見出し画像

さよなら生写真

※ この記事は、7月29日発売の電子書籍「持続可能な推し事ー推しと金、ファンと金」から抜粋したものです。前半の思想編から抜粋しています。

家にたまった生写真



 コンサートに行った時、記念に物販で千円五枚入りの生写真を買うことがあります。
 ランダムに入っていて、運がよければ推しメンの写真が出て来ます。更に運が良ければサインが入っていることもあります。
 家に持って帰ってからは、アルバムに収納して保管します。
 僕が働いていた会社の後輩は、財布の中に推しメンの写真を入れて、日々の激務の癒しにしていました。戦争映画で故郷に恋人を残している兵士のことを思い出しました。
 また、僕が推しているグループの劇場がある土地に出張に行った社員の方がお土産に生写真を買って帰ってくれることもありました。ありがたい。
 でも、ある日、僕は気づきました。
 あれ、この生写真ってずっと持ってるの?
 気づけば生写真を収納するアルバムが六冊を超えていました。
 流石にこれは捨てにくいぞ。
 でも、これから人生の中でこれをずっと持ち歩いて生きて行くのか?
 人生の要所要所で住む環境が変わるとき、果たして持ち続けられるのか?。
 更に、自分の推しメンではないメンバーの写真もずっと持ち続けるのか?
 思い切って捨てるべきか?
 
 こんな悩みを皆さんはどう乗り越えているでしょうか?
 全部の写真を「滅殺!」という掛け声と共に処分する方もいらっしゃれば、墓まで全部持っていくという方もいらっしゃるかも知れません。
 デジタル化が進むとはいえ、運営側からすれば生写真は大事なイベントの収入源の一つではないか、と僕は想像します。
 でも、完全にコアなファン向けのアイテムで、外のファンへの波及効果は低そうです。何かこの生写真を生まれ変わらせることが出来ないでしょうか?

現在のアートシーンについて

 いきなりなんですが、現在、世界の企業ではアート思考の導入が進んでいます。びっくりするぐらい簡単に説明すると、固定観念に囚われない思考を持ち、様々な視点で物事を見ることが出来るものです。
 また、アート作品をオフィスや商業施設に置くことで、社員たちのインスピレーションを助けたり、癒しを与えたりということを目指す経営者も増えています。メタ社のニューヨークミッドタウンの新オフィス、ドイツ銀行本店のアートタワーのアートの導入は、衝撃的でした。国内の企業でもアートの導入をどんどん進めています。「技術力」、「SDGS」などと同じようにアートイベントへの協賛やアートへの投資が、これからの企業の評価軸の一つになっていくのでは、と考えられています。嘘だと思うなら、是非、Amazonのビジネスカテゴリーでアートの三文字を入れて検索してみてください。
 世界のアートシーンビジネスの中心であるスイスのバーゼルに本拠地を置くUBSの世界的なアートフェスティバルである「The Art Market 2023」のレポートでは、アートマーケットの国別のシェア率は一位のアメリカの四十五パーセントなのに対して、日本はまだ一パーセントとまだ始まったばかりのマーケットでもあることを書き加えておきます。

 絵画やアートフォトを置くことで、町に一つ芸術を置く。
 どうしても日本は教育の現場では「見る」よりも「描く」ことを教えて、「語る」ことが出来ていない状態です。芸大に上がった時には「技術」だけに特化して、自分の作品について語れない方も多いというのは課題の一つだと、指摘する方も多いです。
 以前、僕の会社で関西にある芸術大学の教員の方々と話す機会がありました。その時に、聞いた話は「せっかく良い作品を作る子でも、コンペや合同の個展などで買おうとする人に、語れる言葉を持っていない。海外は小学生ぐらいから語る言葉を育てる力を持っています」という内容でした。
 当時は、まだ「アート思考」という言葉も無くて、ううん、どうしたらいいんでしょうね、と僕は言うしかありませんでした。
 今の僕ならこういうと思います。
 「推し事」って言葉、知ってます?

