【書籍・資料・文献】『贋札の世界史』(NS新書)植村峻

暮らしに欠かせない「金」

 生活に欠かせないモノは多々あるが、現代社会において「お金」は決して無視できる存在ではない。

 資本主義が当たり前の概念になる中、金を持つ人間が強く、力を持つ。いくら、金がすべてではないと口では言っても、人々は金に魅了され、それについてくる。金を、経済を全否定することなど不可能だ。

 現在、政府はキャッシュレス決済の普及を急ぐ。キャッシュレス化と一口に言っても、電子マネークレジットカードデビッドカードQR決済etcその裾野は多岐に渡る。同じ電子マネー支払いでも、ICカード払いなのかスマホ払いなのかでも異なる。

 そうした目に見える「金」という物体はなくなっても、「金」という概念は喪失しない。なくなる未来を予測することも難しい。おそらく、あと100年は、「お金」が影響力を持ち続けるだろう。

 「お金」は経済の根幹でもある。国家にとって経済は重要だ。ゆえに、その管理は厳重であり、贋札の流通を見逃すわけにはいかない。国家の威信にも関わる。

紙幣は国力を表すバロメーター

 ゆえに、紙幣にはその国の印刷技術の粋が集められる。逆説的に言えば、紙幣は国家の力を表すバロメーターでもある。

 紙幣というように、日本ではお札に紙を用いてきた。実は、それには理由がある。紙幣は流通の過程で、人から人へと渡る。人の手は少量ながら脂があり、それが紙幣を汚す。汚れは贋札の防止にも役立つ。

 紙幣は数年単位で回収されることになっており、回収された紙幣は再び紙幣として生まれ変わる。そして、世間に流布される。こうして、紙幣の鮮度は保たれる。

 一方、お札の原材料にプラスチックポリマー樹脂といった素材を採用している国もある。紙と比べると、プラスチックやポリマーの方が材料費は割高になる。

 割高な原材料を使う理由は、プラスチックやポリマーは紙と比べて耐用年数が長いからだ。紙幣の流通という回収にも、当然ながらコストはかかる。

 日本は流通・回収のインフラが整備されており、そのコストは低い。だから頻繁に回収して新たな紙幣へと再生させる方が安上がりになる。

 一方、流通インフラが整備されていない諸外国では、そんなに頻繁に回収できない。だから、耐用年数の長い原材料を使う。回収を頻繁におこなう日本では、ミニ改刷と呼ばれる紙幣のアップデートも頻繁に実施されている。

紙幣は印刷物の最高傑作

 お札で最初に注目されるのは、一万円札だったら福澤諭吉といった具合に、肖像だろう。肖像には、細密線と呼ばれる細かい線で原版が彫られている。細密線は最新鋭のコピー機でも再現できないほど細かい。コピーしても潰れてしまうので、お札の顔は編になる。

 肖像の次に目が行くのは、すかしあたりになるかもしれない。日本の紙幣には、白黒2種類すかし技術が盛り込まれており、そのうち法律で黒すかしは紙幣にしか使ってはいけない決まりにになっている。

 また、紙幣にはレインボー印刷マイクロ文字潜像模様パールインキ特殊発光インキなど、技術が総動員されている。これらが贋札を防止する。

 紙の原料もミツマタと呼ばれる一般的ではない木から製造する。ミツマタの栽培が追いつかなくなってきた近年では、マニラ麻を配合するようにもなった。その配合率はトップシークレットとされており、紙質は手触りにも大きな影響をもたらす。

 コンビニ店員などがお札を受け取った瞬間に、反射的に贋札を見破ることができるのは、そうした特殊な紙を使っているからに他ならない。

贋札製造は割に合わない犯罪

 技術が高度化した今なら、精巧な贋札をつくるのは労力的に引き合わない。むしろ、データを改竄したりコンピューターをハッキングする方が手っ取り早い。

 贋札の製造は製造するだけでも一苦労なうえ、それを流通させるというハードルもある。一回の買い物ではバレなくても、何回も使用していたら怪しまれる。また、近所で使えばそこから足がつく。

 ちなみに、贋札は製造の段階で犯罪が成立する。そして、行使することも犯罪となる。つまり、つくることは犯罪で、使うことも犯罪。つくる・使うを分担しても罪を逃れることはできない。

 電子マネーやクレジットカードのデータ改善なら、そうした流通のリスクは低い。偽札製造ではなく、クレジットカードやICカードから情報を抜き取るスキミングといった低リスクの方法もある。

 スキミングの場合は、個人をターゲットにするケースが目立ち、個人ではカードから金が盗み取られたことを認識することは難しい。まさにキャッシュレス社会の抜け目を狙った犯罪といえる。

 割の合わない贋札犯は減少しているが、それでもスキャナー・プリンターの性能向上で贋札製造への参入はハードルが下がっている。

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