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「モンスターパイプラインパンチ」で「バックフローシンキング」

このnoteはマーケター、またはマーケティングに興味のあるビジネスマンや学生の方向けのコラムです。現在42歳、若い頃からスケボーやサーフィンなどを行ってきた「レッドブル寄り」なマーケターであった筆者が、レッドブル VS モンスターエナジー の日本市場の需要を分析して、現状を理解したことをきっかけに、食わず嫌いしていたモンスターエナジーの「パイプラインパンチ」を飲み、同商品のマーケティング戦略を考察をした読み物です。(※最後に、マーケター向け研修の告知もさせて頂いております)

自己紹介 


(株)秤 代表の小川と申します。セールスプロモーション業界で4年、電通グループなどの広告会社の営業、プランナーとして10年強。データ分析を軸にしたコンサルティング支援で3年強。マーケティング戦略から戦術まで幅広く関わってきました。2018年11月には「Excelでできるデータドリブン・マーケティング」という書籍を出版しました。

「TVCMやインターネット広告などのマーケティング施策が、それぞれ売上をどれだけ増やしているか?」数理モデルによって効果を推定し、予算配分の最適化試算まで行う、マーケティング・ミックス・モデリングを学べる書籍です。業務委託でパナソニック(株)D-Locator’s HUBのアドバイザリーメンバーなど、複数の肩書で活動しています。

D-Locator’s HUBは、データを活用したマーケティングや商機の提案をパナソニック社内で横断的に行っているメンバーのチーム名です。Digitalizationへの道を拓くLocators(水先案内人)という意味が込められています。

【2020年8月12日追記】
MarketingNativeインタビューでは、20~30代の若手マーケターの方向けに、キャリアのお話をさせて頂きました。

【2020年11月13日追記】
研修プラットフォームストアカで2020年新人賞を頂きました。「確率思考の戦略論」と拙書「Excelでできるデータドリブン・マーケティング」の分析を体験できるExcelファイルを無料配布しています。ぜひご覧ください。



日本のエナジードリンクの新「王者」モンスターエナジー

冒頭にも書きましたが、筆者は、エナジードリンクのコアターゲットとなる若者ではない42歳のマーケターです。足が遠のいて久しいのですが、10年前までは、高校時代にはじめたサーフィンに毎週末通っていました。10代の頃はスケボーやPUNKバンドもやっていました。「レッドブル」が馴染みのある世代でした。しかし、最近は「モンスターエナジーのほうが売れているらしい」という記事を2019年から見ていました。そこで、2020年7月1日からツイッターで数万人にアンケート調査をして、「確率思考の戦略論」

というマーケティングの名著で紹介された需要予測の分析を行い、2020年6月1日~30日の需要を分析してみました。総購買回数で2.65倍、男性10代のうち、期間内に4回以上購入した方の人数が10倍近い差が開いており、モンスターエナジー圧勝となっていることが分かりました。

モンスターエナジーの10~40代男女の購買延べ回数は5,810万回(D15セル)で、レッドブルは2,191万回(D29セル)となっており、2.65倍の差となっていました。4回以上の購買者をヘビーユーザーと定義すると、モンスターエナジーの売上の80.76%(H15)がヘビーユーザーの購買によって支えられていることが分かります。レッドブルは57.01%です(H29)。レッドブルはヘビーユーザーをモンスターエナジーに奪われていることが推察されます。G列の値に注目すると、男性10代の一人あたり4回以上購買した方の総購買本数がモンスターエナジーが635.2万本に対して、レッドブルは64.2万本と、10倍近い差が開いています。若者のレッドブル離れがここまでとは・・・。正直そんな印象でした。 ※下記note参照引用

個人的には、マイナースポーツをシーンから支えているレッドブルのブランドのスタンスも含めて、レッドブルが好きなわけで、モンスターエナジーは、2番煎じな感じであまり好きじゃなかったのですが、日本市場の1位を奪い、レッドブルを突き放しつつあることを、自ら分析して腹落ちしました。大学生の娘に2つのブランドについてどう思うかを聞いたら、「あ、『モンエナ』ね。レッドブル高いし、(周りは)誰も飲んでないよ。モンスターエナジーのほうが味も色々あるしね。『パイプラインパンチ』なんて一時期販売中止になってたし」という、コメントでした。

そっか、「モンエナ」(初耳)っていうのか・・・。マーケターとして、若者の感覚を勉強することは重要なので、改めて、自分は飲まず嫌いしていたモンエナを色々飲んでみようと思いました。早速、販売中止にまでなったパイプラインパンチをコンビニで買って飲んでみて、マーケティング・コミュニケーション戦略を考察する、バックフローシンキングをしました。

「バックフローシンキング」とは?

