青いスカートの女
いつだっただろうか。
何年前だっただろうか。
地元のバーで僕はビールから熱燗に切り替えて、淡々と飲んでいた。
周りには仲良くしていただいている常連さんの兄さんやお姉さんもいて、楽しい飲みだった。
僕はいつもと同じく、話しかけられれば答える程度で、黙って酒を飲んでいた。
いつもの店のいつもの日常。
耳を傾けて一緒に笑っていると、そのうち話しが「フェチ」の話になっていた。
「いや、俺は顔だね」
「いや、俺は脚だ。やっぱりスタイルがよくなけりゃ」
「いや、俺はとにかく胸だ。胸がおっきいだけじゃなく、形も触り心地も重要だ」
「でも、お前の嫁さん、胸ちっちゃい」
「そう…そこだけがなぁ…」
「なんだ、結局嫁さんか。もうええねん」
などと、マスター、マスターの奥さん、スタッフも含めてカウンター一同楽しい会話に突っ込み、突っ込まれていた。
僕は一緒に笑いながら黙っていた。
マスターの奥さんが、
「ねぇ、坂井田ちゃんは何フェチなの?」
きた。
僕は特にどこがどうとかない。正直な話だ。そのパーツを区切りとって興味を持つ、気を惹かれる、ましてや興奮することなどない。
僕は返答に困った。
周りは僕の回答を待っているようだ
「やっぱ、顔だろ?」
「やっぱ脚だろ?」
「いや、とにかく胸だろ?」
とても「フェチシズムはない」いって収まる感じではない。
常連の兄さん方が、僕を仲間に引き込もうとしている。
「フェチということかどうかはわからないし、あんまりパーツで気を惹かれるというのはないんだけど…」
「そうだなぁ…あえていうなら」
「あえて、言ってみよう」マスターの奥さんがいった。
「…青いスカート…??」
僕は大真面目に言った。本当にあえて言ったのだ。
数秒の沈黙の後
「なんなん青いスカートって?!」という奥さんの声を皮切りにバーは爆笑の渦。
僕は少し恥ずかしくなったが、思いもよらず笑いが取れたことに少しホッとした。まぁ、笑われる意味もわからないが。
「最近街を歩いていて、すれ違ってふと振り返ってしまうのに青いスカートを履いている人が多い。青いスカートをが目に移ると不思議と目で追ってしまう」
僕は大真面目にこたえた。
カウンターに並んでいたお姉さん方は
「ちょっとまって、青いスカートならなんでもいいの?」と、乗り出してきた。
「そういうことではない。スカートの形も、生地感も、もちろん色というか発色も、惹かれるのはある」
「なんなん、それ?めんどくさいなぁ」
「どんなんがいいの?」
挙句に携帯で青いスカートを検索してみせてくる。
「違う、これじゃない。これも違う。これは近いかな、色は。形はもう少しこう…」
「青いスカートさえ履いてたらどんな人でもいいの?」
「違う。胸が大きかったら誰でもいいかというと、そうでもないのと一緒」
「俺は、胸がでかかったらそれでいいけどなぁ…」
締めはマスターの奥さん
「わかった。今度坂井田ちゃんが来るとき、女性陣はみんな青いスカートはいとこ」
今では公言している
「僕は青いスカートが好きだ」と。
しかし、現在に至るまでこの店で青いスカートを履いている人を見かけたことは唯の一度もないのだ。
もう一つ付け加えると、今までお付き合いしてきた女性の中で青いスカートを履いていた女性は見当たらない。
最後に、当然僕も青いスカートを履いた試しはないことを、申し添えておく。
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