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オカルテット6 私と大和

主要登場人物

鵜ノ目冴歌


横山大和


堂丈剛(どうじょう つよし)


  六 私と大和


 星冶くんと会い、大雨に降られた五月十七日は自分の誕生日だった。あの後、事務所に戻った私と大和は、三上神社の歴史や具体的な所在地を調べたりした。幽霊が視えるという神主については、情報屋を名乗る大和でさえ、うわさレベルでしか知らないらしい。ネットで検索してみても、そのうわさはおろか神主についての情報すら一切ヒットしなかった。
 調べものが一段落すると、大和がビジネスバッグから小さな箱を取り出して渡してきた。それはきれいに包装されていた。
「ちゃちいかもしれねーけど、誕生日おめでとさん」
 中を開けると、色とりどりの九つのチョコレートが入っていた。
「まさかこの年になっても、それもあんたから誕生日プレゼントをもらえるなんて思ってなかったわ」
「星冶のバナナうなぎ餅の報酬には敵わねーかもしれねぇけど、バナナうなぎ餅と同じくらい大事に食えよ?」
「ありがとう、大和!」
 素直に感謝を伝えると、彼は照れ隠しに地毛である黒い襟足を掻いた。

 それから二日後。大和の言っていたとおり、外は晴れ。東向きの窓からは、やわらかな陽光をまとってキラキラと輝く新緑たち。
 とある調べもので午前中を過ごし、昼食はレトルトカレーで簡単に済ませた。現在は大和が来るまでの休憩のさなかだ。
 八畳ほどの広さの実に三分の一は占めるであろう会議用テーブルは、北側と西側の壁に接するように配置している。その上には十五.六インチのノートパソコン、電気ケトル、ステンレス製のマグカップ、ちょっとした書き込みのできる大きめの卓上カレンダーを置いている。
 卓上のほぼ一面を覆い尽くす付箋はもとより、北と西の壁に打ちつけたアクリル板にも張られた付箋の数々もまったく気にならない。そもそも、壁面にも付箋を張れるようにと買ってきたアクリル板だ。
「でも、さすがにそろそろスペースの確保が難しいわね」
 カップの中身をすすれば、味わい深いこんぶ茶に上品な梅の香り。
「うーん、やっぱり最高ね。梅太朗こんぶ茶!」
 Fact is stranger than fiction.と刻まれているカップを宙に掲げ、乾杯のしぐさをしてみる。
「三年前よね、『世界の伝承展』が近所で行われたの。スタンプラリーの景品だったこれのおかげで、夏場は熱くなりすぎず、冬は冷めにくい最高の梅太朗こんぶ茶が飲めるんだもの」
 梅太朗こんぶ茶というのは、私の御用達の品。ニ十五分ほど歩いた先にあるちょっとお高めのスーパーにしか置いていない銘柄で、それだけを求めて来店することもあるほど。お馴染みのおばさん店員さんによると、私のことは『梅太朗こんぶ茶のお客様』としてほとんどの店員に認識されているみたい。
 その梅太朗こんぶ茶と一緒にバナナうなぎ餅を食すひとときが、まさに至福のとき。今日もきっちり三パック収まっているバナナうなぎ餅のプレミアムケースに手をつけたとき、ピンポーンと来客のチャイム。
「あー、もう誰よ! 私の至福のときを邪魔するのは!」
 怒りに任せてドアを開ければ、「痛ってぇーな!」と、ど派手なピンク頭が額を押さえている。
「なんだ、あんたか」
「『なんだ』とはなんだ! 時間だ。行くぞ」
「えー、五分早くない? もうちょっとだけ待ってよ! せめて至福のひとときくらい、ゆっくり味わいたいんですけど」
 そう言うと、大和は「しゃーねーな」と黒い襟足をポリポリ掻いた。
 舞狗市の中心部の外れにあるビルが私の拠点。どこでも見かけるようなベージュの壁の三階建て。一階は、里親から生前贈与される前まで存在していたカフェの居抜きで、借り手は今のところいない。二階を作業部屋、三階を生活空間として過ごしている。
「とりあえず上がって」
「とりあえずも何も、そのクソデカいテーブルのせいで物理的に肩身が狭いんだが」
「嫌なら外で待ってなさいよ」
「今日のオマエ、なんかカリカリしてんなぁ」