筆者が作った造語です。企業が消費者に対して行うコミュニケーションの成果物(例えばTVCM)を見て、そのTVCMでどんな目的を果たそうとしているのか?といったことをマーケティング・プランニングのフレームワークに分解して逆説するトレーニングです。以下のnoteで詳しく紹介しています。(1.4万字あるのでお時間がある時にご覧頂ければ幸いです)

逆説するための、フレームワークは、いくつも考えられます。たとえば、※1「(マーケティング)目的」→「WHO」「WHAT」「HOW」や、※2(ABCDE)からなる「戦略的コンセプト」などです。

※1 元P&G出身で、数学を用いた独自の確率統計ノウハウなどを駆使し、低迷していたユニバーサル・スタジオ・ジャパンを再建した森岡毅氏の著書「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方(副題略)」では、本質的な課題(ビジネスドライバー)を見出すための戦況分析によって、「目的」→「WHO」「WHAT」「HOW」を整理する方法が紹介されています。

※2 元P&G出身で、戦略コンサルタントや、シュワルツコフヘンケル代表取締役社長、同社取締役会長等を歴任された後、日本マクドナルドCMOとして、業績急落の中で売上を復活させ、現在は、ナイアンティックアジアパシフィック プロダクトマーケティング シニアディレクターなどを務める足立光氏らが執筆した「世界的優良企業の実例に学ぶ 「あなたの知らない」マーケティング大原則」で紹介されたものです。ABCDEは以下となります。
A:Audience(ターゲット)
B:Benefit(消費者利益)
C:Category(カテゴリー)
D:Point of Difference (差別点)
E:Emotional Character(トーン&マナー)


アカウントプランニング

より粒度が細かいものとして、アカウントプランニングのフレームワークがあります。アカウントプランニングは1960年代のイギリスで発達した、ロジカルなクリエイティブ・プランニングのフレームワークです。2007年ごろ、私はこのフレームを学びました。当時、日本の広告業界では、外資のエージェンシーや、ブランド・マネージャーなど一部の方しか使っていませんでした。当時、日本の広告業界はメディア・セールス寄りだったので、外資流のロジカルなアカウントプランニングがメインとなっていませんでした。ただ、私は、これを学び、10年以上実践することで、マーケターとして成長できたので、このフレームを用いたマーケティング思考のトレーニング法をぜひ使って頂きたいと考え、バックフローシンキングとして、noteで紹介し、マーケター向けの研修に取り入れました。これは、マーケターの筋トレとして、黒澤友貴氏が、提唱され、現時点(2020年7月25日)で7,000名を超えるコミュニティを形成している「マーケティングトレース」に着想を得たものです。

バックフローシンキングに用いることをオススメしているアカウントプランニングのフレームは、広告開発の最高頭脳となるアカウント・プランナーが、クリエイティブ開発の最高責任者となるクリエイティブ・ディレクターに、広告開発における要点を的確に伝えるための「クリエイティブ・ブリーフ」の項目です。

①ブランドを取り巻く背景
②施策の目的
③コミュニケーションターゲット
④クリエイティブターゲット(理想の顧客像またはペルソナ)
⑤現状(コミュニケーションターゲットにどう思われているか)
⑥変化(どのように態度変容させたいか)
⑦インサイト(人を動かす心のツボは?)
⑧プロポジション(何をメッセージするか)
⑨信じられる理由(RTB:reason to believe)
⑩トーン(tone of voice)
※項目自体は、エージェンシーやプランナーによって若干のアレンジはあります。以下は筆者が過去学んだものを現代流に少しアレンジしたものです

