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「傷つくのにも、ちょっと疲れました。」あなたをやめたいあなたに、贈ります◆『居るのはつらいよ』(1)ケアとセラピー【大預言アーカイヴス】


鼎談:「ぷろおご×伊予柑の大預言」をアーカイブします..



大預言を読む


○大預言とは?
ぷろおごと伊予柑が古典を消化して対話をし、
『大預言』を生みだそう!という企画

伊予柑
…人類補完計画を企む悪いおとな
ぷろおごとは数年の付き合いがある


こちらは鼎談を加筆編集したものです。


「奢られ屋をやり続けて、ツラくなったりしないんですか?」
よく聞かれるけど、ないね
ツラくないんだよ
なんでかって、おすしを食べているからかな
それになにより、
人間をみてるとたのしくなっちゃうんだ
(意訳)


◼️今回の課題図書





生きるのにままならない者の周囲を見ていると、ケアが見えてくるだろう


伊予柑:今回のテーマは『居るのはつらいよ』
心理士の人が沖縄のデイケアセンターに行って、ひたすらぼんやりする話です。小説兼学術書っていう不思議なパッケージの本ですね

ぷろおご:おれも読みましたよ

伊予柑:どうでした?

ぷろおご:テーマがよかったですね

伊予柑:ケアについての話なんですけど

ぷろおご:それっぽいというか近い仕事柄なんで、そういう意味でもおもしろかった。新しく感じるものはあまりなかったんですけど、こういう情報の整理の仕方があるんだとおもいましたね。ケアとセラピー、おもしろいですね

「ただ居るだけ」と「それでいいのか?」をめぐる
感動のスペクタクル学術書!


京大出の心理学ハカセは悪戦苦闘の職探しの末、ようやく沖縄の精神科デイケア施設に職を得た。しかし、「セラピーをするんだ!」と勇躍飛び込んだそこは、あらゆる価値が反転するふしぎの国だった――。

ケアとセラピーの価値について究極まで考え抜かれた本書は、同時に、人生の一時期を共に生きたメンバーさんやスタッフたちとの熱き友情物語でもあります。一言でいえば、涙あり笑いあり出血(!)ありの、大感動スペクタクル学術書!

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伊予柑:デイケアセンターというのは精神的にちょっとだめになっちゃった人がそれを回復するために日々を過ごす場所です。通い方の老人ホームの精神版みたいな感じ。

それから、ケアとは生きるのがままならない者を助ける行為なんですね。いちばんわかりやすいのが赤子を育てるです。病人を介護するとか、ケアというのは介護に近いですね。

デイケアセンターでは精神、神経の問題で生きるのがままならない人を見守ってケアをする一方で、セラピーは治す。外科手術みたいに悪いものを良くするとかじゃなくて、その人が回復するのを見守るという仕事である。


ケアとはセラピーはどう違って、どういう良し悪しがあってどうなのかっていう話が小説風に書かれているのがこの本
です。すげー気に入って、作者の本を8割、9割読みましたがめっちゃ面白い


ぷろおご:そんないっぱい出してる人なんですか?

伊予柑:けっこういっぱい出してます

ぷろおご:作家さんなんだ

伊予柑:そう、作家さん。自分でも東京に病院を開いてるっぽいですけど

伊予柑のおすすめ

ぷろおご:なるほど、あんまり知らなかった

伊予柑:ケアというのは日常でもよく見られるテーマだし、それこそ介護まで含めるともうめちゃくちゃマーケットが広いというか、関わる人が多い。お母さんは全部ケアに関わってますし

ぷろおご:おもしろいですよね


セラピストは壊す人?相手に変化を促すことは、その人を破壊することと、そう変わりないのかもしれない


伊予柑:それこそレンタルなんもしない人はケアかもしれないんですよ

ぷろおご:ケアですね、かなり。ただなんていうんだろう、むずかしい。本にもあるけど比率じゃないですか。ケア性がどれくらいあるか

伊予柑:セラピー性とのかねあい

ぷろおご:そうそう。なので、そのへんがまたむずかしいところですよね。結局、サービスってだいたいセラピーに寄りますよね

伊予柑:うん、わかりやすいからね




伊予柑:日々の奢られだとケアとセラピーは何割ぐらいですか?

