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マーケティングテクノロジー(MarTech)への期待に対する3つの視点

アンダーワークス社作成の2018のマーケティングテクノロジーカオスマップ紹介ページを参照させて頂きますと、企業が顧客データをオンライン、オフラインで統合管理し、ユーザーニーズの把握やパーソナライズメッセージなどのアクションに活用するためのテクノロジーがいかに多いことが分かります。

マーケティングサイエンスに関わる者として、マーケティングテクノロジー(以下MarTech)へのマーケターの期待に対し思うところが3つあります。それらを考えることでMarTech活用プロジェクトがより有益なものになるのではないかと思います。

1.デジタル×リアルで効果把握するMarTechを活用出来ていますか?

2.パーソナライズコミュニケーションのあり方について考えませんか?

3.ログデータからインサイトを発見出来ますか?

1つ目は「デジタル×リアルで効果把握するMarTechを活用出来ていますか?」です。インターネットの登場により、ネットを介した広告やメールなどのコミュニケーションと購買はトラッキング可能なものとなりました。インターネット接続された一部のテレビの視聴ログや小売や決済サービス企業などが持つ行動データを統合し、仮想のシングルソースパネルを作り、テレビ視聴やネット閲覧や購買行動をトラッキングする取り組みが模索されていますが、個人情報保護の観点などから複数の行動データを連携して活用することが難しい場面もあります。日本のキャッシュレス決済比率は低く、キャッシュレスのほとんどはクレジットカードで、中国の様にスマホ決済中心ではありません。国内の生活者の全購買のうちインターネット購買の比率は2割程度しかありません。実店舗やコールセンターなどリアルなチャネルでの購買が多くを占めています。現時点ではデジタルにトラッキングできないコミュニケーションや購買行動が多数を占めています。例えばテレビCMなどのマス媒体で態度変容を促しインターネットまたはリアル店舗で購入されたり、インターネット広告などのデジタル接点の訴求によって実店舗で購入される購買行動についての効果は原則トラッキングできない為(クーポン利用などを除いて)その効果を定量的に把握するには統計的因果推論や数理モデルによる分析を用いる必要があります。Amazon Goの様に実店舗での決済もレジすら介さずにスマホでキャッシュレスで購買できる様なスキームが一般化し全てのコミュニケーションと購買がトラッキング可能なものとなる未来はいつか訪れるかもしれませんが、現時点ではトラッキングできないリアルとデジタルのコミュニケーションと購買の因果関係を把握する為のMarTechを活用する必要があります。ただし、その分析方法が知られていない、またはそれら手法を知る機会があってもそれを理解する分析リテラシーが無い為、マーケティング組織として真剣に取り組み、活用出来ている企業は少ないです。インターネット広告によるネット購買の検証に関してはギチギチに最適化しているが、デジタル広告→実店舗またはマス媒体→実店舗またはネット購買については定量的に効果を把握出来ておらず、経験と勘または慣例からマーケティング施策の投資予算配分などの意思決定をしている企業が未だに多いのです。

2つ目は「パーソナライズコミュニケーションのあり方について考えませんか?」です。私はデータ解析が好きなのでAmazonが購買履歴などからピンポイントな書籍をバナー広告やメールでオススメしたりしてくれると嬉しいです。インターネットの接点でのコミュニケーションは概ねパーソナライズ化出来る技術が整備されてきました。いずれはテレビの全てがインターネットに接続され、インフラ整備が進めばテレビCMもパーソナライズ配信される日が来るかもしれません。そうした未来への期待からなのか、収集した顧客ログデータをもとに配信するパーソナライズコミュニケーションによって購買頻度が増えるなどの恩恵にあやかれるという期待がデジタルマーケターの中で高まっています。しかし、パーソナライズは諸刃の剣です。極端な例ですが、就寝前に熱が出て翌朝に風邪薬を訴求するメールやプッシュ通知が届いたら気持ち悪いです。(病気に関する情報は「要配慮個人情報」の為、現実的にこうしたことが行うことは難しいと思いますが)ステルスの様に自分のデータが活用されて気分が悪いと思われてしまったら、ツイッターなどで風評が広がってしまうかもしれません。ケンブリッジ・アナリティカ事件が記憶に新しいです。同事件の後に、スマートテレビでNetflixを見る際に同社がどの様にログデータを使うかの説明が数ページの文章で表示され、了承を促すパーミッションを取られていたのを覚えています。私は案内を詳しく読み、同社がユーザーごとの最適な視聴体験を提供するためにデータを活用することが分かり納得しました。一般の方は熟読などしないと思います。例えばリターゲティングバナー広告がどの様なアルゴリズムで配信されているか?デジタルマーケターは知ってて当たり前の仕組みも一般の方には知られておらず、興味も持たれていないと思います。しかし、今後もテクノロジーに対するニュースや話題が増え続けると思われる為、ゆくゆくは個人データまたはアクセスログなどの準個人データを企業がどの様に扱い活用するかについて一般の方が気にする機運は高まっていくと思います。企業は広義での個人データをどう活用するかを明確分かりやすくユーザーに伝え、ユーザーは得られる体験に納得して上でデータを提供する関係づくりが重要になると考えます。例えばZOZOSUTEの様にデータ取得方法と活用方法がわかりすいもので、有意義な体験が得られそうだと思えばユーザーは納得してデータを提供してくれます。(ZOZOSUTEの場合は体形データ)顧客行動に基づいてあれを買った人にはこれを訴求する、どんなメッセージをすれば売れるといった企業目線の思惑だけでなく、企業が提供する体験によって顧客にどんなメリットを創出するのか?その為にどんなデータを得てどういう風に活用させて頂くのか分かりやすく顧客に伝える、顧客目線でマーケティング全体を設計するデータドリブンなCXD(Customer Experience Design)が重要です。それが出来る企業が顧客のウィンウィンな関係構築によって持続的な収益を得られるのではないでしょうか?

