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それはなんて青春

「青春を失う者は人生を失う」

そう言ったのは80を過ぎた山小屋の老人だった。

もう20年近く前の話だ。

老人は「来年には韓国まで山を登りに行くんだ」と満面の笑みで言っていた。

僕の中に青春というものがあるのなら、まさしくこれだろうというものがある。

あれは、23歳の夏だ。

僕とワタルとリョウイチロウ君は大学に入りすぐに意気投合した勉強仲間だった。

大学を卒業しても3人とも就職はせずに資格試験の勉強のために浪人していた。その間も交友は続き、たまに会っては勉強し酒を飲んだ。

ある夏の日。三人で飲んでいた時の話だ。

なぜか二人の地元とか、都合のいい梅田とかではなく、神戸の僕のいきつけのダイニングバーのテーブルを囲んでいた。おそらく僕の誕生日を祝ってくれるためにわざわざ神戸まで来てくれたのだろう。


「なぁ、この夏、どっかいかないか。勉強合宿。」

突拍子ないことを常にいうのは僕だった。

ちなみにそれまでは、ドラゴンボールのポイポイカプセルの原理について大真面目に議論をしていた。


「お、いいな」リョウイチロウ君が乗っかる。

「じゃあ、車出すよ。ナンパしようぜ」ワタルがさらに悪ノリする。できないし、しないくせに…いつものノリだ。

「まて、まじめに勉強するよ」僕は両手でそれを制し釘をさす。

二人とも頷く。

「のんびりしたいから二泊しよう。場所はやっぱり海だな。日本海。着いた日に昼からゼミ。翌日も午前はゼミ。午後もゼミ。1時間半ほどの持ち時間でやろう」

僕は続ける。二人ともまじめに頷く。

「分野どうする?」僕は二人の顔を交互に見た。

「どちらかというと、ケンミンケイよりショウリョウソだな、せっかくやるなら」ワタルが言う。

リョウイチロウ君も頷く。

「オーケー。ならあとは担当だな。何か希望ある?」

「タケル、ミンソやって」リョウイチロウ君が言う。

「わかった」僕は頷く。

「俺はケイソかな。リョウちゃんショウの改正点やってよ」ワタルがいい、リョウイチロウ君は頷いた。

「オーケー、決定だな」

そういうと、僕はグラスを掲げた。二人もグラスをもつ。

「宿の手配は僕がする。ワタルは車。リョウイチロウ君はギターを頼む。酒とあては現地調達でオーケー?」

「オーケーだ」

「ギターは任せて」

「じゃあ、乾杯」僕が言う。

グラスを合わせる。

「楽しみだな。なぁ、ところでタイトルなんてつける?」

僕は続けて言う。しばしの沈黙・・・・。

ワタルはタバコに火をつけて、しばし煙に目を細めた。リョウイチロウ君もタバコに火をつけた。灰皿は3人めいめいの目の前に一つずつ用意されている。

僕はビールを飲み干すと馴染みの店員にグラスを振ってみせた。店員は人差し指を1本立てたので、僕は指を3本立てて返した。

「『どきっ、ヤローばかりの勉強合宿』てのはどうだ?」ワタルが首をひねりながら言う。自分でも納得していないのがよく分かる。しかし、こういったときに先陣を切るのはいつもワタルだ。

「いいな、昭和な感じがいいよ」

リョウイチロウ君はけして出てきたた意見を否定しない。

「もう少しひねりたいな…」僕もタバコに火をつけた。

ビールが3杯運ばれてくる。僕はくわえタバコで三人分の空いたグラスを店員に渡した。

「なんでもいい、じゃんじゃん言おう、フレーズ」

「海」「山」「川」「ビール」「ナンパ」「ゼミ」「セミ」「ギター」…

タバコと、アルコールはどんどん消費され、灰皿はすぐに満杯になった。

「青春」ワタルが言った。

「それはなんて青春…」僕は続けた。

三人で目を合わせる。

「カラオケ行くか…」僕が言う。

「そもそも、タイトルなんかいる?」リョウイチロウ君が言う。

「いや、別に」僕は言う。言い出したのは僕だ。

「あってもいいけどなぁ。『砂漠の砂嵐作戦』みたいで」

「一体感は出るよね」とリョウイチロウ君。

「さしあたり、タイトルは後にするとして、とりあえずはカラオケだ」

僕たちはそそくさと会計をすませるとカラオケに行ったのだった。


~その後のお話~

結局タイトルは決まらなかったがもちろん勉強合宿は行った。

しかし、当日は台風が接近中。

日本海は大荒れだった。

「僕ら三人がそろうとロクなことないな」笑いながら車の中で僕が選曲したCDをかけて海を目指した。

宿につくと女将は僕たちを憐みの目でみて「キャンセル料は結構ですのでキャンセルされますか?」と言った。

僕たちは首を横に振り「いえ、僕たちは勉強をしにきたので予定通り泊ります」と答えたが女将の目はやはり憐れんでいたように見えた。

今思えば客は僕たちだけだったので単に面倒で、僕たちにキャンセルしてもらいたかったのかもしれなかった。

ゼミは予定通り消化し、1日目の夕方と2日目の午後はまるまる海で遊んだ。思っていたより台風の影響は少なく波は少し高い程度。海岸砂の奇麗さに僕たちははしゃぎ鳴き砂に感動した。

夜は花火をしてギターにあわせて唄を歌い、女の子を二人連れを見つけたタケルが「ナンパしよう」というもののグズグズしている間にリョウイチロウ君が声をかけにいったものの、玉砕していた。

僕はそれをジャックダニエルを瓶で流し込みながら見ていた。

それはなんて青春。


#2000字のドラマ

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