ぷろおご:たぶん、買う側はセラピーを求めてくるんだけど、帰るときにはケアを持って帰る

伊予柑:なるほどね、なんもしないんだ

ぷろおご:なんもしないです。
それでも、だいたいは「まあええか」って帰っていきますね。

おれは目の前にいる人間に対して、セラピー的なものを施さない。パチンコでチャンス!みたいなときってあるじゃないですか。おせ!みたいな。あれのセラピー版、セラピーチャンスみたいなものもあるとおもうんですけど、あれを押さない


一流ケアマン「台をたたくなんてもってのほかだよ」



伊予柑:みんな、押しちゃうんですよ

ぷろおご:まあ、ドゥウィィイン!ってなりますからね。うおおお!きた!みたいな

伊予柑:奢られでなんもしないのは、お金をもらってるからなんですかね。DaiGoさんについてはだいぶドゥウィィイン!ってしてる気がしますけど


ぷろおご:あれは個人的な欲望が・・・

さすがにDaiGoさんと個人的な関係があったらやらないとおもいます。そういったものがないからできる。かつ、財力もあって、自分を正当化して立て直す力もあるから、いくらやっても平気じゃないですか。そういう信用があって、おもしろかったらやっちゃいますよ。

とはいえ、そういう相手はほとんどいないし、ツイッターとかだと相手は知らない人、見えない人なのでその人に対してやるというよりは芸ですよね。セラピー芸みたいな。

ほかの人に対して見せるためのものとしてパフォーマンスはやってますけど、個人で会ってるときだとそういうのは、よっぽどじゃないとやらないですね


セラピー芸・・・?


なんもしてないように見えるその人の裡では、なにが行われているのか?


伊予柑:ケアって友達のことなんですよね

ぷろおご:そうですね

伊予柑:だからケア労働って昔から値段がつけられないことで有名で

ぷろおご:たしかに。友達に値段はつけられないですよね

伊予柑:赤子の面倒を見ることの値段のつけにくさ

ぷろおご:むずかしいですよね

伊予柑:セラピーはまだ効果があるから、だせるんですよ

ぷろおご:薬出したり、顔を変えたりね

伊予柑:ケアは寄り添うだけなんですよね


ぷろおご:その話に近い話なんですけど、おれの場合、よく言われるんですよ。

「きつくないですか?」って。いろんな人と会うとなると、おもしろくないときもあるだろうと想像するんだろうね。「おもしろくない人がきたらツラくないですか?」って聞かれる。

おれは全然ツラくないですよ。よくよくそういう文脈で考えるとなんでかなあとおもって・・・おすし食べてるからなんですよね

伊予柑:なるほど



ぷろおご:おすし、おいしいんですよ。おすしじゃなくてなんでもいいんですけど、ご飯を食べてるから、べつに居るのがツラくないんですよ

まずご飯食べておいしいな、お酒飲んでいいな。おいしいなっておもう。だから、そもそもそのあいだは"たのしい"が基盤として確保されてるんです。

正直、ご飯がなくてもたのしめる。だって、その人で遊べばいいから。その人で遊ぶというと人聞きが悪いけど・・・

その人のなかに気になるところとかおもしろいものを見つけたりして、遊んでるからぜんぜん退屈しないんですよね。個人的には居るだけのときってほとんどないんですよね。

でも、客観的には居るだけなんです。だから外見だけ見ると、ケアにあたる。けど自分のなかではなんだろうな・・「おれは今、ケアをしている」っていう状態って不健全に見える。

「暇だなあ」「ケアしなきゃ」とか、僕はそういうスタンスじゃなくて、自分のことをセラピーしてるかんじですね。遊びを見つけるってことはある意味でセラピーじゃないですか。たのしい




解釈次第で、行為に伴う意味合いが変わってくる。他人に対して寛容であるといわれているその人のコミュニケーションは、どのように解釈することができるか?


