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ここにお茶碗を持ってきますね?

お茶碗をきっかけにおしゃべりをするという、きっと変だけどきっと面白いだろうコンテンツを趣味としてはじめました。
「あなたのお茶碗みせてください」と聞いてまわる、2人目にして相当癖の強いお茶碗エピソードが登場です。
あなたはお茶碗に何を入れる…?

お茶碗をはじめることになった経緯はこちらから⇨ニトリのお茶碗が割れた

 渡部さんとのお茶碗トーク(vol.1)を終えてテラス席から店内に入ると、ひとりの常連くんと目があった。
「にこにこしてどうしたんすか」と声をかけられてはじめて、お茶碗トークを終えてほくほくしていた自分に気がつく。
「ねぇ、どんなお茶碗を使っている?」唐突に聞いてみると「お、お茶碗ですか?」とひっくり返った声で意味がわからないという顔をした彼、あおいくんが次の主人公だ。

vol.2 あおいくん

あおいくんは人気者だ。
マスコットのように愛される一面もあれば彼がいるからこそ成り立つ現場や彼主導で動いているコンテンツなんかもある。
なにをしている人なの?と問うと「会社員の名刺がありますよ」と一枚取り出してくれたけれど、それがもう化けの皮に聞こえてしまう彼のことを、掘り下げてみたいと以前からこっそり思っていた。

「インタビューする側は慣れてきたけど、インタビューされる側は緊張しますね」
この日はそんなひと言から始まった。

違和感を違和感のままにしない人、というのがわたしが思う彼のひとつの印象だ。
身近にいる魅力的な人やお店たちを身近な方法で届けられるメディアがあったらいいと、インスタ上のマガジンを配信している。
インタビューも写真撮影も記事編集も全て彼ひとりで行っているらしい。

「これは…趣味なの?」
「趣味です」
あったらいいと思うものがなかったからやってみたんですよと言ったそれは電話が鳴ったからはいもしもしと出たんですよというのとほとんど同じくらい然とした回答だった。

料理の写真よりも店主の表情が見える写真の方がこの飲食店の魅力が伝わると思ったら、それをそのままかたちにしているのだという。
「限られた文字数と写真だから伝わるものってありますよね」まっすぐに話す彼は写真での表現も上手い。
ライブ会場でアーティストさんの撮影をする機会もあるらしく、カメラは習ったの?と尋ねたら「感覚です」とひと言。
これが嫌味にならないというのがまったく彼のずるいところだ。

 そういえば今日はお茶碗の話を聞きたいんだよと90度話を回転させると、なんと想像の遥か斜め上を行くひと言が飛び込んできた。
「朝、お茶碗にシリアルを入れてガリガリ食べます」
「?!?!お茶碗に…シリアル…??!」
さすがに思考が停止した。どういうこと?と聞いても、お茶碗にシリアルを入れて食べるんですとそのままの答え。

この先、お茶碗について広げていくどこかのタイミングで、お茶碗に米以外を入れることはあるかという論争をしたいとは思っていたけれど、お茶碗トーク初っ端からとんだ変化球を投げ込まれた。

ひとまず恒例の‘お茶碗の写真(自身が一番よく目にするお茶碗の姿を撮ってきてくださいとお願いしている)’を見せてもらうことにした。
2つのシチュエーション、シリアルが入っていまからそれを食べ始めるぞという朝食の光景と、朝食後に洗い終わって一時的に干してある姿を見せてくれた。
前者については一旦置いておくとして、後者はとても生活だ。

「そのへんはスタメンです」今回の主役のお茶碗とこれで水を飲みますと言ったカップ、そしてビールグラスがシルバーの格子のうえに並んでいる。食器棚に戻すこともあるけれどそれよりも前に使うタイミングが来ることが多い3つ、あおいくんの全生活を語れるかもしれないと思うくらいにリアルな1枚だ。

彼は私の中で良くも悪くも生活感がないというイメージで、たとえばその日着ているチェックのシャツが気合の入ったシャツなのか全く油断している日のシャツなのかの線引きがわからない、というような存在だった。だからその生活感を最大にした1枚にわたしは少し安堵する。
「シリアルを入れていると言ってもお茶碗は生活だね」

