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思考回路を解き明かす思考回路

子供から「思考回路ってなに?」と聞かれた。「うっせぇわ」と「ムーンライト伝説」の歌詞で出てきた表現らしく、どの時代も乙女心を表現するのに外せない語彙となる。ちゃんと答えようと思うと難しかったので、自分の思考回路について記す。

広辞苑によると...載ってない

最初の職場で、結婚した時に労働組合から紙版の分厚い「広辞苑」をいただいた。時代錯誤なのか、私の少し後からは廃止されたらしい。

処分せずに置いていたのは、子供から「○○って何?」と聞かれた時にこれ見よがしに引っ張り出して「広辞苑によると...」と言うためであった。それなのに、今回「思考回路」を調べると載っていなかった。そもそも「思考回路」はちゃんとした日本語だったのだろうか。

みちすじは回路じゃない違和感

検索するとWeblioには載っていた。

思考のみちすじ。思考のパターン。考え方。「回路」は電気回路という意味の他、辿るみちすじという意味を持つ。一般的に、論理の展開や帰結などについて特定のパターンが認められる場合に、あまり好ましくない意味で用いられる。

イメージとしては分からんではないけれど、「電気回路」と「みちすじ」が全然違うので腑に落ちない。前者は一周してもとの位置に戻ってくるけれど、後者は行ったきりで循環していないところに違和感がある。これではキルヒホッフの第2法則が使えない。

広辞苑の「回路」にも「みちすじ」については載っていないし、何らかの飛躍がありそう。以下、「みちすじ」のニュアンスをみちすじ立てて説明しようと試みる。

1.脳をコンピューターに見立てている説

「回路」を調べると最初に「電気の通路」が出てくるので、コンピューターをメタファーにした表現だと考えるのは自然だろう。ムーンライト伝説でも「思考回路はショート寸前」と言うてるので電気回路っぽい。この場合、説明のみちすじは以下の通りになる。

1-1. 電気は「回路」なる閉ループを還流する(電気工学)
1-2. 電気回路を組み合わせれば記憶・演算ができるコンピューターが作れる(コンピュータアーキテクチャ)
1-3. コンピューターによって思考することができる(人工知能)

「思考回路」を否定的な意味で使うときは、思考の単純さをDISる表現になるので、1-3.は機械学習ではなくルールベースAIくらいを想定できそう。そのプロセスが「みちすじ」だてられたシンプルな判断なので、Weblioで言うところの「思考回路」の説明とも整合する。

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昨今の高度な機械学習になってくると、なぜその判断をしたのか「みちすじ」が外から見えにくくなってWeblioの説明からは逸脱する。そもそも思考って混沌としたもので、他の人に伝えるために後付けで説明を付けるようなところもある。みちすじ立てて説明できて当然と捉えるのが傲慢に思える。

シンギュラリティ後の世界では人工知能が人間を超えて、「思考回路」がDISる表現ではなくなるかもしれない。人間らしさの反対語が20世紀初頭まで「野獣」だったのが、21世紀には「機械」に置き換わっているように、「回路」という言葉のニュアンスについても、次の世紀には捉え方が単純→人間以上へと変わっているだろうと予想する。

2.生物も回路で思考することを強調している説

(こちらの可能性は薄そうに思いつつ)広辞苑によると「回路」の2番目には以下の記載があった。

生体の物理代謝経路のうち循環的な部分の呼称

これは、口から摂った食物や酸素からエネルギーを作る過程で、仲介する生化学物質がクエン酸に始まってクエン酸に戻ってくるみたいな話だと理解している。間接的には思考のエネルギーとして回路が役立っているかもしれない。

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そう言えば、脳の仕組みに対して「神経回路」という言葉を当てていたりもするので、そちらでも説明を試みる。

2-1. 人間の思考は脳でなされる
2-2. 脳ではニューロンなる情報処理素子がシナプスを介してネットワーク状に繋がって情報伝達している。
2-3. 脳の情報伝達では細胞膜の表面電位が一時的に高くなることで信号が伝わっている。

2-1.で「意識」について説明を試みると哲学界における意識のハードプロブレムになってくるけれど、「思考」であれば難しいなりにギリギリ説明がつく。説明の方便として、機械学習の一種であるディープラーニングが人工的なネットワークによって思考めいたことができることを根拠に、お手本である2-2.の脳細胞でも思考のメカニズムになっていることが推定できる。「神経回路」の説明を試みても「電気回路」から概念を借りることになっていて、文学だけでなく工学でも関連しているのは面白い。

2-3. 脳の信号伝達も電気だと言われるけれど、経路の進行方向に電気そのものが伝わって還流するような、いわゆる閉ループの電気回路ではない。スタジアムのウェーブで立ち上がって座る動きが隣に伝わってゆくように、細胞膜表面の電位が一時的に高まる動きが隣へと伝わってゆく。この電位差は、電気を帯びたナトリウムとカリウムそれぞれを選択的に通す穴によって細胞の内外に発生するものであり、最小単位の細胞膜に対してHodgkin-Huxleyモデルの等価回路が書ける。ここまで分解してようやく回路が出てきた。

3.システムの具体例として担ぎ出されている説

言葉遊びみたいなものとして、特許などの書類において部品なのか機能なのかは特定せず便宜的に「回路」と書くことがある。意味の近い言葉として「システム」がある。

「システム」は入力を与えると内部状態に従って出力をする要素で、システム同士を部品のように再利用して、上位のシステムを作ることができる。ちょうど1-1~1-3や、2-1~2.3の説明も回路を最小単位の部品として組み込んで高度なシステムをつくる説明となる。

「システム」だと概念的すぎてイメージしにくいから、具体的に指させるものとして「回路」と言い換える。その入力から出力への連なりや機序が「辿るみちすじ」のニュアンスを生んでいるという説はありそう。

苗木を毎朝飛び越える訓練

この記事そのものは、あまり読み手に価値ある情報じゃなく「子供の素朴な疑問にちゃんと向き合う事ってけっこう骨が折れるよね」という話である。しかも子供って移り気なので「1→2→3」とみちすじを立てて説明している間に、別のことが気になってしまったりする。

というか私がそんな子供だった。それほど教養がある両親ではなかったけれど、疑問にはちゃんと答えてくれたところは尊敬する。そのうち自分で調べる方法を教えてくれて、「ちゃんと調べなさい」という話になってきて、「疑問を持つのってめんどくさいなぁ」と思った。そう。めんどくさいことをやるしかないのだ。このことは大人になっても私の思考回路になっている。

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意識的にちゃんとやると、大人にとっても訓練になるかもしれない。忍者が苗木を飛び越える訓練みたく、子供の疑問も日に日に難しくなる。これを打ち返し続けると、けっこう賢くなれるかもしれない。

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