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Twilight

あんなに眩しかった太陽がゆっくり静かに沈んでいくと、街は少しずつ藍色に覆われた。

沈黙をもう恐れなくなった私は、黄昏に染まる景色に心奪われたふりをして、遠くを眺める彼の横顔を撮った。

1ヶ月ぶりのデート。
長い黒髪をバッサリ切った私。彼が買ってくれた華奢なピアスでなく、大ぶりのゴールドピアスをしている私。この小さな反抗に、彼は何か感じてくれたかな。

綺麗な横顔を無言で見つめる私に気づくと、彼は優しく微笑み、自分の髪をいじるように事も無げに、キレイに切り揃えられた私の襟足を撫でた。


大学生の私にとって、大人な彼は甘い毒みたい。
一緒にいる時間は天国にいるみたいに幸せなのに、会えない時間は途方もなく辛く苦しい。

彼の部屋に泊まった翌日、仕事に向かう彼に笑顔で手を振ってドアを閉じた瞬間、私が酷く不細工に顔を歪めていることを、彼は知るはずもない。
彼の家から自分の家に帰る道々、大して飲めもしないワインを買って帰り、残りの一日をワケもなく泣きながら無駄に過ごしていることを、彼は知らない。
頭の中は彼のことでいっぱいで、授業をサボり、いくつか単位も落としてしまった。
彼からの突然の誘いを受けられるように友達と約束をしなくなったら、私のスマホを震わせるのは興味のないグループLINEと彼からの連絡だけになった。

私はこの甘い毒の誘惑から逃れないといけない。

「ごめんね」

彼は突然そう言った。
一瞬、心臓が止まった、気がした。

「どうして?」
「全然会えなくて。寂しい思いさせたよね?」
「大丈夫、ちょうど試験期間だったし。おかげで集中できたよ」
「そう?」
「うん」
「強いね」

自分で自分のとげに刺さって心の奥の方がじんわり血で滲む感じがした。
彼と出会って、私のとげはどんどん鋭く成長している。
自分の弱さは花びらの中に隠して、外側にあるとげばかりが立派に光っている。
そのとげに触れ血を流すのは、私自身なのに。

「就活はどう?」
「あー、うん。なんか、大変そう」
「行きたい会社とか業界とか、見つかった?」
「うん…まだ特に、ないかな」
「ははは」
「だめ…だよね」

彼は微笑むだけで何も言わなかった。
このまま彼の奧さんになってしまいたいなんていう、私の甘くて幼稚で世間知らずな企みを知ったら彼はどんな反応するだろう。

「頑張ってね。わかんないことあればいつでも相談乗るから」

私は千尋の谷に落とされた子ライオンの気持ちになった。
この試練を乗り越えたら、頑張って立派な社会人になったら、私はご褒美が貰えるの?ずっと求めているご褒美が。

ふっと涙がこみ上げ空を見た。かすかな赤い残光が夜の闇に消えゆくのを見るのは、久しぶりに愛する人に会えた今日という一日の背中を見送るようで、私は途端に泣きたくなった。

「どした?」

彼は笑って顔を覗き込み、本当に涙がこぼれているのを見ると心配そうに私の頬を撫でた。

「ごめん、なんか、涙が勝手に出てきた」

彼は後ろから私をすっぽり包み込んだ。
すっきり軽くなった私の後頭部が彼の優しい笑顔を感知した。

この恋はきっといつか終わる。
そんな予感がした。
でも、恋の終え方がわからない私は、今日もこの甘い毒に身を浸す。

fin.

私の大好きな書き手さんであるdamiさんが我が推しのインスタ写真で素敵な小説を披露されていたので、私も真似して書きました。
同じ写真(ちょっと違うバージョンだけど)でも色んな楽しみ方ができるのは、なんか、いい。

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