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【小説/Another】ジョウジョウサマ

寄り添い巫女としての役目を担う少し前の話。
諸内容は本編で。


村祭り

十五夜お月さん

守番の最中の手慰みに口付さんだ曲。

本編

十五夜、この場合、所謂中秋の名月を指すのだが、この時期にだけ夜が更けてもクリーチャーの寄り付かない場所がある。

半端に人の手が入り、けもの道になり損ねたような山道を草を蹴散らしながら歩くと、こんな時にしか人目につかない古ぼけた神社に辿り着く。

樹木で遮られはしているがまだ日は高く、境内の人もまばらだ。

「ひとりちゃん! やっほー、久しぶり」

久しぶりの外出で息が整わずにいる私に明るい声がかかる――が、誰だか思い出せない。
見覚えはあるのだから、同級生か? なんて事を考え、数瞬ほど挨拶にまごついてしまった私の有り様で察したのか、その人は「中学卒業以来だもんね〜」と気を悪くしたような素振りは見せずに声を掛けてきた時の笑顔のまま何某だと教えてくれた。

「ああ、久しぶり。知らん間に凄い垢抜けて綺麗になったね」

本当に綺麗になった。白装束を纏った見窄らしい私とは違って。
この子が悪いなんて事は無いのだが、同じ祭りに参加する筈なのにこうも心構えが異なる様を見せ付けられると、決心は鈍り、心は澱む。

「んふふ〜そんな事ないって〜〜! ……今年はひとりちゃんが寄り添い巫女なんだ」
「まあ……この服装って事は、よね。そういう事」
「私はまだ先と思いたいな〜。未来に安心する為にも、ひとりちゃんには狂わずに戻ってきて欲しい」
「どうなるかは約束出来ひんけど、ジョウジョウサマにお許し頂けるよう頑張って祈るわ」

この神社には、『ジョウジョウサマ』と呼ばれる御神石が祀られている。
どう言う字を当てられているのかは分からないが、いくつもの生き物の苦悶の顔を継ぎ合わせたように見えるどうにも禍々しさを拭えぬ奇妙な形をした緑掛かった石がそれだ。
この地域では昔から崇められている土着神である事しか私は知らないが、この神社がクリーチャーに呑み込まれずに存在出来ているのはこの石のお陰なのだと、役所が発行する地域誌は事ある毎に取り上げる。

寄り添い巫女と呼ばれる門外不出の選考方法で選ばれるらしい成人を迎えた女性が『ジョウジョウサマ』の御前に座り込み、日が昇るまで見守り番をする事により、『ジョウジョウサマ』の神威を高め、邪を遠ざけて安寧の一年を過ごせるように取り計らう為の儀式が今夜、中秋の名月に行われる。

大多数にとっては露店が並ぶ賑やかな秋の風物詩でしかない祭りでしかないのだが、幸か不幸か。よりにもよってこのニートが今年の寄り添い巫女として選ばれてしまった。

生涯選ばれずに世を去る人も居ないでも無いが、ここ十数年ほどは若者――アラサーもここに含まれるのがこの地域たる所以である――に集中している為、特に私の同年代の未経験者は皆覚悟を強めて生きているのを彼女に限らず、肌感で感じる。

「あのさ、ひとりちゃんはさ、狂った巫女を見た事ある?」

同級生は言い辛そうに問いかけてきた。

「無いけど、父方の叔母がそれやって聞いた事がある……会うた事ないからなんともやけど、魅入られて触ってしもうたらしいわ」
「そうなんだ……怖いなあ。魅入られるってホント、なんなんだろうね? 私、ジョウジョウサマの事、怖いし、触りたいなんて思った事ないよ?」
「それは私も。散々子供の頃から『女は触るな』って言われて来てるのに触ってまうってさ……なんの呪いなん? って感じ。神様に言う事とちゃうけど」
「うわ、バチ当たり〜! でも分かる。イケメンだとか、幸せになれるだとか言われてるならまだしも……ねえ?」

寄り添い巫女に課せられる掟は多くは無い。

【『ジョウジョウサマ』の前で一夜を過ごす事】
【『ジョウジョウサマ』に触れない事】

この二つだけである。『ジョウジョウサマ』に触らず、共に一晩寒空の中過ごせば良い。たったこれだけ。
白装束に上着を羽織れないし、飲食物やスマホ等の暇潰し用の物品を持ち込む事は許されないが、寝ようが騒ごうが大抵の行動は許される。

厳格な制約がある訳でもなし、ただ一晩気味の悪い石と一緒に過ごすだけとは言え、ジョウジョウサマの近くにあるとどうにも怖気づいてしまう。

だからこそ、縁日が閉じ、暇つぶしに付き合ってくれるような友達がいなくなったら、さっさと目をつぶって寝るが寄り添い巫女の役目の鉄則である。
当然寒空で冷えるし、布団は無い野外なので、次の日が色々と最悪らしいが、魅入られて狂うよりはマシだ。

――まあ、狂う話を耳にすれど、狂った本人に会ったという話は聞いたことが無いのだが……。
とはいえ、祭りを境に、寄り添い巫女の姿を見なくなったという話が数年に一度、引きこもっていても回ってくるので限りなく事実なのだろうと共通認識の元で囁きあっている。

「あ〜〜もうめっちゃ怖い!! ごめんひとりちゃん! もう私帰るね!」
「え、あの、誰かと待ち合わせてたんやないの? 祭りまだ始まってへんよ!?」
「そうなんだけどお〜〜! うああ、ドタキャン許してくれるかなあ……」
「えらい怯えよう……あのさ、」

話す内に怖くなったのか、挙動不審になってしまって妙に面白い動きでウロウロする同級生に私は遠慮がちに話しかけた。

「手、貸してくれる?」
「なに?」
「はい、ぎゅ〜」

キョトンとした表情の同級生の手を両手ですくい取り、少し力を込める。

「あなたの畏れは巫女がきれいさっぱり吸い取りましたとさ。……って事で、手ぇ打たへん? 大体いっちゃん怖いんは巫女になった私やろ? 君が怖がりなや。それは来年以降に抱くもんやろ?」
「それはそう。……でも、分かるでしょ? 気持ちは」
「分かるよ。分かるからこそ、今年は気にせず楽しんで欲しいと思うよ。……十何年ぶりに会った同級生やとしてもさ、元気でいて欲しいもん」
「……ごめんね、ひとりちゃん。おおきに」
「あら、久し振りに方言出たね。東京かぶれの垢抜け女やったのに」
「東京かぶれってなによ!? あーもう! ひとりちゃんが変なこと言うから馬鹿馬鹿しくなった〜!」
「それは何より」
「全然効かないし! ……また後で会いに行く。なんか食べ物持って」
「あ、ほんま? でも私、ニートやからお金出せへんよ?」
「いーよ! 恐怖除去代として奢ったげる。お腹破裂するくらいいーっぱい持ってきてやるから覚悟してね!?」

ああ、こういう子だったなと遠くなった学生時代を脳裏に思い起こす。

「ふふ、楽しみにしてる」
「ふ、ふん! じゃあね! ひとりちゃん! また後で!」
「うん、またね」

たった一人、いなくなった途端静かになった境内で男衆に担ぎ出されて来た『ジョウジョウサマ』を横目に見ながら私は大きく息を吐くのだった。

END

与太を語りて銭を貰いつつよろづの事につかひけり。 (尾花の血肉になったり、活動を豊かにする為に使います)