「至福のひとときを邪魔されたら、誰だってそうなるでしょ。あんただって、喫煙しているときにむやみやたらと話しかけられたら嫌でしょ?」
「まぁ、そりゃそうだけどよ。にしても、近ごろ時間にルーズになってねぇか? いつもなら、いつでも出かけられますって感じで、ビルの外で待ってるじゃねーか」
「暇人に見えて、私もいろいろ抱えてますからねー」と言葉を濁す。
「いろいろって例えば?」
 そう口にした大和が、ジャケットのポケットからタバコの箱を取り出すのを見逃さなかった。抱えているものの説明も省けるし、これ幸いだ。
「室内禁煙!! 吸うなら外で。そうじゃなくても、あんたが来るといつも鼻が曲がりそうなくらいにタバコ臭いんだから」
「へいへい、わーったよ」
 渋々ながらもタバコをしまう姿を確認してから、部屋に上げる。
「相変わらずだなぁ。オマエの部屋は」
「何がよ?」
 私がすたすたと歩いてハイバックチェアに腰掛けたとき、大和が部屋を見回しながらつぶやいた。
「いや、あえて言うまでもねーだろ。この雑然とした付箋の数だよ! オマエ、ちゃんと整理してんのか?」
「オカルトに関わるものだけは少し。何、私が優雅に休憩している間にあんたが整理してくれんの?」
「ケッ、誰がやるかよ」
「コーヒーはブラックよね?」
「おう。サンキュ」
 立ち上がり、ドリッパーと五百ミリリットルの計量カップを取り出す。
「コーヒーの淹れ方も相変わらずだ。ちゃんとしたの買えよ。どーせ、カネは余るほどあるんだろ?」
「買いに行くの面倒だし。それに、偶然だけどドリッパーとこの計量カップがジャストフィットなのよ!」
 ケトルを再度沸騰させ、テーブルの隅の二人掛けソファに窮屈そうにしている大和へコーヒーを持っていく。
「これでようやく至福のときを味わえるわね」
 改めてプレミアムケースからバナナうなぎ餅を取り出して食べ始める。
「梅こんぶ茶とか渋いよなぁ。取り合わせがバナナうなぎ餅なのは意味がわかんねーし」
「何よ、文句ある?」
「ババアだなと思っただけだ」
 私が大好物たちを堪能している間、時たま視界に入る彼は、淹れたてのドリップコーヒーをさすがに呷るわけにはいかないらしく、おとなしくチビチビ飲んでいた。
「ふぅ、食べた食べた。あんたも飲み終わった?」
 残りの二つは大事に取っておこうと思い、リュックの内ポケットに忍ばせた。
「あぁ。これでやっと行けるのか?」
「簡単に洗い物をしちゃえばね」
 ちゃちゃっと洗い物を済ませ、カーキ色のリュックを背負う。
「今日はリュックか」
「気分もあるけど、神主さんから何か貴重な情報をもらえるかもしれないし。
「そこにはいつも、例の捜査ファイルも入ってるんだっけ?」
「ええ。未解決事件の数々にも有益な情報だったらいいなと思って」
 今日は白のブラウスに深緑の薄手のセーター。深い森を歩くというから、ロングスカートはやめてデニムを合わせてみた。白いスニーカーはいつもどおり。
「オーバーサイズ……。まーた萌え袖のためか? 顔立ちからして実年齢より下に見えるし、そこに萌え袖なんかしてるから、オマエのコンプレックスは⸺」
 肘で脇腹を小突き、彼の言葉を引き継ぐ。
「私のコンプレックスは強調されるって?」
「そうだよ! まったく……。若見えするのがコンプレックスとか変わってるよな」
 「悪かったわね」と言い、鍵をかけてビルの階段を降りていく。
「あんたって、だいたい白のTシャツに黒ジャケットよね。黒ジャケに赤紫のインナーは珍しいかも」
「ジャケットは、紺とかグレーよりも黒が落ち着くから何着か持ってるんだよ。インナーに関しては別に白だけってわけじゃねーぞ」
 外に出ると、太陽の光がまぶしい。右手で目の半分を覆う。「引きこもりにはまぶしすぎるか?」と、となりの男はニヤニヤしている。
「ふん。あんたがろくにネタを持ってこないから、おとといの星冶くんの件みたいに外に出る機会がなかっただけよ」
「あー、そうですか」大和は聞き流すように返事をした。
