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感謝②

感謝①のつづきです。

数少ない「野球部」っぽい軟式野球部を見つけたときは少しだけ安心しました。でも、ここがダメだったら僕にとって大学野球部としての人生は終わり。

最後の賭け、とにかく祈りました。

新歓説明会にまず参加しました。そこでの部の説明は、僕の基準を上回ってきました。リーグ戦あり、全国大会も出場経験あり、目指せる?、ユニフォームのデザインもかっこいい。あの時は興奮しました。そして「雰囲気」は第一印象は「わきあいあい」。話の掛け合いから「チームワークのよさ?」は感じられました。当時の自分の中では好印象でした。

しかし「ホンモノはグランドでわかる」と思い、いざ数日後にグランドへ体験練習という形で行きました。

そこで見たものは正直、質・量・段取り・雰囲気すべて「現実とは程遠い]
ものでした。アップもいきなりキャッチボールから、毎回同じ練習。「お決まり」の流れ練習でした。雰囲気もなんだかふざけた雰囲気。いわゆる「大学生ノリ」みたいなものです。「衝撃」とすこしだけ「怒り」を感じてしまったのを覚えています。

それでもここしか可能性はないと決めていた私は「もしかしたら、今回だけかも」と自分に何回も言い聞かせて、それ以降の練習は参加するように決めました。

たしか後々聞いたのは、コロナで大会を棄権していたのです。3年生も出る幕がなくなり、見通しもないとのことで就活にシフトチェンジし、来たり来なかったり。たまに来ては「この雰囲気」

でも、その中でも毎回しっかり参加していた代表の先輩がいました。
今思えば、その先輩は「野球が好き」で来るはずの大会にも備えていたのだろうと思います。

その方が最初の希望でした。

その先輩には、初回の練習でポジションを聞かれた時に「選手はやりません。学生コーチ希望です。」といきなりかましてしまいました。今思えば、よくそんなこと言えたなとも思いますし、驚いたと思います。今まで聞いたことないポジションを希望する奴が来た。正直、なんか厄介な変わり者が来たと思われたでしょう。

練習に来る日も来る日もただただノックだけ打って、練習を見て、手伝いだけして帰る自分を見て「本当に選手じゃなくていいの?」と何回も聞かれました。遠回しに反対されているのかなとも感じていました。たしかに「楽しく野球」をやるというところに「ガチ」すぎるやつがきたところで亀裂が入るかもだからです。

でも、正直自分のためでもあったので、折れることができませんでした。
当時、社会に放り出された自分はなんとかして新しく一生懸命になれることを探していた、「学生コーチ」として野球ができるチャンスであったことから必死でした。もう少しうまく立ち回るべきだったとは反省しています。

でも、その先輩が「承認」「OK」を出してくれたからこそ「学生コーチ」として野球部にかかわらせていただくことになったのです。

本当に「感謝」していますし、それがなかったらと思うと。。

そこから「学生コーチ」としての野球部生活が始まります。

感謝③へと続く・・・








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