だから、

「だから、雨の日は洗濯しないでっていつも言ってるじゃない!」

まただ。

「あたし部屋干しが嫌いなの、知ってるでしょ?」

ブラウスのストックが残りわずかだったからと、気を利かして洗濯機を回していたところに怒号が飛んできた。明日の朝、着るものがなくて出勤前に慌てるのはどこのどいつだよ……。そんなことを面と向かって言えるはずもなく、俺はうなだれながらいつものように、

「あ、ごめん」

とだけつぶやいた。聞こえているかは分からない。


同棲を始めて半年が経つ。

二人の生活、という甘い魅力に胸が高鳴ったのも、せいぜい2週間が限界だった。日々薄れていく期待と希望と入れ替わるように、見えてくるのはアイツの不愉快な性格。

たいして何もしないくせに、人一倍文句を垂れてくる。仕事から帰ったと思えばこたつにまっしぐら。せっせと夕飯をつくる俺に一瞥もくれず、すでにテレビの中の明石家さんまのキレッキレのトークに夢中だ。帰ってくる時間に炊き上がるようにセットしたごはんを、「ダイエット中だから」の一言を放っただけで箸すらつけない。朝慌てて出ていくものだから、散らかりっぱなしだったパジャマやメイク道具が元あった場所に片付いてるのももちろん気づいてないよな。小さな小人がいるとでも思ってるんだろうか。


「だから!」


俺を責めるときはいつもこの単語を使う。本来、接続詞であるはずのこの日本語が、何の接続元も持たされぬまま、俺への罵詈雑言を引き連れて唐突にやってくる。おかげで、街中で全く関係ない人が発する「だから…」という何気ない言葉にもビクっと体をふるわすようになってしまった。完璧にトラウマだ。


よし、今日こそは言ってやる。いい加減にしろ!そう、これだ。こいつに好き勝手言われ続ける生活はもうたくさんだ。俺の堪忍袋は4次元ポケットじゃない。限界はあるんだ。そう、今が限界なんだ!

俺は意を決して、少し冷めた唐揚げを頬張るあいつに向かって口を開いて、大きく息を吸い込んだ。


「いいかげ…」

「あ、これうまい!」


サクッ!サクッ!っという歯切れのよい音が、6帖のリビングに響く。


うまい!だって!?そりゃうまいに決まってるだろ。肉は揚げる前に、にんにくたっぷりのだし醤油に2時間も漬け込んでるんだ。唐揚げ粉には粗びきのブラックペッパーと隠し味のガラムマサラを加えてある。油の温度が下がりすぎないように、一度の4切れずつしか投入しないから、全部揚げるのにすごく時間がかかってるんだぞ。肉汁が逃げないようにギリギリ火が通る揚げ時間を狙うから、生焼けのものがないか、一つずつず串を通すチェックも怠らない。

さっきまで唐揚げのてんこ盛りだった大皿を空っぽにしながら、


「だから、また作ってよ!」


俺は一瞬ビクっと体を震わせながら、


「あ、わかった」


とだけつぶやいた。

聞こえているかは分からない。





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