたファンも多く、曲名のコールから雄叫びが上がる。既にその親和性の高さは証明済みだが、ライブではより強調されるアコースティックギターの旋律と重なって、予想以上の相乗効果をもたらし、それぞれの魅力を聞くものの心に深々と突き刺した。

 続いては、はじめて聞いた時に寝れなくなるほどの衝撃を受けたという大森靖子さんの「死神」。深紅に染まるステージの上で、目を背けてしまいたくなるような言葉を真摯に伝える彼女の姿に、感情はぐちゃぐちゃにかき乱される一方で、顔からは表情が奪われていく不可思議な現象に襲われる。

 愛する曲たちにいっぱいのリスペクトを込めて歌い上げるとMCへ。運営からの文章でも明かされていたように、花譜という存在はバーチャルYouTuberという業界が盛り上っていたからこそデビューできたと、改めて彼女本人の口から語られる。

 そんなシーン全体や、そこで戦うバーチャルYouTuberに向けてと披露されたのは、新曲「祭壇」。"魂"、"画面の裏"、バーチャルYouTuberシーンの華やかな舞台だけではなく、裏側も想起させる言葉が並ぶこの歌を聞いて、シーンを彩った感動的な出来事や、忘れたいほどの悲しい事件まで、様々な情景が脳裏をよぎる。

 各地に集う同士たちも同じ曲を聞いて、同じリズムに身を揺らしていただろうが、それぞれがこのシーンの当事者としてどのような道を辿ってきたかによって、心に浮かべる景色は大きく異なっていたに違いない。

 バーチャルYouTuberシーンと彼女の結び付きを語る上では、次に披露された「魔女」の存在も欠かせない。輝夜月ちゃんの所属するTHE MOON STUDIOが手がけるストーリープロジェクトKOTODAMA TRIBEのイメージソングであるこの曲は、昨年末に行われた1st展覧会の会場で、作品の世界観を増幅させる映像と共に流れていたことが印象的で、ここから彼女の歌を知ったという人も多いはずだ。

 ライブでは、展覧会の時よりパワーアップした演出が施され、バーチャルYouTuberの登場によって急速に近づいた仮想世界の在り方を問うと共に、そこへ浸ってしまいたくなる気持ちを力強く肯定してみせる。

 そして過ぎ去ったものへの執着や、すがる思いを感じさせる新曲「quiz」へ。印象的に繰り返される"大丈夫"という言葉は、聴く者へかける励ましにも聞こえるが、自らへの慰めでもあるのだろうか。

 タイトルの通り思考の迷宮で迷わされた後は、「夜が降り止む前に」で一気にギアがあがる。大沼パセリさんのRemixによって歪んだ重低音が重なったVerは、よりダンサブルに仕上がっており、フロアの景色を瞬く間に変えてみせた。

 あと2曲と告げると、終わりを惜しむ声も待たずに新曲「夜行バスにて」。『最後はロックに』と宣言した通り、シンプルなバンドサウンドにのせた比較的ストレートなナンバーで会場の熱気をさらに上の次元へ高める。裏には手書きアニメのような映像が流れており、ノスタルジックな雰囲気を誘うと、会場は次第に終焉の気配を帯びていく。

 終幕を前に、最高のステージを共に彩ったバンドメンバーを紹介すると、軽快なセッションから「過去を喰らう」でフィナーレ。未発表の新曲の連打に超豪華カバーと、嬉しいサプライズに戸惑わせられっぱなしの我々だったが、ここは最後の情熱の燃やしどころと察知し、高々と腕を振り上げる。

 ここまで来ても彼女のパフォーマンスは一切落ちることなく、むしろそのクオリティは一瞬一瞬上がり続けていく。歌うことが楽しくてしょうがない、言葉にされるまでもなく、彼女の抑えきれない激情が、小さいからだから溢れだしているように見えた。

 会場へ集ったファン、ライブビューイングや配信で見守る人々もふくめ、すべての観測者たちに確かな未来のビジョンを見せつけ、自らの世界に引きずり込むと、小さく手を振ってステージの奥へ消えていった。

君のこと、大嫌いだ

 冷めきらない熱がアンコールの声となってフロアを埋め尽くすと、それに応えるように、制服姿の彼女がステージに現れる。本編での非日常感とのギャップに惑わされていると、『久しぶりだね』となにかを語りはじめた。