 近所の人が犬を散歩させているところに遭遇し、顔だけなんとなくそちらへ向けて会釈する。話しかけられなくてよかったと思いつつ、そのまま商店街のほうへ向かう。
「ふーん、会釈はできるのか。目線は相変わらず泳ぎまくってたけどな」
「うるさい」
 しばらく歩いて、にぎやかな商店街へと出た。
「あれ? 大和サン?」
 背後から大和を呼ぶ声。振り返ると、制服に身を包んだ三人の学生。高校生くらいだろうか。私は、目線が合わないように意識しつつも彼らの風貌を観察する。
「剛……に悠一と健司か。オメェら、またサボりだな?」
「えへへ。ばれちゃった」
 二人の間に挟まれている明るいトーンの金髪の子が、悪びれた様子もなく言う。オールバックに黒いカチューシャ、テンプルが赤いメガネを掛けている。黒いマスクをあごまで下げ、右手のロリポップキャンディを左右にくるくる回して弄んでいる。
 その左側には銀の二連クロスチョーカーを覗かせている明るい茶髪の子。金髪の子の右側には、これまた明るい茶髪の子。こっちはライオンの双頭が付いた厳ついブレスレットを身につけている。
 三人のスラックスの右側には、お揃いの赤いベルトチェーンが揺れている。
 彼らの小脇には見慣れた紙袋が見える。モモイロインコが、広げた片翼で鈴を鳴らしているポップなイラストが印象的だ。鈴子お姉さんの本屋で買い物をしたのだろう。
 やっぱり鈴子お姉さんのイラストは上手だし、何よりかわいい。幼かった私の遊び相手をしてくれた鈴子お姉さんとは、お絵かきばかりしていたなぁ。
「剛、オメェが制服なんて珍しいな。いつもの紅白ジャンパーはどうした?」
「聞いてくださいよ、大和サン! 昨日洗濯したのはいいんスけど、干し忘れて乾いてなくて。大和サンに見繕ってもらった大切なものなのに」
 金髪の子は解りやすいほどに残念な気持ちを声に乗せる。その身長は、百七十とちょっとの大和に迫る勢いだ。
「店で見たとき、あのジャンパーはオメェに似合うと思ったし、実際に着てくれてる姿を見てるうちに、『剛=紅白ジャンパー』っていう考えにはなってたな」
「以前大和さんに見せた黄色と黒のジャンパーもあるんスけど、たまには制服にしようかなって気分になったんス」
「気分かよ……」盛大なため息をつく大和。
「それより! となりの人は大和サンの彼女サンですか!?」
「アホ言え。ただの仕事仲間だ」
「ってことは、情報屋の仕事ッスよね? いいなぁ、おれも混ぜてくださいよ〜」
 金髪の子が恨めしそうに言う。
「まずは、今通ってる高校をちゃんと卒業してからだ」
「じゃあ、卒業したら仲間に入れてくれるってことッスか⁉」
 飛びつかんばかりに距離を詰める剛という子を「近い! 近い!」と追い払ってから、大和が言う。
「そもそも、現時点ですでに、オメェらが無事に卒業できるのかが心配なんだが」
 それから大和は私に向き直った。
「一応紹介しておくわ。このチャラい金髪が堂丈剛。その左にいる二連チョーカーしてるのが結城健司で、剛の右のライオンブレスレットが橋口悠一。コイツらは今年高校に入学したものの、サボり組の常連で、町の人からもよく見かけるって聞かされてるんだ」
 三人組のほうを向いた大和は「コイツは鵜ノ目冴歌。あくまでも仕事仲間だ」と、自己紹介を代弁してくれた。
「よろしくッス、冴歌さん!」
 元気な声で手を差し出してきたのは、剛くんだ。
 人懐っこい感じがする。それでも恐る恐る手を握ると、大きい手は壊れ物にでも触れるかのようにやわらに握り返してくる。あとの二人はというと、会釈をしてくれたのを間接視野で捉える。
「ちなみに、冴歌は初対面の奴とは慣れるまで筆談でしかコミュニケーションできねーから。目そのものが怖いんだそうで、アイコンタクトに関しては慣れてるはずのオレにもできてねぇけど」「ふむふむ、了解ッス」
 間接視野で、剛くんがニカッと笑いかけてくれたのが分かった。
「その紙袋を持ってるってことは、鈴姉のとこに行ってきたのか?」
「そうっす。今日、新刊の発売日だったんで」と、質問に応じたのは健司くん。
 代替わりして、新たに商店街の本屋の店長となった鈴子お姉さん。大和は彼女のことを『鈴姉』と呼んでいる。

