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ラピスラズリ(細野晴臣『ディジーホリディ』より)

令和3年4月4日、細野晴臣さんのラジオ、『Daisy Holiday!』より。
あまりに美しくて素敵な話だったので、
覚えておきたくて書き残します。
書き起こしではなくて、私が記憶したままに書き残します。



子供のころ、親友が居たんだ。
今はもう、この世の住人ではなくなってしまったんだけれどね。
いつも穏やかで優しくて、ちょっと違うところを見ているような不思議な雰囲気のあるやつだった。
宇宙少年、っていう感じのね。

小学校の時、未だ3年生か4年生だったかな。
ある朝、彼は僕の顔を見るなりにこにこと嬉しそうにやってきて、
握りしめていた手のひらを僕の前にそっと広げた。
彼の手に握りしめられていたのは一つの石ころだった。
一見してそんじょそこらの石じゃないとわかる、特別なやつだ。
ところどころに深い不透明な青色がのぞいている神秘的な石だった。

『昨日君の夢を見たんだよ。
夢の中で君に不思議な石が降ってくるんだ。そいつは透き通っていて、受け止めようとした君の手のひらを通り過ぎてどこかに落っこちちゃうんだけど、透明だから見つからないんだ。
すごく不思議で、そしてはっきりとした夢だったから、僕は目が覚めるとどこかに落ちてやしないかしらと思って布団を探してみたのさ。するとこの石が落ちていたんだよ!僕興奮しちまって。一刻も早く君に話したくてうずうずしていたんだよ。さあこれをとってくれたまえ、これは君のものだよ。どんな意味があるのかないのか分からないけれど、とにかくこれは君のものだと僕は思う。貰ってくれるだろう?』

話を聞くうちにこっちも嬉しくなって、勿論その石は僕の宝物になった。
本当の宝物だよ。僕は肌身離さず持ち歩いたものさ。その美しい碧は本当に神秘的で、僕はいろいろ調べてみたところ、ラピスラズリという石らしいということが分かった。昔から珍重されて人間の歴史と共にあった石なんだ。日本には顔料として入ってきたみたいだね。ラピスの美しい青はすごく貴重な顔料で瑠璃とよばれていたんだ。そうやって石のことを知るほどに本当に不思議な気持ちになったものだ。

大人になって、二十歳を少し過ぎたころだった。僕はその時ももちろん石をポケットに入れて持ち歩いていた。いつも石の存在がポケットにあることで僕はなんからの支えを得ていたと思う。その日も大事な仕事をポケットの石と一緒に乗り越えて、一息ついたタイミングだった。自宅に戻って少し気持ちを緩めて着替えをしていたとき、ポケットの石が落ちちゃったんだ。ああ、落としちゃった拾おうとすぐに探したんだけれど、何故だかどこにも見つからない。別に整然とはしていないけれどそんなに物も置いていないシンプルな部屋だよ、隠れるところなんてたくさんないんだ。なのにどうやって探しても出てこない。暫く探して、僕はいったん捜索を中断した。今日は疲れているし、石はどこにも逃げやしない。明日になって改めて探せばどうってことないところからきっと出てくるはずだ。そう思ってその日は休んだんだ。

だけど翌日、明るい朝日のもとで探しても、どうしても石は見つからなかった。違う目で探せばと思って、定期的に頼んでいたハウスクリーニングの担当者にも特別に来てもらって掃除の傍ら探してもらったのだけれど、彼女をしても見つけることはできなかった。
「申し訳ございません。探せそうなところは全部探してみたのですが…」
彼女は律義に、本当に申し訳なさそうに眉間に少ししわを寄せて僕に報告してくれた。彼女が真剣に探してくれたことには疑問を挟む余地がなかった。僕も丁寧に礼を言って、気にしないようにと伝えた。

その夜、石を落とした辺り、クローゼットの向かいにあるベッドに腰を掛けて、探すともなく床に目をやりながら僕は考えていた。石はどこに行ったのか?

あの石の価値は「ラピスラズリである」ということだけではない。
ラピスという鉱石が持つ神秘的な歴史。それそのものの美しさ。
本当に夢から出てきた石なのか、それすらもわからない。宇宙少年が、当時から石が好きだった僕のために素敵な物語でプレゼントを飾ってくれただけだったのかもしれない。今は亡き宇宙少年に真偽を確かめることはもうできないし、僕の中では真偽を越えた、少年時代の美しいかけがえのない物語だ。そして僕の中でラピスはその歴史を語り、神秘的に青く光り、僕のポケットをねぐらとして長い時間を一緒に過ごした。それには既に僕の一部が入り込んでいた。あるいはそれは僕の一部となっていた。

そして僕の一部は突如として消えた。それはしかし、喪失なのだろうか?僕は僕の一部が、どこか僕の知らない場所に解放され拡大してくのを感じていた。石には、鉱物には、そういう不思議なところがある。気まぐれに旅し、僕たちに何かを伝えるともなく伝えてくれるような。今頃、かつての僕のような誰かの手に握られていることを僕は想像する。そして石はただ彼とあることで、何らかの庇護を彼に与える。彼と石は深いところで繋がりあうだろう。そしてまたいつか道を分かつだろう。


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