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文化を仕事にしてみる 私の履歴書

 公益財団法人佐野市民文化振興事業団の尾花理恵子です。 地元へのUターン移住から2年。1月から当事業団の文化活動コーディネーターとして働き始めました。現在進行形で文化とは無縁のビジネスパーソンがなぜこの仕事に惹かれ、夢中になっているかまずは自己紹介とともにお話したいと思います。


仕事は人を幸せにするためにすること

ラッキーが重なった就職

 これまでの歩みを少しだけ。
 男女雇用機会均等法が制定されて長らく経ちますが、バリキャリ女子という言葉が流行っていた頃に就職活動をはじめました。ちょうどリーマンショックと重なり、入学時には売り手市場と言われて安心していたのも束の間。採用人数がぐっと絞られ文系では営業職しか選択肢がありませんでした。
学生時代の私は上場企業や有名な会社に興味を持たず「日本のものづくりの現場で働いてみたい」という気持ちだけで会社を探すことにしました。自分がわくわくしたり、いい環境で働けたらいいな~と彷徨った結果、総合電機メーカーに入社することになりました。
 社員数3万人近い会社では個人の存在は大きな船の小さな部品の1ボルト・・・。個人の強みや特性よりも、長年築き上げたブランドを毀損せず、着実にお客様の業務を支えていくことが求められます。大きな船の乗組員の一人として、社会貢献できることが働き甲斐のひとつでした。とはいえ就職活動でも発揮したラッキーガールの私。上司から「新規開拓を好きにやっていいよ」と指令があり、ライフワークとなっていく事業と出会います。それが希少疾患・難病のデータベースづくりでした。

のんびりしてるけど働くことが意外と好き

希少疾患や難病にチャレンジした会社員時代

 希少疾患や難病は患者数が少なく、治療法どころか発生原因もわからないような病気です。これらをIT技術を用いて1日でも早く治療法・治療薬を届けたいという研究者の先生と出会いました。研究者だけでなく製薬会社や行政の方、患者さんなど多くの方たちと会話を重ね、社内のメンバーと何年もかけて考える日々。まさに大人の青春!ある難病のデータベースを作り始めてから6年後、治験にも利用され、新薬販売の承認を得ることができました。その後は国が指定する大人と子どもの難病データベースづくりに採用いただきました。きっとデジタル技術を利用した臨床試験や治験が今後増え、助かる命も増えるのではないかなと思います。
 このお仕事からビジネスとして収益を出しながら社会貢献していくことは可能であり、その収益でさらに技術やサービスが発展していけば、より人を幸せにできると学びました。 これは今でも大切にしている仕事観です。

佐野市への移住

チャレンジの土台は穏やかな環境

 大企業での12年、いい思い出も苦しい思い出もあります。最後の仕事をやり遂げた後、会社員ではできない仕事をしようと思い立ち、栃木県佐野市へUターン移住し、フリーランスヨガインストラクターとして働き始めました。趣味や副業として行っていたヨガをお伝えしたり、ヨガスタジオを共同経営しています。職場は東京にあるので、週に何回か、片道2時間通勤のライフスタイルです。ですので周りの方から「なぜ東京で働いているのに栃木で暮らすのか」よく聞かれます。それはとてもシンプルで心穏やかに暮らしたいからです。
 新宿から車で1.5時間で行ける町、佐野市。田舎ではありますが、生活には便利な移住先としてじわじわ人気がでてきています。 水道から出てくるお水がそのまま飲める、採れたてのお野菜や食材が手に入る、深呼吸したくなるような青空や月がきれいに見える広い空。都会にいたころはこれを求めて休暇を取り、お金をかけて得ようとしていました。私にとっては1時間半の通勤と天秤にかけてもこの環境に魅了されています。自分でもびっくりするく
らいまだまだ佐野市に飽きる気配がありません。

佐野市にある唐沢山の地域猫たちは人気者

一度離れたから感じる #地元アドベンチャー

 移住してみると、生まれ育った町なのに真新しい発見がたくさんあります。身近な自然、こだわりのコーヒー屋さん、東京ではできなかった体験、そして知らなかった歴史や文化。個人のInstagramでは #地元アドベンチャー とタグをつけて地元のことを発信しています。
 時には佐野市や栃木県の移住イベントのお手伝いをさせていただき、佐野市の魅力を記事にしたり、トークショーに出演したりする機会をいただきました。人前でプレゼンすると失神してしまった過去は誰も信じてくれません。

佐野文化との出会い

 そんな佐野ライフを楽しんでいる中、知っているようで知らなかった「天明鋳物」と出会います。佐野市の名産品であることは知っていましたが、実際に天明鋳物に触れたり、作っている現場を見たことがありませんでした。いつか見てみたいな、と日常をすごしていましたが、ちょうど昨年の今頃のことです。さのまるくん (佐野市公式X)から天明鋳物づくりのワークショップ開催のお知らせが・・・!迷わず申込の電話をしたのが、佐野市民文化振興事業団との出会いでした。

鋳型にスズを流し込む


 全3回のワークショップでは、鋳物師さんから天明鋳物の歴史や鋳造方法のお話を伺ったり、実際にスズでオリジナルの器を作ったりと大充実。はじめは一人参加で心細かったですが、少しずつ周りの方たちと打ち解けることができました。最終日は天明鋳物の茶釜でのお茶会が催されました。話が盛り上がりすぎて時間が足りないほど!皆さんの佐野市への郷土愛や文化に関する知識の深さにただただ圧倒されていました。
 ちなみにこちらの茶釜、聞けば室町時代に使われていたものだそうですが大切に大切に修理しながら現在も使える形で残っているそうです。

はじめての茶道が室町時代の茶釜という貴重すぎる体験

文化を繋ぐお手伝い

 このワークショップへの参加をきっかけにますます郷土愛が高まるばかり。本業のヨガの投稿よりも #地元アドベンチャー のポストの割合の方が明らかに多くなりました。「ヨガの仕事はやめたの?」と聞かれる始末です。
 そんなある日事業団からご連絡をいただきました。色々とお話をする中で私のようなミレニアル世代やもっと若いZ世代が、なかなか佐野市の文化や歴史に触れる機会がないことがわかりました。一度離れてみると新しい視点で見られますが、ずっと地元にいるとあるものよりもないものを外に求めてしまう気持ちも理解できます。また一度出てしまうとなかなか戻ってくるのは難しくなります。住んでいても離れた場所にいても、少しだけ地元のことに興味をもってもらえたら、それは郷土愛やシビックプライドの醸成にも繋がっていくのかなと思います。こういったひとりひとりの気持ちの中に「ホーム」を作っていくこともまた人を幸せにする仕事なのかなと考えるようになりました。そんな「わくわく」が頭の中を駆け巡ってきたため、1月から文化活動コーディネーターとして働くことを決めました! 私自身マルチキャリアという働き方に挑戦です。
 佐野市民と言っても様々な世代や背景をお持ちの方が暮らしています。コロナ禍では日帰りができる近場の観光地として佐野を訪れる方が増えたそうです。そんな佐野に住んでいる、または興味を持ってくれた方たちの日常に余白を作り出せるような活動ができたらと思います。このnoteではInstagramには載せきれないディープなディスカバーサノブンカや取材のこぼれ話などアップしていきます。
ご笑覧くださいませ!


佐野市民文化振興事業団
佐野市郷土博物館
公式Instagram




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