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「学部長の教科書」の連載を始めます

今年の夏休み企画として、「学部長の教科書」をnoteで書いていきます。

「学部長の教科書」を書くと言い始めてもう数年経ちました。多くの人からは「早く書くように」とせっつかれています。しかし、未だに完成していません。その理由は色々ありますが、そんな言い訳を述べるよりも、一歩を踏み出すために、この夏休みにnoteで少しずつ書いて公開していくことにしました。最後までたどり着けるかは「神のみぞ知る」ですが、この夏いっぱいで頑張ってみます。

まず、「学部長の教科書」がどのような内容になりそうか、簡単に説明していきましょう。

なぜ学部長が重要か

現在、日本の大学を取り巻く環境は厳しさを増す一方です。18歳人口が減少する一方で、大学は増え、大学の総定員も増加する一方です。特に地方小規模私立大学は、生き残りをかけた勝負に出るしかないという段階にまで来ています。

大学の生き残りのためには、学長を中心として全学的に改革が行われるべきであることはもちろんです。最近では、教育改革をメインに大学の生き残りを図ろうと考える学長さんが増えてきている印象があります。たしかに、大学に入学してきた学生が卒業時には社会で生き抜くための資質能力を身につけられる教育が行われることは、大学の存在意義に関わる重要な課題です。

ただし、大学の教育改革という点からみると、実は学部単位の取組みが重要になってきます。それを担うのは学部長です。この点は、意外と見過ごされている気がしてなりません。

日本の大学では、教育の基本単位は「学部」であることがほとんどです。学部の専門教育は、学部に所属する教員が担当します。学生は学部単位の入試を経て学部に所属します。カリキュラムも学部ごとで定められています。「学士号」も学部単位で授与されます。卒業証書(正式には学位記)に、学長名と学部長名が併記されることが多い理由はここにあります。このように、日本の多くの大学は、教員と学生と学位プログラム(カリキュラム)が1対1で対応するという特徴を強く持っているのです(ちなみに海外の大学はかなり事情が異なります)。

そんな学部の責任者が学部長です。学部長は、「教員」、「学生」、「学位プログラム」という3領域に対するマネジメントが求められています。学部長の責任の範囲がとても広いことがわかります。

学部長になってみたものの、あまりにもやることが多すぎて何から手を付けてよいかわからないと思う学部長先生は多いのではないでしょうか。また、これらすべての改革をそれぞれ別々に手掛けようとしたら学部長はパンクすること必至です。だからこそ、学部長の先生方に対して、教員と学生と学位プログラムに対して、何をどのようになすべきかという「ガイドブック」が求められているのではないかと考えるのです。

学部改革の経験や手法を公開する

私は、2つの大学(九州国際大学、北陸大学)で学部長をそれぞれ4年間経験しました(2008-2012法学部長、2017-2020経済経営学部長)。両大学ともに、多くの学生に恵まれつつ、同僚の教職員の協力や学外の様々な方々の支援のおかげで、初年次教育改革、入試改革、それにカリキュラム改革などの多くのことを手掛けることができました。こうした改革を通じて、志願者と入学者の増大、退学率の減少、就職状況の向上といった結果にも繋がりました。

2つの学部で手掛けた改革には共通点がたくさんあります。初年次教育改革や退学者対策、就職対策といった取り組みは、最初の大学で手掛けた内容をそのまま次の大学に持っていきました。教育改革の基本的な考え方や導入のプロセスにも多くの共通点があります。さらに現在、私はいくつかの大学の教育改革をお手伝いしています。そこで導入する改革も、自学部で手掛けたプログラムが元になっていることが少なくありません。

改革が必要な学部は、どこも多かれ少なかれ同じ問題を抱えています。私が手掛けてきたアプローチの中には、他大学でも参考になるものがあるかもしれません。

そこで、「学部長の教科書」では、私が学部長時代に手掛けてきた教育プログラムやカリキュラム改革にとどまらず、学部ミッションの再定義の方法、オープンキャンパスや入試制度、入学前教育や入学後のガイダンスの工夫、組織的な退学防止策やキャリア教育、就職支援策のやり方など、一連の取組みをノウハウとして公開したいと考えています。教員に改革案を受け入れてもらう方法や、教員の採用のポイントや採用後の育成の方法、教員の組織化の方法なども、そうした学部運営のノウハウになってくるでしょう。