 いよいよ見せてもらう実物のお茶碗。まさかお茶碗が入っているとは思わない、厚みのある生地の‘おしゃれ’という言葉がぴったりな袋から出てきたのは、いまスマホ上で見ていた写真のお茶碗と全く同じ色のお茶碗だった。
すごい。そんなことあるんだ、と驚く。
目の前に現れた現物のお茶碗を見ながら、先のあの写真は彼の写真の表現、そして彼の納得があってはじめて見せてもらえた1枚だったと気がつく。先ほどの安堵もどこかへ吹き飛びそうだった。

説明書を読むことも1から10まで学ぶことも好きじゃないけれど、イメージに近づけるためにどうやったらいいかを探るという作業が性に合っているのだ言った。
「とりあえずやってみる」からはじめて「イメージに近づける努力は得意」
こうだからこう、こうなるからこうしたらいいじゃんと順を追って探り探りやっていくうちに自分のスタイルが確立されているらしかった。
「石橋を叩いて渡るタイプなんです」と話してくれた彼の貪欲さに感服だ。

 あおいくんの手にとてもよく馴染んでいるお茶碗に目を移す。淡いなかにも濃淡のあるブルーで水を描いたような線と深いネイビーの水玉の柄、内側にもブルーの線が入っていて厚みがあり、全体にすこしまるみを帯びている。
「どこで買ったか覚えている?」
「全く思い出せない」
「いつから使ってるの?」
「中学生の頃から」
これ以上ないテンポでぽんぽんとやりとりをする。
「なんで買ったかな…伊勢神宮で買った…かな…ちがうかな…自分で買った記憶はあって…旅先で買うのはよくあって…」
旅先で何かを見つけたとき、それを持ち帰って使う生活を想像して購入するのだそう。それを日常で使いながら「また旅に出たいなぁ」なんて思ったらひとつのモチベーションにつながる。そういうイメージで旅先でものを買うのだと言った。

旅の記憶がモチベーションになる、かあ。

旅はもちろんおでかけを好み、学生時代には観光学を専攻したそう。「この日空いてるからどっか行こう!」というのがよくあるというあおいくんは「自分が心躍るかどうか」を人生テーマにしているらしい。
たとえば、旅先だからとご当地のものを選ぶのではなくて「そのとき魅力的に思ったものを選ぶようにしてますね。」決められたなにかではなくてピンときた感覚で動くのだと言った。

その‘心踊る’という基準が‘お茶碗にシリアルを入れる’になるのかとふと思って聞いてみる。
「お茶碗に米以外を入れるという概念」について興味津々の私に
「お茶碗というか‘入れ物’という概念でしか見ていないです」と彼は言った。
「これはこれのために使うもの」というものがあまりなくて、入ればいい。朝食というシチュエーションで、食べる量の目安とスプーンでのすくいやすさ、それだけ。‘朝にシリアルを食べる’というアクションにちょうど理に適ったのだと。

お茶碗ではなく入れ物…わかる…気はするが私には落とし込めなかった。けれど淡々と話進めるあおいくんを見て、それはあおいくんの中の‘しっくり’があったのだろうと想像する。

 興味があるものにまっすぐな彼は「追求心はすごくあるけどやってみたらつまらなくてやめちゃうこともあります」と教えてくれた。とにかく打つ、やってみて、残るものは残るし残らないこともこれまでたくさんあったのだと。

なるほど、あおいくんの突き詰める力は続けない選択をした経験があるからなんだ。

「選ぶことよりも捨てることにアイデンティティが出ると思うんですよ。手に取ったものってポジティブな点もネガティブな点も知ってるじゃないですか、そのうえで捨てるという、手放すということが結局選ぶことだと思っていて」
側から見て、彼はたくさんのことに携わっていると思っていたけれど、
どれにしようかとひとつ選ぶのではなく、どれもやってみたうえで捨てることに基準を置いているから、やると決めた事象ひとつひとつにきちんと熱量をかけられるのかと。納得だった。