 代替わりする前の書店の佇まいは古風で、書籍は小難しいものが多く、訪れるのは壮年のお客さんが多かったらしい。「今までのお客さんも大事にしつつ、若年層にも気軽に訪れてもらえるような本屋にしたい」と、大和に依頼が舞い込んで来たそうだ。
 そこで大和は、まず店のモチーフとして、飼っているモモイロインコとお姉さんの名前の鈴を活かしたらどうかと提案したらしい。また、内装も少しポップにしたほうがいいとか、若者に流行っている小説やマンガについても助言したとか。そこで、鈴子お姉さんは昔ながらの雰囲気は残しつつも、若年層向けのブースを作り、それに合わせて品揃えの一部を変えたと聞いている。以来、現在に至るまで老若男女に人気の書店となっている。
 これらは全部、まだ知り合った頃の大和から聞かされた話だ。彼は事あるごとにこの話題を引き合いに出すので、嫌でも刷り込まれてしまった。
 やんちゃしていた頃は冷ややかな態度だった鈴子お姉さんが、改心して便利屋を名乗るようになった大和のもとへ半信半疑で持ち込んだ依頼だったそうだ。結果として大和の提案は功を奏して鈴子お姉さんは嬉し泣きするほどで、それまで冷たくあしらわれていた人から勝ち得た初めての信頼に大和の胸も熱くなったとか。