 後ろには「御伽噺」の文字が光っており、荘厳な音楽にのせて淡々と述べられる言葉を汲み取っていくと、わたしは中学の卒業以降、約3ヶ月会っていなかった彼女の同級生で、何か打ち明けるべく、二人きりの場所へ呼び出されたようだ。

 少しだけ遠回りしながら核心へとにじりよる彼女は可愛らしく、そんな姿に会場の雰囲気も緩んでいくと、『絶対に笑わないって約束して』とお願いされる頃には、約束するよ!と声を上げる人もいた。

 しかしきらびやかな音楽が止まると共に、『秘密にしていたことがある』と告げられると、一気に空気が凍りつく。

 急転直下、『実はわたし、未来からきたんだ』と自らの正体を明かし始める。彼女のいた未来はずっと戦争が続いていて、この世界では当たり前にあるような権利すらもない。現在からは想像できないような悲惨な世界だという。そんな世界で、彼女は卵から出られない雛鳥未満の存在であり、卵の殻を破ることに必死だった。

 『卵とは世界のこと、雛鳥が生まれるには、世界を壊さなきゃいけない。』
 この世界においてはドイツの作家へルマンヘッセの言葉だが、彼女の口から発せられた言葉は、彼女自身の生み出した切なる叫びのようで、痛烈な衝撃を胸に与える。

 『これがわたしの物語』と締められても、戸惑うことしかできない。『なんて、おとぎ話だよ』そう濁されたものの、刻まれた傷は深く、目の前の彼女の姿も揺らいでいく。

 『あの夏のこと、覚えてる?』
 彼女と大事な約束をしていたようだが、なにも思い出せない。

 『忘れないって言ったよね?』
 追及されても思い出は空白。それを謝ればいいのか、それとも嘆けばいいのだろうか。そんな安い逡巡も見透かされて

 『もっとちゃんと言ってくれないとわからないよ。』
 言葉にしたくても、記憶も語彙も、なにもかもが失われている。

 『君のこと、大嫌いだ』
 最後の言葉によって冷たく突き放されると、わたしの正気はバラバラに崩れ去っていく。

 わかりやすく抑揚のついた語りではないのに、彼女の口から零れる言葉には強い感情が込もっているのがわかり、途中まで我々は確かにボイスドラマを見守る観衆であったのに、気づけば背を陽射しに焼かれながら、対面する少女から目を離せない夏の日に、一人立たされていた。

 崩壊した精神を整える猶予も与えずに、彼女は東京ゲゲゲイの「神様」を歌い始める。語られた真実、彼女のいうところのおとぎ話を踏まえて聞くと、別の意味が見えてくるこの曲。まだ事態を呑み込みきれない我々とは裏腹に、堂々と歌い上げる彼女の真意を暴くには、まだ手がかりも時間も足りない。

 アンコールでも一切手を緩めることなく、自らの世界観で会場を塗りつぶすと、最後の最後へきて、彼女の楽曲をすべて手がけるカンザキイオリさんについて語り始める。カンザキイオリさんはレコーディングのたびに面白い話をしてくれるそうで、そんな彼を含め、彼女の周りにはポジティブな人が多いとにこやかに教えてくれた。

 『ポジティブな人に囲まれているから、悲しいネガティブな歌も安心して歌うことができる』と、自らの活動を支えるチームへの感謝を述べて、カンザキイオリさんの代表曲「命に嫌われている」へ。

 ショッキングなタイトルの通り、日常に根差した絶望を歌い上げるこの曲は、多くのバーチャルYouTuberによってもカバーされる大人気曲であり、満を持しての投下にはオーディエンスも昂る気持ちを留めきれず、ここまでを過去にする勢いの盛り上がりをみせる。

 タイトルこそ過激だが、単にネガティブな言葉だけが並ぶだけではなく、ポジティブな要素も垣間見えるこの曲は、どちらかというと…という想定すら無粋に思えるほどに複雑な構成をしている。ポジティブとネガティブ、あえてその二極を持ち出した彼女だが、そもそもあらゆるものは立体的で複雑、それゆえに美しい。そんな世界の真実を15歳の少女の歌声によって突きつけられ、様々な感情が胸に渦巻くが、感覚としてはこれ以上なく爽快でもあった。

