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水筒のはなし

水筒を買った。

夜、「のどが乾いたなあ」と思って目が覚めることが多く、
枕元になにか喉をうるおすものがほしいなと思っていた。
水差しは大げさだし、コップだとこぼすかもしれない。
ペットボトルを毎回買うのも不経済だし、
だいいち、ちゃんと飲みきれない気もする。
そのつど起きて冷蔵庫まで行けば良いのだろうが、
そもそもそれが面倒でならない。
起きるのはたいてい深夜。暗いし、眠いのだ。

そこで、水筒を買った。
水筒なら、こぼれない。
残さない程度に量も調整できるし、
おかげで冷蔵庫まで歩かなくても良い。
ずっと冷えているし、大げさでもない。良いことづくめだ。

寝る前。
さっそく水筒に、お茶かなにかを入れてみる。とくとくとく。
小気味よい音がして、水筒が満ちていく。
よし、これで大丈夫。いつでも起きて良いぞ。
安心して眠りにつき、起きると朝だった。

こういうことって、ほんとうによくある。
備えると、起こらない。
まるでアクシデントやトラブルは
つねに意識の間隙をぬっているんじゃないかと思うほど、
準備と反比例してやってくる。
なぜだろう。結果として起こらないのだから、まあ良いんだけど。

同じように思い当たるのが、買い物だ。
「買いたい」「これが必要だ」
そう思って買ったものほど、手に入ると意外に使わない。
いまの生活に欠けていたピースを見つけたとばかりに
意気揚々と買ったそれらは、いつもまにか引き出しに眠っている。
憧れだったあのブランドのお札入れは、
いつも使ってる長財布から結局その座を奪うことなく終わった。
高かったのに。

想いと、出来事。
それほど想像通りにはいかないよと教えてくれているのだろうか。
20年来になる友人との最初の出会いは、そういえばいまでも思い出せない。
大切なものは、いつもぼんやりやってくるのだ。たぶん。