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「CAMEL」 キャメルを着た女性。

11月9日からJensに出品していただいている、「CAMEL」。
そのコートが生まれるきっかけとなった女性がいる。

彼女は、イェンスのコレクションモデルと同じくいつもどこか冷めた目をしていて、普段はあまり笑わない人だった。違ったところといえば、彼女は艶やかな黒い髪を額のまんなかでわけて、それが胸のあたりまでまっすぐと伸びていたことくらいだろう。

彼女はキャメルが好きだった。着ている服といえば、白か黒か灰色、それにキャメル。冬になると、土くさくもあり・上品な色味のコートを首もとのつまったセーターに合わせて、とてもクールに着こなしていた。彼女が歩くと、服はそれに合わせて美しくゆれた。彼女は長野県にある山奥の生まれだったが、都会がよく似合っていた。

そんな彼女が笑うのを一度だけ見たことがある。それは彼女の誕生日だ。ぼくはたまたまその日、渋谷から代官山に向かう線路沿いで彼女と会った。少し立ち話をしていると、今日が彼女の誕生日だったことを初めて知った。

「申し訳ないんだけど今日は何も持ってないんだ。またご飯でもごちそうするよ。」

そう言って話を切りあげようとしたとき、ぼくは彼女が着ているキャメルのコートを見て、思い出したようにポケットからたばこを出した。

ついさっき、渋谷のスクランブル交差点のところにある店でたばこを買ったときに、店員のおばちゃんから売れ残りだった「CAMEL」をもらったのだ。どうやらパッケージが変わってしまうのに、1つだけずいぶん長い間売れ残っていたらしい。

「キャメル、好きだったでしょ?」と冗談のつもりで彼女にCAMELを手渡すと、彼女は何も言わずにたばこをじっと見ていた。少しして、彼女は息が漏れるように小さく笑いながら、

「キャメルならなんでもいいってわけじゃないんだからね。でもせっかくだし、もらっておくね。」

と言って、黒い鞄の内ポケットに入れた。じゃあ、と彼女は軽く手を振り、別れた。

次に彼女と会ったときが、ぼくが彼女の姿を見た最後の記憶だ。会ったといったが、正確には「見かけた」というほうが近いかもしれない。
彼女は原宿から表参道に向かう道の途中にある喫煙所でたばこを出すところだった。彼女にたばこを吸っているイメージがなかったので、最初は人ちがいかと思ったが、シンプルで薄手なキャメルのコートを羽織っていた。手に持っていたたばこの箱に目をやると、CAMELだった。ぼくが彼女にあげたのとはちがう、新しいパッケージのものだった。

ぼくは声をかけようと喫煙所のほうに行こうと思ったが、休日のこの辺りはあまりに人が多く、二人の間を通り過ぎる喧騒におされて結局たどり着くことができなかった。

彼女の姿が見えなくなる瞬間、目があったような気がした。

それからの彼女のことはほとんど知らない。モデルになったとか、どこかの金持ちと結婚したとか、誰か言い出したのかもわからない噂をたまに友人から耳にする。そして、今年の冬のためにぼくはキャメルのコートをつくった。サンプルの内ポケットには「CAMEL」のたばこが入っている。


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