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「価格ではなく人間性で選ばれたい」と思うようになったきっかけ

全国でリラクゼーションサロンを展開する会社のチェーン店でマッサージの仕事をしていたとき。
そこで働いているスタッフは私と店長と、Aさんという女性の3人。店長は他の大きい店舗にメインで入っており私の店舗に来るのは週に1回くらいで、主にAさんと私の2人でお店を回していた。

私は比較的施術の時間を守るタイプだったが、一緒に働いていたAさんがなかなかサービス精神旺盛な人で、どんなお客さんにも最低10分20分おまけしてしまう人だった。
当時のもみほぐし業界はだいたい10分1,100円が相場だが、20分のマッサージを受けてもAさんに当たれば、20円の料金で30分~40分ほぐしてもらえる

Aさんは自分を指名してくれる人には格別感謝の情があるようで、指名のお客さんには基本的に30分はおまけをしていた。
よく90分のコースで通ってくれる指名客には「ポイントがたまっていますから」といって、ポイントがなくなった後も毎回2,000円引きをしたり、まあ、そうとう無茶苦茶な人だった。

そうなると時間を守っている私に、お客さんのクレームの矛先が向かうようになる。
「30分3,150円のコースをAさんは60分してくれたのに、小澤さんは30分しかしてくれなかった」
「90分7,000円でAさんはいつも120分してくれるのに、小澤さんは90分しかやらない上に9,000円しっかりとられた」などなど。

店長が注意しても、私からやめてほしいといっても、Aさんの態度は悪化するばかり。
一度60分のオイルコース(7,500円)を120分(13,500円)におまけしてあげたときは、さすがに申し訳ないと思ったのかAさんは自分の財布からレジに何千円か入れてたけれど、Aさんのおまけ癖は直らなかった。

当時は「自分はきちんと時間を守って仕事をしているのに、なんでこんな理不尽に怒られないといけないのだろう」と憤慨していたけれど、それがのちに「価格ではなく、人間性で選ばれる人になる」という今に続く、仕事をする上で大事な価値観につながったように思う。

「小澤さんにお願いします」という指名してくれるお客さんは最初こそ少なかったものの、私は価格通りの金額を頂く代わりに、誠心誠意お客さんと向き合った。
特にタッチの質にはこだわり抜いた。目の見えないお姫様に触れるように、大切な人の亡骸に触れるように、大切にお客様の身体をほぐした。

介護で疲れていたり、配偶者の方に暴力を振るわれていたり、同居者の方への気遣いだったり。お身体がゆるんだときにふともらされるお客様の一言一言を、淡々と聞き続けた。

そうすると、一見ぶっきらぼうなのに心のこもった施術をしてくれる人と来て下さるお客さんたちに認識され始めたのか、徐々に私を指名してくれるお客さんで予約が埋まっていくようになり、値段や時間のことでクレームを言われることは減っていった。
価格競争は疲弊していくけど、自分の人柄で選ばれるお仕事をしていると循環している感覚がある。

もうマッサージのお仕事は辞めてしまったけど、会社員になってもあの「小澤さんがいいです」という言葉が忘れられず、今はこうして書くお仕事をしているのかもしれない。



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