学部長が「権限なきリーダーシップ」を発揮するために

一般の教員から見ると、学部長は偉い人のように見えるかもしれません。しかしながら実際のところ、多くの大学では学部長は大した権限を持っていないようです。補佐体制もさほどありません。学部長が自由に使える予算も、今の時代だとそれほどないでしょう。任期も2年程度と短いことも多いようです。ここ10年ほどの大学ガバナンス改革の結果、学長を中心とした全学レベルの意思決定に関しては、学部長はほとんど影響力を行使できなくなっています。

もちろん今も昔も、学部長になって改革を進めたいと思う教員はそれほど多くはないでしょう。研究者としてのキャリアを考えれば、若いうちに役職を引き受けることには大きなリスクが伴います。現状では、高齢の先生方の最後のご奉公が学部長だという考え方が一般的なのかもしれません。

しかし、学部長が学部単位でリーダーシップを発揮しなければ、学部の教育改革は進みません。単科大学は別として、複数の学部がある大学は、学長がすべての学部の教授会に出席することは不可能です。大学は、小中高と異なり、学長がどんなに強力なリーダーシップを発揮したとしても、学部改革に直接関与できないことのほうが多いのです。

もっと言えば、様々な課題を抱える学部を立て直すことは、学部長しかできないと言っても言い過ぎではない気がしています。学部のミッションを再定義し、教育プログラムやカリキュラムを改革することは、学部長が主導しなければ始まりません。学部教員が生き残りに向けた危機感を持ち、チームとしてまとまった教育を行えるようになるためには、学部長のリーダーシップが不可欠です。学部に入学した学生が学位授与方針(ディプロマ・ポリシー)のもとで4年間の学びを自分でデザインできるようになるのも、学部長の関与がなければ難しいことです。言い換えると、学部長がその気になりさえすれば、学部の改革は確実に始まるのです。

それはどうすれば可能なのでしょうか? 学部長が「権限なきリーダーシップ」(日向野, 2018等)を発揮し、学位プログラムを再構築し、学部教員をまとめ、学生が成長する仕組みを作り上げる方法にはどのようなものがあるでしょうか? これらについては自分自身の経験だけでなく、リーダーシップ論なども踏まえて論じてみたいと考えています。

ミドル教員に光を当てることの重要性

これまでの大学改革の文脈の中で、学部長や学科長に限らず、副学長や学長補佐、様々な附置機関やセンターの長、教務・入試・学生・就職部署の部長といった役職教員、つまり「ミドルマネジャー教員」の存在に光が当てられることはほとんどありませんでした。大学改革に関してはほとんどの場合、トップマネジメント、特に学長のリーダーシップに議論が集中していたといってよいでしょう。

もちろん、学長のリーダーシップが重要であることは言うまでもありません。共愛学園前橋国際大学の大森学長を始めとして、学長が大学改革を主導することで、大学が大きく変わった事例には枚挙に暇がありません。

優れた学長も、多かれ少なかれミドル教員の時期を通じて、リーダーシップなどの力を伸ばしていった経験を持っているのではないでしょうか。ミドル教員層を意識的に伸ばす仕組みを作ることが、これからの大学改革を進めていく上で重要ではないかと考えています。

それにはどのような方法があるでしょうか? 学部長研修をはじめとして役職教員研修といったものは、未だほとんど存在しません。私自身も、学部長研修のようなものを受けた経験はありません。多くのミドル教員は、役職者としての資質能力や考え方をOJTを通じてしか伸ばせないのが現状だろうと思います。

ただし、最近では、私自身が様々な大学から「ミドル教員マネジメントFD研修」を依頼される機会も増えてきました。ミドル教員を対象とした研修プログラムのニーズは確実に増大していると考えます。「学部長の教科書」でも、学部長人材を育成する方法についても提案していきたいと考えています。


「学部長の教科書」は、以上のような内容になっていくはずです。もちろん、私の学部長経験は、地方の小規模私立大学、しかも社会科学系の学部という非常に限定されたものです。大規模校や自然科学系の学部にも当てはまるとは考えていません。また、学長や経営陣から見れば、視点が狭いと感じられることもあるかもしれません。

ただし、「学部長の教科書」的なものは、実はアメリカでは多く出版されているにも関わらず、日本には類似書はほぼ存在しません。私の向こう見ずなチャレンジが、一石を投じることにつながることになれば幸いだと考えています。

この夏休みにがんばって記事を書いていきたいと考えています。どうぞよろしくお願いします。

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