 『約束してたことがあったよね』
 クラウドファンディングのストレッチゴール達成によって、ライブにはいくつかのオプションがつくことが予告されていた。まずはその第1弾として新衣装のお披露目が行われる。

 制服姿の彼女が両手を広げると、いつも彼女の側にいる謎の存在らぷらすが彼女を飲み込む。そうして本編でも着ていたフードを被った衣装になると、"第一形態 雛鳥"という文字が背後に浮かぶ。

 何気なく目にしていたいつもの衣装の秘密に驚かされていると、そのまま新たなる形態へ変化は続く。そして現れたのは"特殊歌唱用形態 星鴉"。仰々しい名称となった新形態は、らぷらすとより深く融合したような様相で、ドレスのような美しさもあるが、触手の伸びたクリーチャー的な意匠もあり、彼女の神秘性をより高める新たな覚悟の姿として顕現した。

 異形の化身じみた姿には圧倒されるばかりだが、本人としてはどこか気恥ずかしいところもあるようで、少しの笑みがこぼれる。仕切り直すと、"不可解"と名付けた今日のライブについて語り始める。

"言葉だけでは表現しきれない程の“出来事”を皆さんと一緒に創りあげたい"

 不可解というタイトルに込められた想いは、不確かであり明確だ。言葉にならないなにかを伝えたかったという今夜のライブを通じて、『なにか伝わった?』と問われると、会場には感謝のような祝福のような、言葉にならない思いが拍手で叫びで涙で溢れだしていく。

 美しき混沌と化した会場を静めることもせずに、勢いそのまま突入した新曲の名は、ライブのタイトルと同じ「不可解」。クライマックスに相応しい新たなアンセムは、断片的に描かれてきた彼女の物語を総括するような、まさしく今夜の為の曲であり、今日ここでこの曲を聞けるという歓びに魂が震え出す。

 正真正銘の最後は、ストレッチゴールの達成によって書き下ろされた新曲「そして花になる」。『今のわたしの全部です』という言葉に続いて流れ出した曲は、これまで繰り広げられてきた幻想的な世界観とは大きく異なり、目に浮かぶような具体的な情景や、覚えのあるような心の機微が丁寧に描かれた歌詞で、等身大の少女像を通り越し、確かに存在する花譜という人間の輪郭をより鮮明にしていく。

 "私が歌を歌うのは 歌が好きだったからさ"
簡潔で明確、それゆえに複雑で不確かな言葉によって、自分が自分であることを証明してみせる姿は、16歳の少女でありながら、世界を虜にする歌姫という奇跡を強烈に刻み込み、ファーストワンマンライブ「不可解」にピリオドを打った。

 そして御伽噺の続きが流れ始める。

 『君はいつだってそんな困った顔をする。そんなんじゃ嫌いになれないよ。…まぁいっか、曖昧なのも、そんなに嫌いじゃないよ。』
 彼女との世界は続いていく。少なくとも、続ける為の許しは得られたようだ、あくまで一時的に。

『また会えたらいいね、またね。』
 不確かな未来に不確かな再会を誓うと、非日常が日常へと溶け込むように、静かに幕が下りる。

よくわからないからこそ面白い

 今日のライブはなにかを変えただろうか。確かに今夜の事件を観測した我々は、彼女とチームが作り出した音楽によって、クリエイティブに挑む姿勢、ひいては人生観のようなものを変えられた。それは劇的に意識が変わったというよりは、これまでも信じてきたクリエイティブの魔法というものを、より確かに信じられるようになったということで、言葉の上では曖昧だが、個人の心情の変化としては明確なものがある。

 とはいえそれが今後世界にどう変化をもたらしていくかは、それぞれのこれからの歩みに委ねられるもので、確実になにかが変わったという実感のもと、彼女たちの共犯者として未踏へ踏み出す我々一人一人に、新たな使命が課せられたとも言える。

 ハッキリ言葉にできない事を彼女はもどかしく思っているようだが、曖昧なのも嫌いじゃないとも確かに言っていた。

 ならば、この不可解を噛み砕く為の今しばらくの猶予を許してもらうことにして、また会えるその日には自分の言葉で気持ちを伝えられるように、確かに変わってしまったなにかを証明する日々を、強く生きよう。

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