「『お仕置きの後のあま〜い時間』の第四巻! そしてこれは大和サンの分ッス」
 剛くんは、どうやら敬称を口にするとき語尾が尻上がりになる癖があるようだ。
「オメェなぁ……。オレはあと二か月もすれば三十六だぞ? そういうのはもう卒業したんだよ。あと、それ買ったのはどーせ悠一の顔パスだろ?」
「うわ。俺だってこと、バレてる……」
 厳ついブレスレットの悠一くんが縮こまった。
「十六歳の野郎どもが十八禁に手を出すとは」
 大和は頭を横に振り、仕草と口調で呆れた感情を表現する。
「でも、そう言う大和さんだって、中学入ったと同時に顔パスでタバコ吸い始めたんですよね?」
 悠一くんは何か閃いたという声色で、すぐさま反撃に転じた。
「チッ、痛ぇとこ突きやがって……」
「おれたち、大和さんみたいになりたいんです!」そう勢い込むのは健司くんだ。
「それはつまり、不良の道に進みたいってことか?」
「覇天功っていう族に入った初日に、因縁を吹っかけてきた若き総長を伸したって伝説は、おれらの中で生き続けてますよ!」
「なっ……! 健司、その話はやめてくれ!」
 仕事以外では基本的に頭を下げない大和が、今こうして懇願している姿に目を見張る。
 いつもの反応から、暴走族とか総長という単語が彼にとって思い出したくないものを孕んだ禁句、いわゆる地雷ワードというやつなのは感じていたが。まさか本当に暴走族に所属していた頃があったとは。思わずメモを取る。
「えーっと、その総長の名前なんだっけ?」
 健司くんの問いに二人は頭をひねる。
「と、とにかく! オメェらはさっさと登校しろ! 進級できねーとか抜かしやがった暁には、どうなるか解ってるよなぁ?」
 大和はそう言って凄むけど、必死なのが私には解る。
 健司くんと悠一くんはあたふたしながら、私たちが来た道とは反対のほうへ駆けていく。あとに残ったのは剛くんだけだ。
「なんだ、剛。オメェも早く⸺」
「……國原凌、ッスよね? さっきはとぼけたけど、おれはちゃんと知ってますから。そいつが大和サンと実は同じ学校のタメで、卒業を間近に控えた頃に行方不明になったって」
 大和は右手をスラックスにこすりつけている。手汗が出ているのだろうか。
「オメェ、それをどこで……」明らかに焦っている。
「さぁてと! おれも登校しようっと!」
 剛くんは何もなかったかのようにくるりと背中を向けて走り出し、先を行っていた仲間の二人を瞬く間に追い抜いていった。
 大和を見やると、うつむいていた。その右手はしきりにスラックスをこすっている。
「わりぃ。そこの隅っこで吸わせてくれ」
 おぼつかない足取りでビルの陰に隠れようとするので、私は慌てて横に並んで歩みを揃える。
 ジュポッ。ターボライターの音がする。大和は着火したタバコをすぐに口元に持っていかず、その目は虚ろで、先ほどまでのやり取りが嘘のようだ。
 利き手の右がタバコ臭くなるのが嫌だから、オレは左で吸ってんだよ⸺いつか、利き手じゃないほうで吸う理由を尋ねたことがあった。普段は意識しないが、今はやけにその手元を注視してしまう。左手の人さし指と中指に挟まれたタバコは、時間を掛けて短くなっていく。
「私もたまには一本もらおうかしら」
 いつもの会話より気持ち大きめに声を出すと、無言でタバコとライターが差し出された。
 ターボライターで火を付けたタバコが漏らす煙と、私が口から吐き出す煙。
「こんな味だったっけ? んー……。前にあんたと吸ったときと同じ味がする。苦くて、渋くて。そして、悲しい味」
「オレと連れタバコするたびに、そのセリフ聞いてる気がするんだが」その声に覇気はない。
 大和は滅多に落ち込む姿を見せない。だからこそ、こうして思い詰めているときには『連れタバコ』をして寄り添ってやる。いつからそうなったのか思い出そうとしても、思い出せない。気がついたらそうなっていた。
「ほら! どんどん短くなっていってるわよ」
 私が声を掛けると、思い出したかのように吸い始める。
 暴走族関係の言葉に過剰に反応するのは、さっき剛くんが言っていた國原凌っていう人と何かしら関係があるのは判った。それが、大和にとってかなり深刻な悩み種(ぐさ)であることも。
 大和と私が一本目を吸い終わったのはほぼ同時だった。大和の携帯灰皿を拝借して吸い殻を入れる。
 また無言でタバコとライターが差し出される。どうやらもう一本吸うらしい。普段なら、吸い始めると続けざまに七、八本は吸う。でも、こうして精神的にダメージを負うと一回で吸うペースト本数は極端に落ちる。
 長い時間をかけて二本目を吸い終わった大和は、緩慢な挙動でジャケットのポケットにタバコとライターを入れた。
「行けそう?」
 事務所を出るときに大和が私に掛けた言葉を、今度は私から大和に問い掛ける。
「おう……」先ほどよりは声量がある。
 私たちはまた人混みの中に紛れて、三上神社を目指して歩いていく。 

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