「影響を受けたものはある?」
「直島ですかね」
即答だった。
「うわ!うわ!うわ!うわ!」
初めて訪れた日の刺激から、2年に一度くらいの頻度で訪れているらしい。
重ねて訪れることで、以前はネガティブだと思って見た作品がある時ポジティブに捉えられたり、自分の変化を知ることになるのだと。
情熱大陸やセブンルールのようなテレビ番組から得た人が物事を選ぶ基準とか、サカナクションの山口さんの「20代のうちは受け入れるものを決めつけないようにしたほうがいい」という言葉とか、コロナ禍だった大学の卒業式に画面越しの学長が話したアイヌの人の言葉とか、たまに思い出して感覚を正すようなそういうのがたくさんあるのだと彼は言った。
選択をするということを意識して自分に落とし込んでいるようだった。これはひとつ、彼の才能だろうと思った。

 なんでも「迷ったらやる」というあおいくんのお茶碗はどこか少し幼くて丸い印象だ。
しっかりと厚みのあるお茶碗、割れる想像はできる?聞くと「3つと少し破片になると思う。」と言った。
ここまでも思っていたけれど、彼はたいていいつも‘即答’だ。割れた想像をしてくれというなんとも意図のわからない質問にまで瞬時に反応するのだ、パッという感覚が並大抵ではない。

「じゃあ割れたらどうする?」
「パンをまず食べて、次のが見つかるまでご飯は一旦…でも探しに行くかな」
あれだけシリアルの話をしていたのになんだ、割れたらご飯を食べないという発想がいちばんにくるのか!
シリアルを入れる理由がほんとうに「理に適ったから」であって、彼もお茶碗という概念ではやはりご飯のようだ。ここでようやく彼の物事の捉え方がわたしの中にも落とし込めた気がした。

「野球で言うとお茶碗はキャッチャーで、ゲームをつくるメインのような存在。グラスがピッチャーですかね。」
どういう例えよ?と笑った私に、グラスは‘このビールだからこのグラス’というような、その時々で選ぶものが変わるけれど「お茶碗はずっとここにいてくれる」と言った。

あおいくんはやっぱり不思議な面白さと愛らしさがある。

 すっかり長く話したけれど、あおいくんという人のことを中まで見られなかったなあと思った。でもきっとそれが正解だ。よくわからないから面白くてまた会いたい人になる。
彼は今年、転職をするらしい。
「名古屋にいるということを選択した」と言った。
次に行くって勇気がいる。「お茶碗も、変える必要がないからそのまま使っているけど
もし割れたら、今の自分の気持ちを表すものに切替えます」

 お茶碗をきっかけに話すというのはまったくよくわからないなと思った。今更なにをと自分で笑ってしまったけれど、「わからない」というものに取り組む楽しさと、お茶碗を選択しているという自分の軸になっていくようなものをこの日の彼との会話に見出した気がした。

「お茶碗ですか?意味わからないですね、でも面白いし広がっていきそう」
そんなことを言ってくれる人たちに頼りながら、わたしはこれからお茶碗を見せてもらうということをライフワークとして続けていこうと明確に確認をした日だった。

 この日、あおいくんにお茶碗を見せてもらったのは、vol.1で登場したROWSCOFFEEの窓側の席だ。
馴染みのある場所か、道端のベンチのような公共の場所かで悩んで「ROWSならめちゃくちゃ出しやすい」と前者を選んだらしい。
お茶碗トークを終えて、せっかくROWSCOFFEEというシチュエーションにお茶碗があるのだからいつものラテ(あおいくん仕様はエスプレッソが濃いめだ)をお茶碗につくってみるのはどう?とわたしが提案する。あおいくんは戸惑いながらも「“いつもの”だったらお茶碗にいれられるかも」と言った。

my茶碗であり、シリアルを入れる器であるそれの次の展開。
これは番外編として次の記事に投稿予定です。カフェラテをお願いしますとお茶碗を渡された渡部さんが「よくわからん」と笑った‘お茶碗ラテ’、どうぞお楽しみに。

《今回のお茶碗の持ち主》
あおいくん
1999年生まれ
ROWSCOFFEEの常連さん
やわらかい物腰で、澄んだ夏の空に吹くさらりとした風のような人。
mirror(クリエイティブユニット)、STAYTUNE(インスタマガジン)、ビール、フェス、カメラ、あれも、これも、掴めそうで掴めないのにまっすぐに芯のある青年。2024年は転職からスタートするらしい。
彼がこれからどんな選択をしていくのかぜひ楽しみにしたい。

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