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【毎日投稿】漫画ビーダマンはなぜ面白いのか?【3分記事】

ミニ四駆、ベイブレード、ダンガン、数々のホビーの中でも僕がこよなく愛するホビーがある。そう、ビーダマンだ。今回はビーダマンについて語ろうと思う。最近、バンダイから似たようなボトルマンという商品が出たので、少し童心に戻って記事が書きたくなったという感じである。僕はビーダマンは凄いと思っている。では何が凄いのか、これだ!!!

漫画がすごい

誰もが認める名作漫画『爆球連発!!スーパービーダマン』。『爆球連発!!スーパービーダマン』は、小学館の『月刊コロコロコミック』、『別冊コロコロコミック』にて1995年9月号から2001年12月号まで連載されていた今賀俊氏が作者の漫画であり、ビーダマンとそれを操るビーダー同士の戦いを描いている。

この漫画の偉大さは今更、語るまでも無い。しかし、この漫画にはもっと大々的に語られるべき圧倒的にクリエイティブな要素が1点ある。キーワードはこれだ。

物理法則からの解放

ご存じの通り、実際の玩具のビーダマンはビー玉を発射する子供用ホビーだ。そのビー玉は床をすごいスピードで走ることはするが、空中を長時間滑空するほどの威力はない。当然のことだ、空中でビー玉を発射すると物理法則に従いビー玉はすぐに落下する。しかし、この漫画『爆球連発!!スーパービーダマン』ではビーダマンという玩具をモチーフにしつつも全く別のコンテンツへと昇華させている。『爆球連発!!スーパービーダマン』では、ビーダマンから発射されたビー玉を物理法則から解き放っている。描写を派手にしただけではない、明らかにあり得ないことが起きているのだ。この発想の破り方がとてもつもなくクリエイティブである。アナタがもし漫画家だとして、床をコロコロ転がるビー玉のおもちゃをモチーフにこのような描写が描けるだろうか。

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ここで話は少し脱線するが、サブカルチャー批評の文脈で有名な話として、フィクションの名作には必ずある法則があるとされている。

「嘘はひとつまで」

デスノートは現実世界に”デスノート”という”嘘”だけがある作品。
ゴジラは現実世界に”ゴジラ”という”嘘”だけがある作品
日本沈没は現実世界に”大地震”という”嘘”だけがある作品

これは”嘘”を複数重ねてしまうと、現実との乖離が進み過ぎて名作になりづらい、というサブカル界に伝わるジレンマのようなものであるが、漫画『爆球連発!!スーパービーダマン』もこの「嘘はひとつまで」を守っており、”あり得ない物理法則”という”嘘”だけが存在した世界だといえる。ビーダマンは実在のホビーであり、作中に登場する、上京してきた関西人、石油王の息子、いじめっこ、ガキ大将。これらは現実世界に存在しうる存在である。この世界において唯一の異物は”あり得ない物理法則”だけなのである。この”あり得ない物理法則”によって、ビーダマンは遊びではなく、競技として昇華されており、然るべき組織と協会の下、高尚なスポーツ娯楽として描かれるに至った。


”あり得ない物理法則”によってビーダマンの描き方は広範囲に拡張された。中でも最高なのは、相殺されるビー玉である。この世界の登場人物は動体視力が異常発達しており、こちらに接近するビー玉に対して目視でビー玉を発射して相殺することができる。実際、人間の動体視力は20歳にピークを迎え、そこからは衰えるとされているので、強豪ビーダーに若年層が多いのも頷ける。医学的観点からも整合性がとれておりこの点においても嘘はない。

このビー玉相殺は世紀の大発明であり、漫画『爆球連発!!スーパービーダマン』の目玉シーンであった。また、コンテンツとしての生命線でもあったようにも思える。この相殺描写は、ビー玉の威力の強さを定量的に示す上でも重要な舞台装置として機能した。威力の強いパワーショットによるビー玉は、連射タイプが放つビーダマンの1発のビー玉では退けることはできないのだ。これによって、次から次への強力なビーダマンが登場するという、インフレ型バトル漫画のフォーマットに当て嵌めることが出来るようになった。実際の玩具のビーダマンもビジュアルこそカッコ良い新作が登場するが、それらは必ずしも旧作機よりも優れているとは限らなかった。それにも関わらず、新しいビーダマンが出るたびに、子供たちがおもちゃ屋に自転車を走らせたのは、このインフレ構造が一端を担っていたと考えられる。※実際はバトルフェニックスの下位種であるファイティングフェニックスの方がビー玉の威力が高かったりする

纏めると、『爆球連発!!スーパービーダマン』はすごい。


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