育てる楽しみは同じ


 海外の目利きたちや企業は、まだ見ぬ才能を発見して、育てる楽しみを知っています。
 特に金融機関やシリコンバレー系のIT企業はそれが顕著です。社会貢献の形の一つですね。
 ここ数年では日本国内でもアートイベントや、アート講座が開かれています。百貨店や金融機関が中心ですがアカデミー主催とは違う、芸能人を使った講座や、分かりやすい表現が多く、Youtubeにアーカイブが残っているものもあります。
 さて、何かと似ていると思いませんか?
 そう、アイドルの推し事です。
 まだ見つかっていない推しを見つけた時の衝撃。この人の良さを自分は分かるぞ、応援したいという期待。
 推しのパフォーマンスやSNSを見て、考える時間。
 自分の言葉で語る楽しさ。
 推しのグッズを注文して、届くまでのワクワク。
 アートの世界では、「語る」、「買う」という要素がまだまだ国内では希薄で、推し事の世界では「価値を持たせる」という要素が今、希薄ではと僕は思っています。総選挙のような超力技で価値を持たせるという手段は、2020年代現代には、もうありません。
 少し補足すると、SNS上で拡散することを皆さんされていますが、「バズる」というのは、即時性はありますが、持続性は弱いと僕は思います。
 SNS以外に、まだまだ選択肢があるのでは、ということです。
 メンバーの出身地の道の駅に定期的にメンバーのプロフィールカードを非公式に置く方もいれば、メンバーゆかりの飲食店に紹介のリーフを置かれる方もいらっしゃいます。
 まだ知られていない才能を発見したり、それを広げたりしたいという思い。勿論、自分の心も豊かになるし、美しいものを観て心が豊かになったり、今まで抱かなかった感情が生まれたりする効果がどちらにもあるのではないかと僕は思います。
 
 増え続ける生写真と「語る」、「買う」が必要なアート界。
 僕はこの二つを上手く結び付けられないかと感じました。
 現在、もっとアートを買おうという試みが広がっています。
 ふと、僕が思ったのは、あのアルバム6冊分の生写真代と同価格のフォトパネルが発売されないかな、と思いました。飾る為の横長の大サイズのパネル。
 そして、そのフォトパネルを銀行やショッピングモール、駅や市役所に置いておくというのは、どうでしょう?
 いやいや、自分の推しなんて、そんなところには置けないよ、と思われる方も居るかもしれません。あなたの推しはそれだけの価値だったんでしょうか? 僕は違うと思います。あなたの推しにはアートのように美しい瞬間があると僕は思っています。そして、人々の目に多く触れる場所に置くことで、徐々に「知っている人」になっていくのではないか、と僕は思います。
 「知っている」の凄さは、地方で何かイベントをする時の効果としても大きいですし(特に非SNS層には)、「あの駅の写真の子」という言葉で通じるのは、秋元康が作ろうとしていた「あれだよあれ」の「あれ」の部分にも該当するのではないか、と思います。
 

写真を撮ることの楽しさや偶発性について


 もう少しだけアートの話をさせてください。
 北海道上川郡東川町をご存じでしょうか?
 こちらはアートフォトの「写真の町」として株主制度を採用しており、外部のキュレーター主体ではなく役場が中心となってアート製作を進めています。二千二十二年の一般会計では、百三十六億円を記録し、隈研吾さんの事務所をサテライトオフィスとして迎えるようになりました。
 是非、「東川町 アート」で画像検索してみてください。
 また、この町は「写真甲子園」というものがあります。
 日本中の高校を対象に、三人一組になったチームで、三日間東川町を歩き回り、町や人、自然を撮っていきます。三日間のうち雨が降る日もあれば、突然、動物が飛び出してくることもあります。
 そして、毎年、プロの写真家たちが批評して受賞作を決めます。
 これは、町の至るところがアートフォトで溢れるフランスの小さな村であるラ・ガシィでのアートフェスに視察にいったのが大きかったそうです。
 ふと僕は、これは推し事の現場でも応用できないかと思いました。

カメコ席は進化できる


 アイドルのコンサートでは、写真撮影OK席があります。
 開始された当初は「撮る」と「観る」が両立できるのだろうか、そして、カメラを撮らない観客からすれば、演出がいちいち邪魔だなあと感じる要素もあるのでは、と思いました。
 しかし、蓋を開けてみると、オフィシャルの写真とは違う角度から推しの魅力を切り取っていたり、観客席からだからこその臨場感があると思いました。
 でも、ファンだからこその文脈がある気もしています。この曲のこの瞬間がシャッターチャンスとなって似たような写真になってしまうこともあるかも知れません。
 それなら、上記の写真甲子園のように「写真公演」を開催するのはどうでしょう?
 全国の写真部の高校生たちを招待して、開始から終演まで撮ってもらう。そして、優秀な写真は毎年劇場のロビーやウェブサイトへの掲載、SNSのヘッダー画面採用など、様々な形で残して行き、愛着をもってもらう。
 そして、優秀なアートフォトは企業にも推薦して買ってもらう。
 こんな流れが生まれることも可能では、と僕は思っています。
 それをする為には、アイドルや推しの「価値」を上げていったり認識してもらう必要がまだまだあると僕は思います。ただ、いつまでも「価値」が上がるのを待つよりもまずは、ゼロのところから試してみた方が良いのではと僕は思っています。
 それでは、「価値」を上げる為に僕らが出来ることは何でしょう?

※現在、発売中です。

 

 

こんな大変なご時世なので、無理をなさらずに、何か発見や心を動かしたものがあった時、良ければサポートをお願いします。励みになります。