3つ目は「ログデータからインサイトを発見できますか?」です。私はお酒を飲んで酔った帰り道に限り甘い乳製品飲料を買って飲みます。数年前に二日酔い解消にはブドウ糖が良い、だから酔うとラーメンが食べたくなるのだといった記事をネットで見てなるほどと思い、またラムネ菓子もおススメとあった為、飲み会の度にラムネ菓子を人数分買い、二日酔い防止で食べてみてくださいと配っていました。飲む前後でラムネを食べると、二日酔いのダメージが低減された気がしました。1年くらい続けましたが飽きてきて、今は自分のために、糖分を取る実感があり、かつ体に良さそうな乳酸菌飲料を買う様になったのです。ドリンク剤や錠剤より糖分を取るほうが自然な感じがします。同じ糖でもラーメンは我慢!そんなインサイトです。因果関係としてはネット記事→ラムネ愛用1年→飽きた→乳酸菌飲料を飲んだ後に飲む。という順番です。仮に私が全てをログデータとして残る形でこれらの商品を購入したとします。(実際には乳酸菌飲料は帰路にある自販機で小銭で買うのがほとんどですが)膨大なインターネットの閲覧履歴のうち因果関係の発端として、当該ネット記事があり、ラムネにハマって1年くらい続けたが、それに飽きて今は自分の為に乳酸菌飲料購買を継続するが普段は甘いものは全く摂取しない。ログデータを探索的に分析することでこうしたカスタマージャーニーを把握できるでしょうか?いわば行動ログの探索的分析による謎ときです。こうした謎ときへのチャレンジを否定はしませんが、デジタルマーケターがこうした謎ときによって有益なインサイトを把握できると過度に期待し、分析のデザインや施策に生かす出口について仮説がない状態で要求を整理せずにMarTechツールを整備しデータ集めや探索的なログデータ分析に躍起になっているケースを多く目にします。それは果たしてデータドリブンなマーケティングと言えるのでしょうか?

これまで提示した3つの視点の1つ目に対応するものとして、時系列データ解析によってマーケティング施策のデジタルとリアルを横並び、またはクロスチャネルで効果を定量的に把握するマーケティングミックスモデリングを全てのマーケターが学べる様にExcelの分析関数や最適化計算機能を用いて分析するツールを付録にして書籍を出版しました。残存効果や投下量が増える効果が減衰する非線形な影響を加味するなどの高度な分析をExcelで実現しました。これもひとつのMarTechです。

上記のnoteでは1章までを全文公開し、マーケターにほとんど知られていない知識、いわば「古くて新しい」MarTechとも言うべき統計的因果推論の分析についても紹介しました。2つ目と3つ目の視点に対するヒントとして、消費者に直接聞いてもわからないインサイトを発掘することに長けたデコム社のデータサイエンティストの松本健太郎氏のnoteを参照しています。氏はかつてはインターネットのログ解析やデータサイエンスなどデジタルマーケティングテクノロジーの最先端にいた方です。その方が発したデータドリブンなマーケティングについての論考noteは本note公開時点で300近いスキ、多くの反響を得ています。ぜひご覧ください。


最後に告知です。早稲田大学が運営する「WASEDA NEO*」(コレド日本橋5階)の「DXの機会と脅威」というシリーズセミナーの第4回となる5月14日(火) 18:30 – 20:30 MarTechからの価値創造(仮)という講演を担当させて頂くことになりました。

本noteで言及した内容について、より具体的な解決策までお話したいと思っています。マーケターの方、または自社のマーケターをデータドリブンに成長させたい人事担当者の方など、ぜひご興味頂けますと幸いです。長いnoteとなり恐縮です。ありがとうございました!

2020年5月30日更新

ストアカでマーケター向けの講義を提供しています。
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