パイプラインパンチ初上陸時点のコラボ動画&MVでバックフローシンキング

パイプラインパンチは2019年の4月23日に発売され、1か月ほどで販売中止になり、2020年3月に販売が再開され、今は配架も安定している模様です。

上記の新商品のプレスリリース内で、紹介されていた30秒のムービーが、2018年にモンスターエナジーファミリーに加入したアーティスト、KOHHの書き下ろし楽曲「I think I'm falling」のコラボ映像と、オフィシャルMVを見て、バックフローシンキングしようと思います。

※本noteのキービジュアルは同プレスリリースの画像を使用させて頂きました。

オフィシャルMVはこちらです。


クリエイティブブリーフの項目で、バックフローシンキングしてみました。

①ブランドを取り巻く背景
10代男性のシェアはかなり獲得している。(2019年当時の推察)
②施策の目的
女性の料飲機会の増大、新市場の開拓
③コミュニケーションターゲット
10~20代女性
④クリエイティブターゲット(理想の顧客像またはペルソナ)
オフィシャルMVに登場しているような女性
⑤現状(コミュニケーションターゲットにどう思われているか)
エナジードリンクは、主に、ハードな日常や、気合を入れたい時に飲むもの
⑥変化(どのように態度変容させたいか)
メロウな気分な時にも、モンスターエナジーを飲んでもらいたい
⑦インサイト(人を動かす心のツボは?)
恋人(KOHHのように自分を持っている人)とメロウな時間を過ごしたい
⑧プロポジション(何をメッセージするか)
パイプラインパンチは、あなたが心安らぐひと時にピッタリのエナジードリンクです。
⑨信じられる理由(RTB:reason to believe)
ハワイで人気のパッションフルーツを絶妙にブレンドし、メロウな時間にぴったりな味を完成させた。
⑩トーン(tone of voice)
メロウ、チルアウト、夏、恋人、思い出。

考察のポイント

「パイプライン」は、サーファーなら誰もが知るハワイのサーフポイントです。冬になると巨大な波が、岸に近い浅いところで割れます。底(ボトム)が岩場(リーフ)なので、下手に転ぶ(ワイプアウト)と、底の岩場に叩きつけられる、かなり危険なサーフポイントです。

私の世代にとっての神、ケリー・スレイターと高橋カノアのパイプラインでの戦いの映像を参考までに紹介します。ケリー・スレイターに勝った、五十嵐カノアの最後のライディングのチューブから出てきたところとか、鳥肌ものです。パイプラインのハードな波を乗りこなす、世界トップレベルのサーファーの戦いを見ると、危険な感じがしないかもしれませんが・・・。大きくてもオーバーヘッド位の波にしか乗った経験のないサーファー(例えば筆者)などは、絶対に入ってはいけないポイントです。

そもそも、「レッドブル寄り」だった、筆者はモンエナを手に取る機会がなく、コンビニやスーパーの棚を見ても、得体のしれないピンク色の缶に興味を示さないはずなのですが、サーフィンをやっていたので、パイプラインと聞くと「ん?」と思うわけです。買って飲んだ印象は、ひとこと「甘いっ!」でした。買ってから、ボトルの文章(下記画像の内容)を見た時点では、「サーファー(現実的には男性が多い)」がコアなターゲットか?と思いました。

画像1

出典:「ソフトドリンクの鉄人」https://www.drinkmenu.net/entry/monster-pielinepunch

こじつけかもしれませんが、かつての筆者のような(東京在住の)サーファーが日帰りで外房や茨木に行き、帰りに交代で運転して帰宅する時は、超ヘトヘトなので、甘いものが食べたくなったり、飲みたくなったりします。そうしたインサイトを突いている商品なのか?と思いました。でも、パッケージはピンクだし甘いし、うーん・・・(誰を狙ってる商品なのか謎・・・)といった印象でした。

でも、「I think I'm falling」の映像を見て、ターゲットは女性だと確信しました。モンエナとのコラボ映像は30秒なので、男性のKOHHが主役にも見えるのですが、オフィシャルMVのほうを見ると、主役は恋人役の女性であることが分かります。オフィシャルMVのYOUTUBEのコメントの1件目には女性の「今いい感じになってる男の子とドライブデートしてこれ流されて好きになりました」というコメントがあり、女性のインサイトを掴んでるなーと思ったわけです。