伊予柑:セラピーは変化を期待してる

ぷろおご:ただ、それは客観的にはあらわれないようなかたちでやっているから、客観的にはケアをしてるように見えるんでしょうね

伊予柑:自分に対するセラピーはオナニーやろって話で

ぷろおご:そうそう。セラピーは自分のなかでひとりでやっているから、外から見たときには居るだけっていうのが発生してて、結果的にデイケアみたいになるわけじゃないですか

伊予柑:つまり、ひとり遊びを他人といるときにずっとしている



ぷろおご:ケアとセラピー、外から見えるものと実態と主観って考えたときには二重構造になってるなっていうふうにおもってて、

ほんとにおれは、なんもしないようにしようとおもったことないんですよ。結果がそうなってるだけで、それに居るだけのほうがたのしいんですよ。

ある意味でいうと自分の関与比率が上がると予定調和の比率も上がるじゃないですか。自分が操作できる部分が大きくなるから、それに伴って結果や方向性がきまってくる。


そうすると、自分の描く予測と実際の乖離、その差分のおもしろみ、新しい要素っていうのは減るというか純粋性が減っていくから。

もちろん自分が手をつけないとどうしようもないときがあるんだけど、基本的には人が自ら動くんだったらできるだけその比率、純粋性を保ったまま右往左往してもらったほうが見ててたのしいんですよ


ぷろおご、悪魔みたいなやつ・・



ぷろおご:初めてのおつかいみたいな感じですよね。事故に遭ったらたいへんだから、一応見守ってるし、危険を事前に察知して、危ないやつがいたらその道を通らせないとかをやるんだけど

極力、その子にとってはひとりで歩いているっていう状態のほうが、心細そうで、人に話しかけて変なことを言ったりしてね、おもしろいじゃないですか。

そういう感覚に近くて、自分へのセラピーというか遊びをより高度にたのしくしようとすると、結果的にケアをしたほうがいいというか。その結果ケアをずっとしてる人みたいになっちゃったってかんじで


あなたにしかできないことは、あなたが"なんにもしないこと"によって達成される?


伊予柑:無防備なほうがおもしろいですか?

ぷろおご:そうそう、関与しないほうがたのしいから関与しないだけで

伊予柑:それってシン・仮面ライダーの庵野さんなんですよ。見ました?

ぷろおご:撮り方の話ですよね。キャストのある程度のアドリブ性とか自分のなかにないものを活かすというか


伊予柑:シン・仮面ライダー、すげえ優秀な役者がめっちゃ揃ってるんですけど、演技がめちゃくちゃへたなの


ぷろおご:指導されてないんだ


伊予柑:あいつらは演技が上手いからなにもしなくても85点取るんですよ。それなのに35点の演技をしてるんですよ。どうやって撮ったの、35点!逆にすごいんです。

まじでナチュラルに完璧な演技ができる人に35点の学生演劇みたいな芝居をさせていて…え、どうやって!?ってなる。すごいのよ。観てて恥ずかしくなる。歌がうまい人に音痴でやってって言うぐらい難易度の高い話ですよ


ぷろおご:そうですよね、むずかしいですよね。混乱させないとそうはできない

伊予柑:どうやってこんな下手な演技ができる

ぷろおご:たぶんそれに近いとおもうんですよね。そっちのほうがナチュラルだし、そこでしか見られないものが見える。そのためにみんなが使うのは基本的にお酒とかじゃないですか


伊予柑:頭をバカにする

ぷろおご:頭をバカにするから酔ったところが見てみたいとか言ったりする。それをたんに素面でやってるだけというか、ちゃんと頭はまわりつつ、ある程度スピードを保ちながら35点になっていくから。それをしようとするとケアになるとおもう