彼氏との夏の思い出は、多かれ少なかれ、皆さんあると思いますが、クリエイティブターゲット(≒コアターゲット)は、そういった思い出に共感できる若い女性なのだと思いました。さらに、「エナジードリンク=気合を入れる時に飲む」ではなく、「『メロウ』な気分のときに楽しむ」需要を創出し、市場を拡大するための商品なのだと考えました。だから、ハワイの南国テイストを感じる甘い味でいいんだと思います。とはいえ、
モンスターエナジーのハードコアで尖ったブランドのトンマナも担保しておくべく、サーファーの聖地で、危険なパイプラインをテーマにしたり、アーティストも、タトゥーびっしりのKOHHにしているのではないか?と考えました。

上記の「ソフトドリンクの鉄人」というサイトの記事では、パイプラインパンチという名称に反して、甘くて優しい微炭酸のグァバジュース味では拍子抜けしてしまい、ヒットする理由が分からないと言及しています。筆者の方は中年の男性なので、その評価となってしまうことにも頷けます。

なお、2020年3月の再発売の時は、スケーターでスノーボーダーの平野歩夢とのスペシャルムービーを公開していました。

平野歩夢は、スノーボーダーの印象が強いのですが、なんでスケボーなのかなと考え、グーグルトレンドで現時点から遡って5年間で3つの検索語句で調べてみました。

図2

当然ですが、サーフィンは夏、スノボは冬をピークにした周期性があります。しかし、スケボーは季節のトレンドはあまりない様で、さらに今年4月から検索数が増えています。おそらく、2020年4月に行われた五輪の予選大会の影響だと思います。


2020年3月のコラボ映像のコミュニケーションターゲットは、若い男性で、クリエイティブターゲットは、スケボーなどのエクストリームスポーツを日常的に楽しむ若い男性っぽいですね。2019年4月に発売した後、女性だけでなく、予想以上に男性にも好評だったので、そこにもアプローチする意図でしょうか?それとも、もしかすると、想定した女性にはさほど売れなかったための方針転換でしょうか?(あくまで推察です)

バックフローシンキングをテーマにした研修

いかがだったでしょうか?日常的に目にする、気になる商品やサービスのTVCMなど、企業が熟慮を重ねて設計・開発したコミュニケーションの成果物を見て、そこから逆説して戦略を紐解くことを実践し、それが習慣になると、マーケティング思考の筋肉をつけることができます。また、なるほど!という発見自体が、楽しくなります。ただ、バックフローシンキングの注意として、「マーケティング下手」な企業の成果物を題材にして考えると、逆効果のトレーニングになってしまう場合もあります汗。マーケター向けの研修では、題材選びの視点なども、詳しく紹介しています。「確率思考の戦略論」で紹介された需要予測の分析やバックフローシンキングなど、マーケターのスキルを上げるための研修を研修プラットフォームのストアカとオフィスクで行っております。ご興味頂けそうな方は、ご覧になってみてください。



データドリブンな組織づくりを目指す方へ

筆者がもっとも本質的なデータドリブン・マーケティング組織を作っていると考えている「ワークマン」の成功を考察したnoteです。「データ経営」にご興味がある方はぜひ一度お読み頂ければ幸いです。


さいごに

それでも、まだ筆者はレッドブル派であることに変わりはないのですが。市場のフォロワーの戦略から、徹底してサンプリングを行い、レッドブルのように、マイナースポーツや音楽のシーン自体から地道にサポートするのではなく、若者へのリーチ効率を重視したアーティストスポンサードに注力して、日本でトップブランドに踊り出たモンスターエナジーの戦略は見事でした。今後、レッドブルはどんな手を打つのでしょうか?そんなことを気にしながら、日本のエナジードリンク市場の動向を見ていきたいと思います。モンスターエナジーの他の味も、研究を兼ねて飲んでみたいと思います笑。

本noteで紹介させていただいた内容について、ご意見・ご不明点・お問合せなどございましたら、(株)秤のホームページまたは私のTwitterのDMにお気軽にご連絡くださいませっ!

追加情報(2023年12月18日更新)

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