強さというものは、時として弱さを咎めるのだろうか


伊予柑:弱みの話になりますけど、男性同士のホモソーシャルと呼ばれる上下関係のあるコミュニティって最終的に弱みを握り合うんですね。

「ここが弱い」を見せないとコミュニティのなかに入れないんですよ。お互いのいちばんの弱みを見せ合わないと仲良くなれないっていうのは動物的にあるんだよなあ


ぷろおご:裏垢同士とかもありますよね。そこをつかみあえないと、あぶないから会えないじゃないですか。

おたがいに悪いことをしているという状態、不倫とかもそうじゃないですか。結局相手も不倫してるほうが都合がいいですよね。なぜなら、お互いにそれがバレるほうが不都合だから。それによって絆がより深まっていくというか


伊予柑:ケアというのは無防備で生きるのがままならない人に対して、ケア者もままならなくならなきゃいけない側面があるんですよね。つるっとして完璧な人間はケアができないんですよ

ぷろおご:だからすごくむずかしい問題だとおもいますよ


ぷろおご:作者はいま、どこで働いてるんだっけ

伊予柑:今は独立してますよ

ぷろおご:独立して病院ですよね。病院でケアをするってまじでたいへんだとおもうんですよね

伊予柑:だって、医師は完璧超人じゃないといけない。セラピーだから。

ぷろおご:病院はセラピーが求められるじゃないですか。そこの塩梅はむずかしいですよね。おれは医者じゃないし、とくになにもしないよっていう前提で、ただおいしいご飯を食べる人だから、なにもしないまま話だけ聞いて帰っても、「そうだね」ってなる


伊予柑:レンタル飯を食う人だね。おこめたべおと変わらん



お金持ちがみんな幸福であるとはかぎらないのは、ケアが売られていないからか?


ぷろおご:こういう形態のほうが効果的ではあるんですよね。セラピーは世のなかに溢れかえってるから。

セラピーでこと足りるなら病院行って終わりなんですよ。でも、セラピーだけではどうにもならない問題だけがずっと残り続けていて、それをどうやって解消するか。買えるものにはセラピーしかないですよ。だってケアって売れないから

伊予柑:風俗とかスナックもほんとはケアを売ってるんですよ


ぷろおご:そうなんですよ。うまくパッケージ化してうまくセラピー風だよね。それで常連が求めてるのはケアなんですよ。

ちょうど昨日書いてたんだけど、パパ活も最初は若い女の子とセックスしたいっていうので2、3万払ってやるわけです。その時は、セラピーっていう単なる商業取引をしてるんだけど、その子とずっと会い続けたいなっておもうっていうことはたんにケアの状態がいいんですよね


伊予柑:弱みというか

ぷろおご:ソープとかもそうで、いちばん金を払うのは1日フルでレンタルしてセックスしない客なんですよ。あれがいちばんの太客なんです。ケアを売ったやつがいちばんソープ嬢としても上にいくんですよね。だって単価がちがうし、下手したら2日とかとるんですよ。ソープの2日ですよ?ハンパねえ

伊予柑:なんもしないことがいちばん金がとれるっていう矛盾ね


ぷろおご:ケアを買うまでにはだいぶ扉があるんで、なかなかたどり着けない。風俗とか行ってケアを求められたら「は?うざいんだけど」ってなる風俗嬢はいっぱいいるじゃないですか

伊予柑:ケアは安くないんだよな

ぷろおご:風俗で売るものではない。だってやだもん。居心地悪い人となにもしないでいてくれって言われたら嫌だ。ってのは、それはそうだよねって話で。ケアを買うには結局、お金とかそういうもの以外に場をつくったりしないといけない

伊予柑:風俗は演劇なんですよね。ルールがあってその通りに一緒にこなしていくスポーツなので

ぷろおご:永遠に演劇をやれる人ってケアラーみたいなもので、ヒカキンですよね。子どもに手を振られたらちゃんと笑顔で返せる。そんな人はほとんどいない。そりゃたいへんですよね


伊予柑:老人が増えていくからメインの労働がケアになっていくはずで、
セラピー的なものはChat GPTがやってくれるから人間の仕事はケアになっていくはずなんですよ

ぷろおご:ケアってもっと広義的になってるんでしょうね


2へつづく

◾️次回記事はこちら



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